11月4日(金)

「やっほ」


「お、よう、タツミ」


 朝、登校中、偶然タツミと出会った。自然と、二人一緒に登校する流れになった。


「今日、寒いね~」


「ああ、寒いな」


 タツミの言う通り、今朝は今年一番の冷えだった。放射冷却がばっちりって感じだったし、いよいよ冬の訪れを本格的に感じられた。


 この感じ、実は嫌いじゃない。寒いのは苦手だが、冬の透き通るような空気と、斜に差す日光の長い影の組み合わせが、なんとなくエモーショナル。なんとなく、俺の心の中までクールにする。


「そういえば、もう大丈夫なのか? 身体」


「うん、全然平気! 昨日一日寝てたらもうすっかりよくなりました!」


 タツミは笑って、チャリを漕ぎながら片腕で力こぶを作ってみせた。冬服なので、力こぶの有無はよくわからなかったが、笑顔を見るにたしかに元気そうだ。


「昨日はごめんね。私から言い出したのに」


「ああ、気にするな。また今度行こうぜ」


「じゃ、明日はどう? 昼ごはんくらいなら、奢っちゃうよ?」


「マジ? じゃ、ゴチになろうかな?」


「あ、でもあんまり高いのはダメだよ? 私、そんなお金ないから。少ないお小遣いでなんとかやりくりしてる苦学生だからね」


「わきまえてるよ。なんせ俺も、貧乏苦学生だからな」


 な~んてクールにキメたが、実は内心でガッツポーズしてる。お流れになってしまった『デート』が意外に早く復活したことに、俺は心の中で欣喜雀躍していた。しかも、俺から言い出すのではなく、向こうから言ってくれた。これは俺にとって完璧な流れだ。素晴らしい。最高。昨日のことを優しく気遣う、俺のクールな優しさが功を奏したに違いない。やはりクールで優しい男はモテる。


「ん? どしたの? 急にニヤニヤして」


「うん? そんな顔してたか?」


 なんてクールぶってるが、内心は冷や汗ものだった。『デート』のお誘いが復活したことを素直に喜びすぎ、あまつさえ顔に出してしまってはクールどころの話ではない。それはダサい。クールぶってダサいのが、なにより一番ダサい。


「うん、めっちゃくちゃニヤニヤしてた。さてはなにかいいことあったなぁ~?」


 ニヤニヤした上目遣いでこちらを見てくるタツミ。


「おい、前見てないと危ないぜ」


 チャリの運転マナーをさり気なく注意しつつ、自分から注意をそらす。これこそデキる男のクールなやり方。なんて自画自賛してると足元をすくわれそうだから、そろそろ自重しないといけないな。


「ねぇ、教えてよ! なにがあったの? どんなことあったの? ねぇねぇ教えてよ!」


 明日のお前とのデートが今から待ち遠しいんだよ……なんてこと、言えるわけがない。これが堂々と言えたならクールかもしれないが、一歩間違えればイタいナルシストとも捉えられてしまいかねない。う~む、クールの道は奥深い。


「さぁ? 何があったんだろうな?」


 とりあえず今はクールぶって誤魔化すことにした。これが今の俺にできる最大限のクールだった。そもそもなぜ、そんなにクールにこだわっているのか自分でもわからないが、ま、そういうこともたまにはあるさ。


「え~? なにそれ? そんなもったいぶらないで教えてよ~」


「当ててみな」


「まさかのクイズ形式? もう、マツザキくんたらイケズなんだから」


「イケズって久々に聞いたな。まる子ちゃんみたいだな」


「まる子ちゃん、私は好きだよ」


「俺はサザエさん派かな」


「そんなのどうでもいいの! いいことってなんなのか教えてよ! じゃないと今日一日の授業が手につかなくなっちゃうよ! そうなったら、マツザキくんのこと呪ってやるから!」


「おいおい、物騒だな」


「じゃ、教えなさい! ハリーアップ!」


「教えないとは言ってない。ただ、普通に教えたんじゃ面白くないだろ? だから当ててごらん」


「いいでしょう。ノってやるわ、その勝負!」


 朝だというのに、タツミのテンションは高い。朝がそんなに強くない俺としては羨ましいほどだ。俺は心の中で苦笑した。でもまぁ、俺としては朝っぱらから元気なタツミにこうやってエンジンかけてもらえるのはありがたくもある。


「ふふっ。実は一つ、心当たりがあるんだよ?」


「ほぅ……」


 不敵に笑うタツミに、俺はドキリとさせられた。そして、タツミはそれを口にした。


「私との明日のデートが楽しみなんでしょう?」


 図星だ。さすがはタツミだ。

 だが、俺も負けてはいられない。初冬の朝くらいクールな俺は、


「当たり」


 爽やかに、なんの屈託もなく、冬の空気くらい透き通った素直さでその言葉を口にした。


「え、本当……?」


「ああ、本当だよ」


 タツミは一瞬考えて、


「ぜ~ったい、嘘じゃん!」


 なんと、タツミは俺の素直な言葉を嘘と捉えたらしい。


「なにが?」


「だって普通そんなこと、本当に思ってたらサラっと言えないでしょ? 今の『当たり』は『はいはい、タツミさんの言うとおりですよ』的な抑揚もクソもないテキトーな感だったよ!?」


 なるほど、たしかにそう捉えられても仕方がない返し方だったかもしれない。ちょっとクール過ぎたらしい。かっこいい方のクールではなく、冷たすぎる方のクールだったようだ。


 でも、言葉自体は真実で、本当に嘘偽りないのだから、それを疑われてもこっちが困る。


「嘘じゃないって」


「絶対嘘じゃん」


「本当だって」


「いやいや、嘘でしょ」


「いや、ほんとマジ」


「ウソ」


「マジ」


「ウソつき」


「マジつきだって」


 そんなやり取りをしていると、いつの間にか学校に着いていた。


「あ~あ、学校に着いちゃった。午前の授業はマツザキくんのせいで身が入らないなぁ~。じゃ、続きは昼休みにね」


 そう言って、タツミは自分の教室へ入っていった。俺はその背に、


「いや、ほんと、マジなんだって……」


 本日何度目かの本心をぶつけたのだが聞こえなかったらしく、返事はなかった。

 聞こえたところで、あまり意味はなさそうだが。

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