12月3日(土)
『高揚を見に行くぞ!(天狗が持ってる
と、昨夜タツミからのお達しが出た。俺は久々のタツミとのデートに、ウキウキで張り切っていたのだが、いざ駅に着いてみると、
「おはようマツザキくん、タツミさん」
トキさんがいた。
「や」
ウンノもいた。
さらに、少し遅れて、
「よ~、待った~?」
タケウチ。それから、
「うぃ~っす」
「おぃ~っす」
イシカワコンビも登場。
『ブラザーフッズ』が揃ってしまった。俺のウキウキはなんだったのか……。ま、たしかに昨日のやり取りのどこにも二人っきりとも、デートとも書いていなかったので、ただの勘違いと言われればそれまでなのだが……。
内心、ハートに結構がっくりとキていたのだが、そこはマツザキくん、持ち前のガッツと男気で顔には一切出さず、初冬の朝に吹くキレるような風に劣らないクールっぷりを発揮してみせた。せっかく皆で遊のだから、そんなことでいちいち落ち込んでもいられない。ここはシャキッと切り替えて楽しむのが一番だ。こんな機会もあまりないことだし。
「あれ? マツザキくんどうかしたの? なんだか浮かない顔してるけど? お腹痛いとか?」
トキさんが俺の顔を覗き込むようにして言った。クールにキメたつもりが、やっぱり顔に出てしまっていたらしい。
「ん? そんな顔してたか? 別になんともないよ。朝早いせいかな? ほら、俺、朝弱いし」
「そっか。それならいいんだけど。でも、もし体調が悪かったりしたら遠慮せずに言ってね。とか言って、私にできることなんてないだろうけど」
そう言って、はにかむトキさん。つられて俺も笑った。朝からトキさんの笑顔が見れたと思うと、やっぱり皆で遊ぶのも全然悪くない。
「朝9時だョ! 全員集合~! これより点呼をします!」
「いや、そんなのいらないだろ。小学生の遠足じゃないんだから」
引率の先生気取りでノリノリのタツミにツッコミを入れてやってから、俺たちは電車に乗り、いざ山へ!
約三十分後、電車を降り、ホームに出た瞬間、
「わー! 凄いよ!」
ホームから赤と黄に萌える山並みが望める。タツミも無邪気に大興奮だ。たしかに綺麗だ。俺たち『ブラザーフッズ』だけでなく、他の行楽客と思われる人々もホームから見える鮮やかに艶やかに彩られた山を眺め、中には写真に納める人もいた。
子供の頃、俺は紅葉の美しさなんて微塵も理解してなかったが、今になってなんとなくそれがわかるようになったきがする。これも成長なんだろうか。それとも、タツミや皆がいるから、仲間で盛り上がっているから、そう感じるだけなんだろうか。
さて、駅についてもそこからバスに乗らなければならない。山は大きく見えても意外と遠いのだ。バスに揺られて二十分後、登山道についたその時、急に雨が振り始めてしまった。
「ああぁッ! 雨だよマツザキくん! なんとかして!」
「それ、前も言ってたけど、俺にそんな力無いからな」
予報にない雨に、大きく狼狽するタツミ。ほんと、見てて飽きない女の子だ。この状況にトキさんは苦笑いし、ウンノはクールぶってガムを噛み、なんでもないように雨に濡れる山を見ていた。タケウチはやれやれ、とニヒルな笑みを浮かべ、イシカワコンビは登山口に並ぶベンチに腰掛けゆったりとしていた。
「山の天気は変わりやすいからな。一時間もすればやむだろ。待ってる間にテキトーに話でもしてようぜ」
この俺の一言で『ブラザーフッズ緊急会議』が始まった。議題は特にない。ただの雑談である。
俺の予想に反して、なかなか雨はやまず、たっぷり二時間以上も話し込んでしまった。それがまた楽しかった。たとえ紅葉が見れなくとも、皆でただ集まって話すだけでも充分満足だった。
「ねぇ? 雨やんだんじゃない?」
タツミの一言で、皆が山の空を見上げた。雨はやんでいた。さっきまで立ち込めていた雲が薄くなり、明るくなり始めていた。
「じゃ、そろそろ行くか」
俺が言った。
「でも、また降るんじゃね?」
タケウチが言う。
「べつにいいじゃない、降っても。そんあハードな登山じゃないんだし」
ウンノが言った。
「そうだな。雨に濡れても死ぬわけじゃないし」
タケウチは納得した。
というわけで『ブラザーフッズ』は予定より二時間遅れでようやく入山した。
雨直後ということもあって、登山道はところどころぬかるんでいたが、そもそもが簡単な登山道だし、標高も低い安心安全な山だから、歩くのにほとんど問題にならなかった。心配してた雨も降らず、雲がどんどん晴れてゆき、冬空のくすんだ太陽が眩しく地上に差し始めた。
「あれ見て!」
タツミが指差す。そこには紅葉の谷間を結ぶ、七色の虹が巨大な橋のように山上に浮かんでいた。色とりどりの赤と黄色の紅葉の上に七色の光の橋はアバンギャルドで美しい。思わず俺は息を呑んだ。
「きれいね……」
ウンノもうっとりしている。トキさんは声も漏らさずその光景に見惚れていた。野郎どもは機関銃のごとき連射で写真を取りまくっている。
タツミは目を細め、ややアンニュイなため息を漏らしつつ、ボーッと眺めている。降る落ち葉の色彩に物憂げの美人の横顔がとても映えた。正直に言えば、景色よりもタツミの方へ注意がいってしまった。それだけ今のタツミは美しく儚げで可愛らしい。
皆で来てよかった、そう思う反面、やっぱりタツミと二人っきりで来たかったとも思った。
タツミがふと、俺の方を見て、柔らかく微笑みかけてくれた。俺も笑った。微笑みあった瞬間、ほんの一瞬だけだが、たしかに俺たちは二人きりになった、そんな気がした。
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