12月10日(土)走る走る俺とタツミ
木枯らし吹きすさぶ曇天の午後、元気にランニングする一人の少女の姿があった。
タツミだ。ジャージ姿で息を弾ませ、なかなかのペースで駆けてゆく。生活道路を挟んで反対側の道を走るタツミに向かって、俺は軽く手を振った。彼女は俺に気付いた。
「あ、マツザキくん!」
タツミは立ち止まり、左右を素早く確認して道路を横断。こちら側にやってきた。額に汗が浮き、頬は紅潮し、息が荒い。その様子がどうしてなかなか可愛らしく、そしてやけにセクシーだ。
「よっす。こんな寒い中ランニングとはご苦労さんですね」
「いえいえ、マツザキくんこそ、どこかお出かけですか?」
「ん、腹ごなしに散歩だ」
「腹ごなしだったらもっといい方法があるよ?」
ニヤッとタツミが笑った。
「ランニングって言うんじゃないだろうな?」
「ご名答! 商品として、かっこかわいいタツミちゃんと一緒にランニングする権利をご進呈!」
「どうせならもっといいのが欲しいな」
「贅沢だねぇ~、マツザキくんは。皆私と一緒に走りたがってるのに」
「皆って誰だよ」
「世界中の皆。生きとし生けるもの全て。森羅万象に愛される存在、それが私」
えっへんと仰け反り、張った胸をドンと叩くタツミさん。ピューと木枯らしが吹いてゆく。色々と寒い。
わけのわからんことを言っているが、しかしタツミは可愛い。だからありがたく商品をいただくことにした。
「そんなに素晴らしい商品だとはつゆ知らず、失礼なことを言ってしまいました。ごめんちゃい。じゃ、着替えてくるからどこかで待っててくれ」
「じゃ、そこの公園にいるね?」
一旦別れ、自宅でジャージに変身。タツミの待つ公園へと走っていった。
ギーコギーコ、と、タツミはブランコを漕いでいた。しかもわりかし全力に近い結構な速度と力加減で。いい歳した高校生のそれはなかなかの大迫力だ。タツミの身体がブランコの下、角度にして180度を描き、前後に行ったり来たりしてる。
「おっ、早いね~」
タツミが呑気に言った。
「ブランコに本気出す女子高生っているんだな」
「何事にも全力で取り組む、それがいい女を構成する必須要素なのだよ」
「さいですか。ま、とりあえず走りに行こうぜ」
「うん!」
タツミはブランコを止めた。その額にいい汗が浮かんでいる。
「おいおい、かなり疲れてるんじゃないか? もう走れないとか言うなよ?」
「ぜ~んぜん平気だよ。まだまだ動き足りないもんね。さ、行こ!」
もうタツミは走り出した。俺はすぐについて行った。隣に並んで一緒に走る。
タツミのペースはなかなか早い。俺はてっきり二人で走るのだから、会話ができる程度にゆっくり目の速度で走るものだと思っていたが、今のタツミのペースは会話の余裕がほとんどない。会話すれば、その分速度が落ちてしまいそうだ。
「意外に速いな……」
何の気無しに言った俺の言葉に、タツミはニヤッと笑った。
「あれれ? もう疲れちゃった? スタミナの無い男の子は嫌われちゃうぞ?」
「ふっ、タツミよ。誰に向かって言ってるんだ? 俺はマツザキくんだぞ? スタミナの化身、人間リチウムバッテリー、歩く牛丼と言われたこのマツザキだぞ? 舐めてもらっちゃあ困るな?」
「じゃあ勝負する? 町内をぐるり一周でどう?」
「よかろう、受けて立つ!」
突然のバトル勃発。俺たちは熱い火花を散らしあった……。
約二十分後、公園の地面に俺とタツミは死にかけだった。
「ぜーぜーぜーぜー……」
「はーはーはーはー……」
どちらも息をしているから死んではいない。ただ二人共公園の地面に横たわって一歩も動けなかった。ちなみに勝負は引き分けだった。いや、ゴールは同着だが、勝負には負けた。なぜならタツミは俺と会う前から走っていたし、ブランコもやっていた。俺より疲労度が高いはずで、俺の方が圧倒的に有利なのに、同着に持っていかれてしまった。それにタツミは女の子でもある。男の俺のほうが体力的にも勝っているはずだ。つまり、実質俺の負けだ。
「タツミ、やるな……お前の勝ちだ」
「なんで? 同時だったじゃん……」
「同時じゃ、俺の負けなんだよ……」
「そうなの? じゃ、後でジュース奢ってね……?」
「そんな約束してたか……?」
「してないけど、ダメ……?」
なんか今の言い方、とっても可愛かった。疲労感と息が荒いせいだろうか? なんとなく色気たっぷりだ。
「しゃーねーなぁ、いいよ。奢ってやるよ……」
「やった。じゃあシャンパンファイトだね……」
「未成年の飲酒は法律で禁止されています……」
息も絶え絶えなのに、バカな会話して曇天を見上げる。疲れた、とっても疲れはてた。でも、悪い気はしないし、むしろ爽やかだった。ちょっとした運動、それと隣のタツミのおかげだ。
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