12月2日(金)

 花金だ。俺とタツミは学校生活で疲れた身体をねぎらうべく、いつものドーナツ屋へ向かった。ドーナツはいい。甘すぎてあんまりたくさんは食べられないが、甘さが疲れを癒やしてくれる。


 対面に座るタツミも満足そうだ。窓から入る冬の陽に照らされ、タツミのニコニコ顔がよりいっそうホクホクしている。ちなみにタツミはもう四つ目にとりかかっている。俺はまだ一つ食べ終わったばかりだ。


「美味しそうに食べるなぁ」


 しみじみと思ったことが、口をついて出た。


「え、ダメ?」


 タツミが首を傾げる。


「いや、全然ダメじゃない」


「だよね~。ところでマツザキくん、漫才に興味ってある?」


「俺がお笑い好きなのはよく知ってるだろ?」


「だよね~。じゃ、マツザキくんはボケとツッコミ、どっちが好き?」


 んん? 変な質問だな。どっちの役割の芸人が好きか、って話か? その辺に特に好みはないが。


「どっちがってのは別にないなぁ」


「私はツッコミが好き。鋭くツッコめたらかっこいいもんねぇ。なんでやねん! って」


「なんで関西弁なんだよ」


「関西弁っておもしろいやん? わし、おもろいこと言うてるやろ?」


 大げさに表情を作っておかしな関西弁を話すタツミ。


「そんなこと言ってると関西人に怒られるぞ」


「なんで?」


「馬鹿にしてるから」


「馬鹿になんかしてないよぉ! ほんまやで! なんぼのもんじゃい!」


「それが馬鹿にしてるっていうんだよ」


 俺は思わず笑ってしまった。わけのわからんことを言わせたらタツミの右に出る者はいない。


「じゃ、標準語でツッコむべ」


「語尾が『べ』なんて標準語はないぞ。つーか、ツッコミが好きとか言ってるけど、さっきから俺がツッコまされてる気がするんだが?」


「えぇ~。マツザキくん、ちゃんとボケてよぉ~」


「なんでだよ」


「ほら、またツッコんでる」


「さっきも言ったがツッコまされてるんだ。なぜならば、タツミがボケまくりだからだ。よっ、ボケまくりのボケ女」


「ボケ女はヒドすぎない? ただの悪口なんですけど」


「ボケろって言われたからな。ほら、もっと強くしっかり笑いになるようにツッコむんだ」


「えぇっ、う~ん、じゃあ……なんでやねん!」


「……弱いな」


 やっぱりタツミはボケだ。ツッコミの才能は皆無に等しい。


「じゃあやっぱりマツザキくんがツッコミのほうがいいかなぁ? そういうコンビもいるよね、結成当初とはボケとツッコミが逆になるやつ」


 ツッコミの才能がないことを痛いほど自覚したらしい、タツミは仏頂面、しかしやっぱりかわいい顔で窓の外を見ながら、ミネラルウォーターをストローでズルズルと派手に音を立てて飲んでいた。


「行儀が悪いぞ。というか、なんでそんなにボケとかツッコミにこだわってるんだ? 将来芸人になるのか?」


「将来も何も、今コンビになったばかりじゃん」


「は? コンビニになった?」


「コンビ。コンビになったんだよ私たち」


「私たち? タツミと誰が?」


「私とマツザキくんが」


「俺とタツミがなんだって?」


「私とマツザキくんがコンビになったの」


「なんの?」


「お笑いの」


「……は?」


「今日が私たち『タッツンマッツン』の結成日で、ドーナツ屋ここが結成式会場。いつか獲ろうね、M1グランプリ」


 タツミは本気とも冗談ともつかない顔で言った。マジなのか? マジなんですかタツミさん!? 君は面白いやつだが、お笑いの面白さとはちょっと違うんじゃないですかい? そもそも『タッツンマッツン』はパクりだし。色々とセンスがヤバいぞ? そんなんで大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題だ。


「えーっと……マジ……?」


 一応、確かめた。


「マジ……だったら?」


「絶対にイヤだ」


 俺は即答した。俺はお笑いやるつもりなんて毛頭ない。


「えぇーッ!? さっきお笑い好きだって言ったじゃん! 嘘つき! 女泣かせ! 甲斐性なし! 浮気性! 鬼畜!」


「おいおい、俺が好きだって言ったのはあくまで見る方のお笑いであって……というか、後半は事実無根の誹謗中傷だな!?」


「えぇーん。傷ついたぁ。傷つけられましたぁ。傷物にされちゃいましたぁ~」


 露骨に嘘泣きするタツミ。どうやら既にコントが始まってるらしい。


「いや、タツミ、お前は面白いよ? でも、俺は無理だ。そんなセンスないし、まずやりたいとも思わないし。ほら、タケウチとかどう? あいつ誘ってみたら? あいつはほら、お笑い顔じゃん?」


「私はマツザキくんとやりたいんだよ~。第二の『かつみさゆり』目指そうよ~」


「そこ!? どうせならもっと上目指そうぜ!? なにが悲しくて『かつみさゆり』目指すんだ!?」


「だってほら、男女コンビだし、私、そこそこイケてると思わない? ぼよよーん! ほら?」


 タツミは立ち上がり、どことなく『さゆり』っぽいポーズを取った。静かな店内が一層静まったような気がした。タツミは気を取り直し、何事もなかったかのように座った。


「ほらね?」


「なにが、ほらね? だよ……」


 正直なところ、この流れは個人的にちょっとおもしろかった。だからといってお笑い芸人目指すつもりはない。少なくとも『かつみさゆり』に憧れはないし、当然目指したくもないし……。


「とにかく、俺は絶対にやらない。やるなら一人でやれ」


「じゃ、私もやらない。マッツンあってのタッツンだからね」


 ニッコリ笑うタツミ。


「なんじゃそりゃ」


 俺も笑った。笑顔のタツミが可愛すぎたからだ。それで、やっぱり思った。タツミもお笑いに向いてない。お笑いをやるにはタツミは美人で可愛すぎるんだ。美人にお笑いはできない。なぜなら、美人がふざけると、男はヒクからだ……というのは、まぁ、俺の個人的意見なんだけど……。


「なになに~? 人の顔ジロジロ見て。なんかついてる?」


「ああ」


 透き通ったキレイな目と、可愛らしく筋の通った小さな鼻と、小ぶりだがぽっちゃりプリプリの唇が、ね……なんて言うわけない。代わりに、


「目が二つと鼻と口が一つずつだな。あと鼻には穴が二つほど空いてる」


 と言ってやった。


「『小笑い』だね。たしかに、そんな腕じゃあお笑いで天下なんて夢のまた夢だね」


 タツミがやれやれと肩をすくめた。本人はお笑いっぽく大げさなジェスチャーをしているつもりらしいが、やっぱりただ可愛いだけとしか見えなかった。


 やっぱり、俺もタツミもお笑いには向いてなさそうだ。

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