12月7日(水)
朝、熱はすっかり下がった。頭もスッキリとハッキリしていたが、身体の方はまだ本調子じゃなかった。やや身体が重かったが、まぁ、問題はない。登校の準備を終えると、俺は元気よく家を出た。
玄関扉を開けると、澄んだ冬の空気の中にタツミがいた。
「おはよー、マツザキくん」
「おう、タツミ、おはよう。わざわざ待っててくれたのか? 連絡くれればよかったのに」
約束してたわけじゃないが、寒空の下で待たせてしまったかと思うと、ちょっぴり申し訳なく思う。
「ううん、へーき。子供は風の子だからね」
「この前、風邪ひいてたもんな」
「お互いにね」
そんな朝の挨拶もそこそこに、俺たちはチャリに乗ってレッツ登校。
やや風のある朝だった。冬らしい冷たい風に、少なくなった落ち葉がときおり転がってゆく。道行く人の多くが風に耐えるように肩を小さくしている。
今朝のタツミはいつもと違った。やたらと俺を気にかける、というか、やたらと世話を焼いてくれる。
「マツザキくん、信号赤だよ」
「ああ」
「マツザキくん、後ろから車きてるよ」
「おう」
「マツザキくん、路面が凍結してるかもしれないから気をつけて」
「あいあい」
「マツザキくん、風が冷たいから暖かくしなよ。はい、これ手袋」
とまぁ、こんな具合に、手袋まで貸してくれる。
ここまでならおせっかいの範疇だし、とてもありがたく思えるのだが、段々とその度合がエスカレートしてきた。
休み時間のたびにわざわざ俺のクラスまできて、
「マツザキくん、喉渇いてない? ちゃんと水分とらないとダメだよ? 乾燥は風邪のウイルスの温床になるからね」
と言って、わざわざ水をくれるし、昼休みにも、
「マツザキくん、今日はパンなの? あ、ダメだよ、それだけじゃ栄養バランスが悪いよ。はい、これサラダとりんご。朝切ってきたんだ。はい、あーん」
とか言って、わざわざ食べさせてくれるし、放課後には、
「マツザキくん、一緒に帰るよ。一人で帰るのは危ないからね」
なんてよくわからないことまで言い出した。ありがたいことではあるが、さすがに過保護過ぎる。
「タツミ、俺は赤ちゃんじゃなくて立派な男子高校生だぞ? 当たり前の話だが、今までだって何度も一人で帰ってるから、そんな心配しなくていいから。全然大丈夫だから」
「だって、マツザキくん病み上がりだから、心配で心配で……」
タツミは冗談でもおふざけでもなく、本気で俺を心配そうに見た。
「病み上がりって言っても、ただ風邪ひいただけだぞ? それに一日休んだだけだし。タツミが心配するようなことは何もないよ」
「でも、そもそも原因をつくったのは私だから……。少しでも罪滅ぼしできたらなぁって思って……」
あの普段は明るい太陽の化身のようなタツミが、しゅんと俯いてしまった。
なるほど、タツミは俺が風邪ひいたことで責任を感じていた、それと持ち前の母性があわさって、おせっかいの範疇を超えた『過保護ママ赤ちゃんプレイモード』になってしまったのか。
「タツミ、俺が風邪をひいたのはお前のせいじゃないよ。それはあくまでも俺の自己責任だ。だからタツミが気にするようなことじゃないんだ……ってこれ、前も言わなかったっけ?」
「言われたけど、やっぱり気にしないわけにはいかないじゃん……?」
「俺は気にしてほしくないんだよ。俺とタツミの間にさ、そんな負い目とか、アンバランスな関係性はイヤなんだよ。タツミもイヤだろ? いつでもそんなに気を回してると、いつか疲れて壊れちゃうぞ。俺たちは俺たちらしく、いつも通りざっくばらんで自然な間柄でいこーぜ」
タツミは俯き顔を上げて笑った。その笑顔はようやくいつものタツミらしかった。俺も嬉しくなって笑った。
「でもね、私はイヤじゃなかったよ。マツザキくんのために色々するの、結構楽しかったなぁ。ねぇ、またサラダとか作ってきてあげよーか?」
「ああ、イヤじゃないなら、また作ってきてくれ。あれ、結構おいしかったからな」
「うん」
すっかり夕暮れの早くなった堤防を、すっかりいつもらしくなったタツミと並んでチャリを漕いだ。夕日を一身に浴びたタツミの姿がいつも以上に眩しく見えた。
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