12月9日(金)マツザキくんと愉快な仲間たち

 俺はマツザキ。どこにでもいる一般男子高校生だ。マツザキの朝は特に早くない。世間一般の男子高校生が起きる時間に俺は起き出し、世間一般の男子高校生が登校する時間に俺も家を出る。そう、俺はいたって普通の男子高校生なのだ。


「おはよー、マツザキくん」


 通学路上の信号待ちで後ろから声をかけてきたのはタツミさん。彼女は幼馴染みなのだが、高校に入るまでほとんど話したことはなかった。才色兼備の優等生、誰もが羨むキレイで可愛い女の子なのだが、それはあくまでも端から見たときの話。仲良くなってみると、これが外見の印象から想像できないほど意外におもしろおかしいやつだった。なんとなく相性が良くて、なんとなくずっと話せて、なんとなく一緒にいる、そんなちょっぴりイイ関係……だと俺は思っているのだが、向こうはどうなのかよくわからない。少なくとも嫌われてはないとは思うのだが、タツミからハッキリと好意を口にされたことはない。


 俺とタツミは一緒に登校する。俺たちはクラスが違うので、教室の前で別れた。教室に入ると、


「おっす、マツザキ! 今日もいーい天気だなぁ~」


 朝からハイテンションの男に絡まれた。彼はタケウチ。悪いやつじゃないが、ほとんど語るべきところのない男。いや、本当にいいやつなんだけどね。特に語ったところでおもしろいところはない。本当にマジで悪いやつじゃあないんだけど。ま、とにかく気のいいやつで、おふざけが好きで、まぁ、こいつもどこにでもいる普通の一般男子高校生の一人だ。


「うっす、マツザキ」


「おっす、マツザキ」


 続いて二人のコンビに話しかけられた。こいつらはイシカワコンビ。二人の名前を足してイシカワ。二人は『ぐりとぐら』、『キキララ』、もしくは『キンタマ』くらいずっと一緒にくっついている。ヤロー同士であまりにも距離感が近いから、俺は密かに二人はゲイなのではないかと思っているのだが真相は不明。他人の性的嗜好に口を出すつもりはないし、それが悪だとも思わないからどーでもいー話ではあるか。とにかくあの二人はとても仲が良い。俺も相手が女の子だったら、あれくらい仲良くなってみたいものである。


 雑談をしていると予鈴が鳴った。自席に戻ると隣の席にはよく話す女の子。


「マツザキくん、おはよう」


 彼女はトキさん。学年で五指に入るほどの秀才で大きなくりくりとした目以外は何もかもが小作りな可愛らしい女の子。チャームポイントの眼鏡もよく似合う。このあいだのテスト前の勉強会では大変お世話になりました。また、再来週のテストでもお世話になります。どうぞよろしくお願いします。


 授業の大半はトキさんの隣で過ごす。トキさんはとても真面目で授業中は真剣そのものだ。そんなトキさんを見ていると、俺の授業態度も自然と真面目にならざるを得ない。うっかり不真面目なところを見せちゃってこんな可愛い子に嫌われたくない、そんな心理が働いているのかもしれない。そんなトキさんのおかげで、俺の高校の成績は上がり調子である。ほんと、トキさん様々である。


 そんなトキさんでも、授業中に話しかけてくれるときがある。そんなとき、なぜか俺は妙に嬉しくなってしまう。真面目な子が俺と話すために少し不真面目なところを見せてくれるのが、なんかとってもイイのだ。


 昼休み。学食の購買にパンを買いに行く道中で、


「ちょっと、マツザキくん」


 俺を呼ぶ女の子の声。振り向くと、ウンノだ。得意の妖しげでクールでどこか艶っぽい薄笑いで俺をみる。


 スレンダーでクールで、俺より色々な意味で大人びていて、危険な芳香をそこはかとなく放つ同じクラスの女の子。歳上の、しかも同じ学校の中年教師と付き合い、付き合ってもいない同じクラスの男に下着を買わせたりするほどの強烈で異色な存在でもある。


 俺はウンノにドキリとさせられることがままある。ウンノの言葉、動作、態度、息遣い、雰囲気、ウンノから発せられるありとあらゆるものが男の本能に訴えかけてくることが多々ある。魅力的な女の子と言えば聞こえはいいが、その本質は蠱惑的だ。女豹とかメスカマキリとか女郎蜘蛛のような美しさと危うさを高校生にして身につけている女の子、それがウンノだ。


「ほら、おいで」


 ウンノが手招きする。その動作も、なにか妖しい手つきなのだ。


「おいでってなんだよ……」


 俺はたじろぎ、警戒感を強めたのだが、俺が誘いに乗らないとわかるとあっちから素早くやってきて、俺の腕に自らの腕を絡めてきた。


「おい、なんだ――」


「いいから」


 すると、前からコバヤカワくんがやってきた。ウンノに惚れているイケメン男子高校生、ということくらいしか俺は知らない。コバヤカワくんは俺とウンノが腕を組んでいるのを見て、舞台俳優かってくらい愕然とした表情を浮かべると、顔をくしゃくしゃにして、目には涙を浮かべて踵を返して走り去っていった。


「おい……」


「まだ、ダメ」


 何がダメなんだ? と思っていると、背後から視線を感じて振り向くと、そこには陰からこちらを覗うニシオ教諭の姿があった。


 ニシオ、ウンノの彼氏でありこの学校の先生。いい歳した中年のくせして、こっちを物凄い嫉妬の形相で睨んでいる。本当に気味の悪いいけ好かないやつだ。が、そんなやつでも教師である。いらぬ恨みを買いたくない。俺は慌ててウンノを引き剥がした。


「あ、ん……」


「変な声だすな」


「だってマツザキくん、強引なんだから……」


 相変わらずのである。俺はもう付き合いきれないので、さっさとその場を後にした。時間を食ったおかげで購買ではろくなパンが残っていなかった。おのれウンノ……。


 そもそもウンノは何がしたかったんだ? 好意のある男の嫉妬心を俺で煽って遊んでたのだろうか? だとしたらあまりにも趣味が悪い……が、なんとなくその愉悦がわかりそうになってしまったので、俺はそこで考えるのを止めた。おのれウンノ、俺をそんな危険で悪趣味な癖に目覚めさせようとするとは……。


 でもなぜか憎みきれなかった。ウンノはバラだ。触れればトゲがあるが近づいて鑑賞したり、香りを嗅いでみたくなる、そんな蠱惑的魅力がウリの女の子、それがウンノ。


 放課後、俺はタツミと一緒に下校する。示し合わせたわけでも約束したわけでもないが、なんとなくこうなることがよくある。それだけ俺とタツミの呼吸が合っているのだろう。


「ねぇ、今日の学校生活どうだった?」


「まぁ、いつもどおり、かな……?」


「ふぅん、じゃ、いつもどおりじゃないことしよーよ。というわけで、今からコンビニに進路変更!」


「いつもどおりじゃねーか」


「そう? 買い食いって特別感ない?」


「でも、わりとしょっちゅうやってるよな?」


「細かいことは気にしないの! ハゲるよ?」


「そのときは和製ジェイソン・ステイサムの誕生だな」


「ポジティブシンキングって私、嫌いじゃないな」


 そんなどうでもいいがちょっぴり愉快な会話をしながら、俺たちはコンビニへとチャリを向けた。


 今日もいつもどおりの学校生活だったが、いつもどおりの愉快な仲間たちのおかげで、いつもどおりささやかながら幸せな日だった。

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