11月28日(月)

 もう十二月も目の前だというのに、あまりにも暖かな日和だった。暦の上ではもう冬で、そろそろ昼休みにおけるベストプレイスでの食事もおさめ時かと思っていたのだが、まだしばらく大丈夫そうだ。


 というわけで、昼休みを告げるチャイムと同時に教室を飛び出した俺は、学食でパンと飲み物を買い、暖かな陽気にウキウキ気分でベストプレイスを目指した。


 ウキウキなのは俺だけじゃない、ほらあっちにはモンキチョウが舞い、こっちにはミツバチが飛んでるよ。なんと生け垣には羽がボロボロなオオカマキリまでいる。おそらく肉体の耐用日数は過ぎているに違いないが、陽気が暖かすぎて長生きしてしまっているのだろう。


「よっ、カマキリ、こんちわっす」


 俺はカマキリに挨拶した。カマキリは怪訝そうに俺を見た。虫のなかじゃカマキリが一番表情に富んでいると俺は思う。あいつらはシャープなくせにコミカルで可愛げがある。逃げ足も遅いし、いざとなったら『蟷螂の斧』の言葉通りに立ち向かってくるのもいい。全く愉快な愛すべき昆虫だ。


「じゃあな、カマキリ、元気でな」


 俺はカマキリに別れを告げた。おそらく今生の別れとなるだろう。冬は目前だ。あのカマキリに明日はないかもしれない。いつか冬の冷たい風があのボロ羽を打ち散らしてしまうだろう。それが宿命だ。残酷だがそこがまたオツなルールの中で俺たちは生きている。生まれれば死ぬ、このゲームで唯一平等なこと。


 そんなことはどうでもいい。俺は今を生きている。そして生きるからには食わねばならん。カマキリと人間では生きる時間が違うのだ。


 ベストプレイスにさしかかると、そこから声が聞こえてきた。タツミとウンノとトキさんが三人並んで弁当を広げているのが見えた。俺は足を止め、そこへ行くのを躊躇してしまった。


 女の子三人に男一人、これってなんとなく躊躇われるシチュエーション。ハーレムものの主役ならともかく、残念ながら俺はただの一般男子高校生。その上、どっちかっていうと女の子とはそこまで話せるほうじゃない。


 とは言ってもだ……あの三人とはよく話す間柄だ。トキさんは席が隣だし、ウンノにはパンツを買ってやったし、タツミとはご近所さん、躊躇ったり恐れる必要がどこにある? 別に一対三でもいいじゃないか。むしろハーレムじゃないか。ここで一般男子高校生を卒業し、一般ハーレム男子高校生になるべきだ。あ、そんなの全然一般的じゃないか。


 ま、とにかく、怖気づいてる場合じゃない。メシも食わねばならないし、そもそもベストプレイスは俺の場所だ。アタックだ。吶喊とっかんだ。マツザキ、いきまーす!


「よっす」


 俺は極力自然に声をかけた。三人が一斉にこっちを見た。三人に悪気はないんだろうが、同時に三人の女子に見つめられると、なんとなく気恥ずかしいやら恐ろしいやら、変な気分になる。


「あっ、マツザキくんが来ちゃった」


 タツミが言った。


「じゃ、この話は一旦終了で」


 ウンノがニヤッと笑って言った。


「うん、じゃ、またの機会で」


 トキさんがはにかんで言った。


 なんの話をしてたんだろう? 非常に気になる。聞かない手はない。


「何の話?」


 聞いてみた。


「内緒」


 タツミがウンノに似た笑みを浮かべる。


「そうだね~、マツザキくんには話せないね~」


 トキさんは申し訳無さそうに苦笑を浮かべた。


「そーゆーこと。マツザキくん、女の子には女の子だけの世界があって、そこに男の子は絶対に入れないの。残念だけどね」


 ウンノがやれやれと首を振った。


「そんな大事な話なら、俺の場所ベストプレイスでやらないで欲しいね」


「あら、ここはあなただけの場所じゃないのよマツザキくん。ここは我ら『ブラザーフッズ女子三銃士』の屯所でもあるのよ」


 フフン、と鼻を鳴らすウンノ。


「なんだそれ?」


「マツザキくん、安心して。ここは民主的に解決しましょう? じゃここがマツザキくんの場所だと思う人は手をあげてください」


 トキさんの言葉に俺は手をあげた。


「ここが三銃士の場所だと思う人」


 三銃士が手をあげた。


「一対三でここは正式に三銃士の屯所となりました!」


 タツミがにこやかに言う。


「ちょっと待て! こんなの不正だ! マジョリティによるマイノリティの弾圧だ!」


「ぶっぶー、ダメです。これが民主主義です! 長いものには巻かれろ。衆寡敵せず。大は小を殺す。これが世界のことわりなのです!」


 タツミが元気いっぱいに大きく腕で✕を作る。あとの二人も同じポーズをとる。三人並んでトリプル✕。


「そんな理あってたまるか! あと、大は小を兼ねる、な?」

 

「まま、落ち着いてマツザキくん。ほら、私たちはちゃんとマイノリティも尊重してるよ。ほら、ここ座って」


 タツミが横にずれ、ウンノとの間に作ってくれたスペースを手でポンポンと叩いて俺を誘う。


「マツザキくん、おいで。女の子三人に囲まれて過ごすのって悪くないでしょ?」


 ウンノがニヤッと笑って誘う。俺は二人の誘惑と、腹ペコの誘惑に負けて誘われるままにタツミとウンノの間に座った。


「マツザキくん、ほら、おしぼりで手、拭いてあげるね」


 トキさんが手を拭いてくれる。急な至れり尽くせりな状況と空腹に思考が鈍くなってしまった。なんだか色々と誤魔化されているような気がしないでもないが、そんなことはどうでもよかった。少なくとも今の状況は全然嫌じゃない。


 これも暖かい陽気のせいだろうか? プチハーレムを味わいながら、そんなことを思った。

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