12月5日(月)

 風邪は他人に感染うつすと治る、俺は今、この言葉を痛感していた。放課後、冬の太陽がやけに眩しく感じられる夕暮れの帰路のことだった。


「大丈夫……?」


 隣でタツミは表情こそ心配そうにしているが、その顔色は昨日とは打って変わって良好だ。


 逆に俺の方は死にそうな顔をしているに違いない。午後の授業から急に悪くなった体調が、いよいよ危険域へと突入しようとしている。悪寒が酷く、顔が熱っぽくかすかに頭痛と目眩がある。手足に力が入らず、呼吸が荒くなる。


 おそらく、いや、間違いなく、昨日のタツミの風邪が感染ってしまったようだ。


「私のせいだよね、私が昨日会いたいって言ったから感染しちゃったね。ごめんね……」


 凄く申し訳無さそうにして、今にも泣きそうなタツミを見ると、そうさせてしまった自分が情けなく思えた。看病しに行って自分が風邪ひくんじゃ世話ない。ミイラ取りがミイラになるなんてかっこ悪い。


「タツミが悪いんじゃない。俺の不注意だよ……」


 そう言って、なんとか笑うので精一杯だった。あー、ダメだ、間違いなく熱がある。朦朧として世界がゆらゆら揺れていた。荷物はタツミに持ってもらっていつもより軽いはずのチャリが数段重く感じられた。


「もう少し頑張って、もうすぐ家だよ」


 タツミの励ましに、なんとか頷いた。もはや言葉を返す気力すらなかった。


 約十分後、俺はようやく俺の部屋へとたどり着いた。


 タツミも一緒だった。本当は家の前まで送ってくれる予定だったのだが、家に誰もいなかったということで、


「昨日のお返しに看病するね」


 タツミはそう言ってくれて、わざわざ俺の部屋まで来てくれたのだ。タツミは俺を着替えさせてくれ、身体を軽く拭いてくれ、今必要だと思われるありとあらゆることをしてくれた。それが終わると、長い帰路を終えた疲れと、家に無事たどり着けた安心感がドッと押し寄せて、俺は泥のような眠りに落ちた。


 目を覚ましたとき、壁の時計は七時を指していた。俺はたっぷり三時間も眠ったらしい。まだ本調子ではないが、帰宅途中と比べると桁違いに調子がいい。この分なら今夜もゆっくり休めば、問題なく明日も学校に通えそうだ。


 どうやら、タツミはもう帰ってしまった……と思ったら、


「ん……?」


 電気をつけると、部屋の椅子の上に、タツミの制服の上下がキレイに折りたたまれて置かれてあった。寝起きの頭ではこれが意味するところが全くわからない。何も理解できずにいると、


「んん……!?」


 布団の中に、普段は存在しない何かが手にあたった。それは柔らかく温かく、当たった拍子に動き出した。慌てて隣を見ると、


「……!!??」


 タツミがそこにいた。ベッドで、俺の隣に、なぜか制服を脱いだシャツ姿で。まだ掛け布団が乗っているから、タツミの上半身しか見えないが、椅子の上の制服一式から察するに、おそらく下半身は……イカン! 寝起きで、こっちの下半身が元気になってるッ! タツミが起きる前に気を静めなければ……!


 と思っているうちにタツミが起きてきた。


「あ、おはよー。あれ? 元気そうだね。もう治っちゃった? これも私の看病のおかげかな?」


 そんなこと言いながら、布団から抜け出そうとするタツミ。俺は慌ててタツミを止める。布団をタツミに掛けようとして、自分の下半身の状況を思い出した。タツミの下半身を守ると、今度は俺の下半身があらわになる。それは避けなければならない。


 両者の問題を解決するために、俺がとっさに編み出したのは、二人して掛け布団にくるまることだった。それは結果としてお互いの胴体、主に胸から下腹部にかけて布団の中で密着することになってしまった。


「ど、どうしたの? マツザキくん……?」


 タツミの驚いた顔が間近にあった。もちろん俺も驚いた。自分のとってしまった行動の結果と、そして布団の下で触れ合ってしまった互いの足の感触に、やはりタツミが今現在生足魅惑パンイチマーメイド状態であることに気付いてしまったことに。


「どうしたのはこっちのセリフだ。なんで脱いでるんだ……?」


 俺は努めて冷静に、この状況を把握しようとした。同時に、タツミから何か嬉しい言葉が返ってくることを期待して、俺の胸が高鳴った。パンイチにはきっと、俺にとって嬉しくありがたい何かがあるはず、そう思っていたが、


「ああ……だって、そっちのほうがマツザキくんが温まると思ったから」


 ニッコリとタツミは言った。それはやらしさも下心もない、純粋無垢な笑顔だった。俺はがっくりときてしまった。いや、嬉しいことなんだよ? タツミが俺を思ってそんなことをしてくれたのは。でも、そこには全くいやらしい意味がなかったわけで……それなのに俺の不純さときたら、超恥ずかしい。穴があったら入れたい……じゃなくて、穴があったら入りたい……。


「どうしたの? やっぱりまだだるい?」


 タツミが心配そうにしている。パンイチなのに、そんなことはお構いなしに、俺のことを純粋に心配してくれている。それが一層不純な心の俺に効いた。


「いや、全然大丈夫だ。だけどな、タツミ、その……温めるってやつは、雪山でやるやつであって、わざわざ部屋の中でやることじゃないんだぞ……」


「そう? でも、このおかげで元気になったんじゃない?」


 別のところが元気になったとは言えない。こんなときに、ここがこんなことになってるなんて絶対に言えない。


「そうだな、ありがとう」


「いえいえ、どーいたしまして! じゃ、マツザキくん、後ろ向いてて」


「なんで?」


「なんでって、わかるでしょ?」


「ちぃっ、とぼけて拝む作戦は失敗か」


「ダメだよマツザキくん、女の子はね、愛し合ってる人にしかそーゆー姿を見せないものなんだよ」


「全く、そのとおりだな」


 同意したが、すぐに疑問符が頭に浮かぶ。てゆーことは、タツミは俺のことを愛してはいないということか? 愛してはいないけど、下がパンイチ状態で俺の布団に入ってきて隣で寝てたのか? パンイチを見られる > パンイチで一緒に寝る なのか?


 布団出て着替えるタツミに背を向けながら、俺はそんなことばかり考えてしまった。イカン、また熱が上がってきた。女性のパンイチには男の熱を上げる作用がある。それがタツミクラスの美女なら、なおのことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る