第14話 ミクと私と若い女性と

 試験会場である枡花学園に拓海を送っていったのだが、昨夜はいつもよりも早く寝いていたためか朝からスッキリとした表情を浮かべていた。体調も気力もばっちりのように見えたのであとは緊張せずに最後まで問題を解くことが出来るかと言った己との戦いになるだけだろう。私もミクも拓海ならやり遂げることが出来ると信じているのだ。

 入試が終わるまでずっと学校の前で待っているわけにもいかず、ミクがどこか行きたい場所があればそこに行って待っていようと思っていたのだけれど、これと言ってミクが行きたい場所も無いようで少しだけ時間を持て余していた。

「パパさんは行きたい場所とかないの?」

「そうだね。これと言って何も思い浮かばないんだけど、ミクは何かしたいことあるかな?」

「私は拓海が頑張れるような事したい。今はもう直接助けることは出来ないかもだけど、少しでも力になれるといいなって思うんだ。何かいい方法あったりするかな?」

「今更出来ることと言えば、神頼みくらいかな。私やミクが一生懸命祈っても何も変わらないかもしれないけどさ、やるだけのことはやっておいても損は無いと思うだよね。ミクは神社に行った事ないだろうし、一度行ってみようか」

「神様にお願いだね。私も人間になれたくらいだし、拓海の為だったらきっと聞いてもらえるよね」


 車を少し走らせたところにある学問の神様が祀られた神社があるのだが、さすがに今日は多くの人で溢れかえっていた。おそらく、私と同じように子供が入試を受けている最中だと思われる親子が多くいたのだ。待っていることしか出来ない私達はとることの出来る行動も限られてくると思うし、こうして神頼みに来るのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 中にはミクのようにペットから人間になった感じの人もいたのだが、全員が真面目に参拝をしているので拓海にとって何のアドバンテージにもならないのではないかと思っていたのだけれど、ミクが必死にお願いしてくれている分だけ普通の家庭よりは神に近い場所まで願いを届けることが出来たような気がしていた。

「うまく行ったかはわからないけど、きっと拓海なら大丈夫だよね。パパさんもずっと応援してたし、私も拓海のために色々やっておいたからね。受験勉強のやり方は知らないけど、拓海のストレスになりそうなものを破壊したりしてたんだよ」

「そうなんだ。ミクも拓海に負けずにえらいな。きっとミクの努力も報われるはずだよ」

 実際にミクが拓海のために何かしているという事は知っていた。もちろん、拓海もそれを知っていたと思うのだけれど、お互いにわざわざそんな事を言うことも無かったのである。ミクがやっていたことが何なのかはいまだにわからないのだが、そのお陰で毎朝スッキリとした目覚めを迎えているようなのは確かなのだ。

 参拝の作法というものは神社によっても変わるらしいのだが、ここの神社はそう言った事に詳しくない人にも優しいのであった。参拝ルートの柱や壁にこの神社の正式な参拝方法が書かれたプリントが貼ってあるのだった。

「お参りするのって意外と大変なんだね。私がちゃんと出来るか不安だけど、間違ってたらパパさんが教えてね」

「教えたいとは思うけどさ、その時は私も隣で祈ってるんだよな。だから、ミクが間違えたとしても私は全く気付くことも無いんだと思うよ」


 参拝も無事終わって僕たちは神社を出て車を適当に走らせていた。ミクはこまめに水分をとっているのでトイレの心配もあったのだけれど、幸いなことにその心配は杞憂に終わったのだ。今日はこのまま私の心配事が良い意味で何も起こらないといいなと思ってみたりもしたのだった。

「パパさんはお腹空いてないかな?」

「私はそこまで空いてないかも。ミクは何か食べたいのかな?」

「うん、私は少しお腹が空いてきたかも。この辺で私が食べられそうなものってあるのかな?」

「どうだろうね。ちょっと調べてみないとわからないんでどこか適当に車を止めてみることにしようかな。これだけ大きい街だから大丈夫だと思うけど、その中でもミクが食べたいものを見付けたら教えてね」

「うん、すぐに教えるよ」

 そのまま少し車を走らせたところに大きめの公園があったのでそこの駐車場に車を止めることにした。

 カーナビで目的地を検索してみたところ、この近辺だけでも数件の擬人化ペット用のお弁当を作っている店があったのだ。

 その中でミクが選んだお店はハンバーガーショップだった。スマホで店の情報を調べてみたところ、どれも美味しそうで人間の僕が食べても問題無いらしいのだが、人間基準で考えると素材の味しかしないそうなのだ。

 おそらくなのだが、ミクがハンバーガーショップを選んだ最大の要因は、箸やスプーンを使わずに手づかみで食べることが出来るからなのだと思う。ミクの努力の甲斐もあって、今では人前に出てもそこまで恥ずかしくはないだろうという域には達しているのだが、食べることは出来ても道具を使って食べることに慣れていないミクにとっては箸やスプーンも食事をとるための道具としてではなく、食事を食べづらくさせる精神的なストレス減だと思っているのかもしれないな。


