12月6日(火)
結局昨日の熱は今朝になっても下がりきらなかったので、本日は学校をお休みすることにした。
とは言っても微熱であり、身体のだるさもほとんどない。午前いっぱい寝て過ごし、十二時に起きると完全に平熱まで下がっていた。この分だと明日は学校に行けそうだ。
しかしながら、たまには平日に休んでみるのも悪くなかった。普段皆が勉学に励み、社会人たちはいそいそと働いて食い扶持を稼ぎ、社会の歯車となって世界を循環させている間に、一人だけそこから隔離されてる感覚。自由かつ孤独な時間であり、平穏かつ虚無の瞬間でもあり、背徳的なのが快感ですらある。
両親は仕事でいないので、昼は自分で冷凍のうどんを用意した。水を入れた手鍋に火をかけ、沸騰したら出汁と面を入れるシンプルなやつ。具のない素うどんだが病み上がりにはちょうどいい。ものの五分で出来上がったそれをものの五分で完食し、冷たい水で一服した後かるく歯を磨いて自室に戻り、また自由と孤独を楽しむ。
ベッドに横になり、毛布をかけて目をつむる。昼下がりの閑静な住宅街のかすかな生活音と、ときおり聞こえてくる鳥の声が耳に心地よい。昨日までぐったりしていたのが、今はまったりとまろやかだった。
それまで死んだように寝ていたので、目をつむっても眠気の訪れる気配はない。眠るつもりもない。起きながらにして何もしない時間も、年に一度くらいなら結構面白いもんなのだ。
そのとき、スマホが鳴った。俺は起き上がり、机の上のスマホを手に取った。タツミからのメッセージだった。
『やっぴー(ティラノサウルスの絵文字) 生きてる?(卒塔婆の絵文字)』
縁起でもないやつだ。もし俺が死んでいたらどうするつもりなんだ?
『俺だけが死ぬわけがない。お前の心も一緒に連れていく(スイカの絵文字) 旅は道連れって言うだろ? 死出の旅にもお供が欲しい』
そう送ってやると、すぐに返事がきた。
『じゃ、死なないで(サムズアップの絵文字)』
『安心しろ。今のところ死ぬ予定はない。だが、一応もしものときのために考えておいてくれ』
そう送ってやると、今度は通話がきた。学校を休んでる人間相手に、学校の昼休みにかけてくるとは……ま、出るけど。
「もしもし?」
「なんか文面が元気そうだったからかけちゃった。声聞いた感じ、やっぱり元気そうだね。ひょっとして、今日はサボりだったのかな?」
ニヤニヤ顔のタツミが頭に浮かぶような声だった。
「サボりじゃねーよ。朝は微熱があったから一応大事をとったんだ」
「朝は、てことは、今はもう大丈夫なんだよね? じゃ、カメラ通話とスピーカーにしまーす」
「えっ……」
なんでカメラ? そう思っているうちに画面が切り替わった。がやがやとした学校の教室内の映像。タツミとトキさんとウンノとタケウチ、それからおそらく見切れているのがイシカワコンビだ。
「おーっすマツザキ! 今から『お前だけオンラインしりとり大会』を開催する! 心してかかれ!」
タケウチがそんなことを張り切っていった。周りのメンツも皆拍手している。
「俺、一応学校休んでるんだけど?」
「固いこと言うなって、元気になって暇なんだろ? 風邪で休んだら学校に来にくくなるだろうと思ってな。こうやって皆で遊べば、今日も学校に来た気になって、明日もばっちり登校できるってワケだ! どう? 天才じゃね? 俺」
「天才とバカは紙一重って言うからな。間違うのも無理はないかもしれないな」
「ハハッ! 照れるぜ!」
天才的バカのタケウチは露骨な皮肉にも気付かずバカ笑い。相変わらず幸せそうなやつで、そこんとこは非常に羨ましい。でも多分、タケウチはそうやって休んだ俺を気にかけてくれてるんだろうとも思う。たとえバカはバカでも、尊敬すべきいいバカだ。
「じゃ、マツザキくん、用意はいい? 始めるよ? じゃ、最初はマツザキくんから。最初の言葉は『びょうき』の『き』ね? はい、どーぞ」
タツミがニッコリ笑って、やっぱり縁起でもないことを言った。
「病み上がりに対するお題としては不適切じゃないか?」
俺はやんわりと抗議の声を上げたが、
「違うよ~。病み上がりだからこそ『びょうき』の次に行くんだよ? わかる?」
なるほど、わからんでもない。病気の段階は終わって、次を踏み出すというわけだな。小洒落の効いた快復祝いということか。
「でも、本当に大丈夫? 病み上がりでまだ疲れてるんじゃない?」
トキさんが心配してくれた。画面越しでもトキさんの優しさが身にしみる。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だ。トキさんは知らないと思うけど、俺は地元じゃ『しりとりキングのザキやん』と呼ばれたり呼ばれなかったりした男なんだ。病み上がりでもタケウチくらい軽くノせるさ」
「ほう、マツザキよ、しりとりキングの実力、見せてみたまえ!」
タケウチが画面に向かってビシッと指をつきつけてきた。
「よかろう、では行くぞ! 『びょうき』の『き』……き、き、き――」
『き』で始まる言葉、俺はパッと頭に浮かんだ言葉を何の気無しに口にした、いや、
「『キリン』……あっ」
スマホから大爆笑が溢れ出した。
「『キリン』って『ん』じゃん!」
タツミが大笑い。
「うふふ、うふ、うふふふふ……」
笑いを噛み殺そうとして殺しきれないトキさん。
「ぎゃはははは! ま、マツザキ! い、いつから、お前はそんなベタなボケをするようになった!?」
タケウチのヤローが腹抱えて、涙目でこっちを指さしやがる。
「ぷぷぷ……そんなこと言っちゃダメよ、タケウチくん……ぷぷっ……だってマツザキくん、『あっ』って言ったのよ? ぷっ……ついうっかり言っちゃったのよ? あんなに自信満々に、ぷくっ……『あっ』って、ついうっかり、ボケじゃなくて……ぷぷぷぷくくく……」
ウンノが擁護と見せかけて止めを刺しにきた。
画面の端、見切れているにもかかわらず、爆笑しているのがわかるイシカワコンビ。
「ヒー……そう、風邪、風邪だったもんね! ヒーヒー! 病み上がりだから、ヒー、本調子じゃないんだよ! ヒーヒー! 仕方ないよね! ヒーヒーフー!」
笑いすぎて途中からラマーズになるタツミ。
こいつら……好き勝手いじってくれやがって……。
教訓、病み上がりは自分で大丈夫だと思っていても、意外と頭がボケてるもんだ。未だ鳴り止まぬ割れんばかりの爆笑を耳に、俺はこのことを深く心に刻んだ。
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