「いらっしゃいませ。本日のおすすめセットはこちらなんですが、いかがでしょうか?」

「じゃあ、それを一つと。それと、ペット用のメニューってありますか?」

「ございますよ。擬人化したばっかりでも食べることが出来る商品ですので、お好みに合わせて選んでいただければ問題無いと思いますよ」

「それでは、ミクはどれが一番食べたいかな?」

「上の真ん中のやつが良いな。なんとなく美味しそうだし、拓海の持っていったお弁当にも似てる気がするからね」

「そんなに似てはいないと思うけどな。そのセットを一つお願いします。水は大丈夫です」

 空いている席であればどこに座ってもいいとのことだったので、ミクは一目散に窓際にある席についていた。

「ハンバーガー楽しみだな。今度は拓海も一緒だといいね。次に来れるのはいつなんだろうな」

「何事も無ければ入学式だろうな。たぶん、拓海は家から通うのではなく寮生活になると思うから、ミクと拓海が一緒にご飯を食べる機会もすくなくなってしまいそうだな」

「そうなったとしたら、ミクが元の姿になって拓海と一緒に住んじゃおうかな」

「それはきっと無理だよ。あの学校の寮はペット不可だからね」

「それじゃ、僕は拓海が戻ってくるまで待ってないといけないって事だね」

 私とミクの共通点と言えば、拓海くらいしかないと思うのだ。私にも仕事関係の知り合いや過去に知り合った人達がいるにはいるのだけれど、その人達が私とミクを繋げる懸け橋になることは無いだろう。

 竹島君はミクと面識もあるし、私の部下も数名ミクと話をしていたことがあったので覚えているのかもしれないが、ミクはそんな人達には一切興味を示すことも無いだろう。

 運ばれてきたハンバーガーを一口食べてみると、たまに食べているハンバーガーが偽物なのではないかと思ってしまった。肉の味も野菜の味もパンの味もしっかりしているのに素材同士がけ喧嘩せずに調和しているのだ。まるで、私の好みを知り尽くしたかのような味に仕上がっているのである。

「すいません。さっき受験って聞こえた気がしたんですけど、枡花学園を受験されているんですか?」

「ええ、うちの息子が今受けているところですよ」

「凄いな。ウチも息子が今年高校受験なんですけど、枡花学園は当然無理として、一般公立校も無理っぽいんですよね。そうなると、私立になっちゃうと思うですけど、そうなると結構お金かかりそうですよね」

 見ず知らずの若い女性に話しかけられたのだが、初対面なのにいきなりお金の話をしてきた事は少し不快に思ってしまった。

 初対面でもお金の話をするのが好きな人もいるのかもしれないが、私は出来るのならお金の話は他人としたくないのだ。拓海やミクに教えるのはありだと思うのだが、さすがに知らない人に我が家の財政状況を教えることも無いだろう。だが、この女性はしきりにお金があるかどうか尋ねてくるのだ。

 私はあれほど美味しいと思って食べていたハンバーガーが何となく美味しくなくなってしまったように感じていたが、ミクは特に何も気にせずに美味しそうに食べているのであった。

 結局、私もミクもよくわからないまま拓海を迎えに行く時間になってしまったのだ。彼女がいったい何者なのかわからないが、次に会うことがあれば私は気付かなかったふりをするだろう。万が一、向こうから話しかけられたとしても私は相手をしないと思う。

 ミクは優しいので話しかけられれば相手をしてしまうかもしれないのだが、そう言うのも控えるように教えてあげないとだめかもしれないな。

「あ、長々とすいません。私はパートがあるのでコレで失礼させていただきますね。また機会があればお話ししましょうね」

「機会があればね」

 私は女性が支払いを済ませて外へ出ていくところまでを何となく席に座ったまま観察していた。

 さすがに財布の中身までは見ることが出来なかったが、そこまでお金に困っている様子は見られなかった。そもそも、お金に困っているのだとしたらこの店が選択肢に入るはずもないだろう。

 拓海に何かお土産でも買っていってあげようかと思ったのだが、移動中の車の中でミクが全部開けてしまう未来しか想像出来なかった。開けるのは構わないのだが、せめて一つくらいは完食して欲しいと思ったのであった。


「試験はどうだった?」

「意外と難しかったかも。でも、出来る限りのことはやったよ。最終的に分からないところは時計の針を見て答えを書いちゃった。何も書かないよりはマシだと思ってね」

 見たところ拓海は試験自体はうまく行ったようだ。落ち込んでいる様子も見えないのでコレは良い結果を期待できそうに思えていた。

 あの女性の言うように金銭的な問題も生じてしまうかもしれないのだが、我が家には妻が残してくれた貯金と保険金もあるのだ。だからと言って、それを必要以上に使うと後で痛い目を見る事を知っているのでなるべくなら手を出さないようにするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る