10月14日(金)

 今日は暖かい日だった。そんな日の午後は昼寝に限る。俺はいつものところでいつものように横になっていた。日向は暑いが、日陰はちょうどいい。あんまりちょうどいいもんだから、俺は本格的な眠りに落ちてしまった。


 寝ていると、何かが近くで動いた。何か大きくて重いものだ。その気配に俺の意識は急速に覚醒させられた。目を開けるとウンノが俺の腹と胸の間にまたいで仁王立ちしていた。口元に不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。


「おはよう、マツザキくん」


「おはよう、ウンノ。ところで、なんで俺をまたいでるんだ?」


 奇妙な立ち位置であり、絶妙なポジションだった。ウンノが俺を見下ろすということは、俺からはウンノを見上げる形だが、スカートの中が惜しくも……いや、その中身が見えそうで見えない角度の危うい位置関係だった。


「ふふっ、ギリギリでしょ?」


「……なにが?」


「マツザキくんに買ってもらったパンツが見えそうで見えないギリギリってこと」


「……!?」


 なんのつもりでまたがっているのかと思ったが、まさかあえてギリギリの角度を狙っていたとは恐れ入った。さすがはウンノ、女子高生でありながら年上の教師を誑かしているだけのことはある。特異な男性遍歴が可能とする常軌を逸した異質の行動、俺は感服しつつも混乱し、動揺せざるを得なかった。


「わざわざ穿いてきてあげたんだから。どう? 嬉しい?」


 口の端でニッと笑うウンノ。切れ長の涼し気な目元はそのままに見下ろし笑うその様は、まさに氷の女王様。位置関係的に、さしずめ俺はM男くんだな。


「あら? 嬉しくないの? 女の子が自分の買ったパンツを穿いてるのに?」


「お前の挑発がぶっ飛びすぎてて、嬉しいのか嬉しくないのか自分でもわからない、てのが正直な気持ちかな。年上の教師アレと付き合うと、ただのクラスメイトにも過激で奇抜な行動を取るようになるのか?」


「マツザキくんはただのクラスメイトじゃないでしょ? パンツ買ってくれるクラスメイトじゃない」


「その言い方だと俺がウンノのパンツ買うド変態ブルセラ野郎に聞こえるな」


 ウンノはクスッと小さく笑った。


「今のは言葉の綾。ふふっ、やっぱりマツザキくんって面白いね」


「ウンノほどじゃないと思うけどな」


「そう? じゃあ私たちって好相性?」


「チョウとカマキリくらいの相性じゃない?」


「どっちがチョウ?」


「俺がチョウだよ。『バタフライナイフのリョウスケ』って巷じゃ有名だぜ?」


「たしかに、マツザキくんってチョウみたいに可愛いね。私がカマキリなら食べちゃってもおかしくない……」


 そう言って、ウンノは俺の上でかがみ込んだ。その目に妖しい光を湛えて。慣れた手付きで俺の胸に両手を置き、誘うように舌なめずりをした。マウントポジション。俺は身動きがとれない。


「お、おい、急にどうした……!?」


 またいだまま屈むウンノに触れないようにギリギリの距離を保ちながら上体を起こすと、ウンノの下着が丸見えだったので俺はあわてて目をそらした。チラッと見たそれはあまりにも過激だった。パンツ単体の過激さもさることながら、それを実際に装着している姿は過激を通り越して破壊的だった。


「どうしたと思う……?」


 そう言って、ウンノは俺の腹の少し上にぺたんと尻を落としてきた。


「ちょ、ちょっと待て……!」


 俺は強い声で、しかし極力小さな声でウンノを制止した。大きい声を出さないのは、こんなところを他人に見られたらどうなるかわかったものじゃないからだ。学内不純異性交遊なんて危険なこと、ウンノとニシオに任せておけばいい。


「待たない。ね、今、私のお尻、スカートがめくれてぺろーんって丸出しになっちゃってる」


「はぁ……!?」


「想像した?」


「しないよ……」


 嘘だ。本当はちょっとした。


「する必要ないよね。今から見れるんだから……」


 そう言いながら、ウンノは徐々に落とした尻を胸の方へと進めてくる。


「待て待て待て待て! ストップストップストップ! ばっくおーらいばっくおーらい!」


「なんで? 見たくないの?」


「見たくないと言えば嘘になる」


「じゃ、いーじゃん?」


「よくない! こんなところでこんなところしていいわけないだろ! ウンノだって、誰かに見られたら困るだろ?」


「誰もこないって」


「来たら……」


 そのときだった、俺は俺にまたがるウンノの背後に人影を見つけてしまった。人影は明らかにこっちを見ていた。俺は一瞬血の気が引いた。だが、人影をよく見ると、それは俺のよく知る人物だった。


「ウンノ、もう遅い。後ろを見ろ、こっち見てる」


「そんな嘘ついちゃって」


「じゃ、見てみろよ」


 ウンノはそっと後ろを振り返ると、人影に気付いたのだろう、彼女はドラえもんがねずみを見つけたときくらい俺の腹の上から飛び上がり、スカートを直し、両手で顔を隠しながら凄まじい疾さで駆け去っていった。いくらウンノでも、ケツ出して男に跨ってる姿を知らない誰かに見られたくないらしい。


「やれやれだ……な」


 嵐は去った。さきほどまで俺のベストプレイスに満ちていた怪しい香りはどこへやら、普段の落ち着いたさわやかな雰囲気に戻っていた。


 人影がとてとてこっちに走ってきた。タツミだ。


「ねぇ、さっきの女の子と何してたの?」


 タツミは俺を睨むような訝しむ目をして、それでいて心配するような複雑な顔をして言った。


「からかわれてたんだ。ウンノってそういうヤツなんだよ」


「ふぅ~ん、やっぱりウンノさんだったんだ」


 タツミがジトっと訝しむような目付きでこっちを睨んできた。学校内で教師とキスするような女の子と二人っきりでいたら、変な疑惑を持たれるのも無理はない。ここはちゃんと弁解しておかないと。


「何も変なことはしてないよ。ウンノは過激に挑発してくるけど、アイツだってからかう以上のことはしてこないさ。相手もいるしね。というか、やっぱりってどういうこと? ウンノだってわからなかったのか?」


「背格好、髪型からしてウンノさんだと思ったけど、顔隠してたからね。でも、ほら……」


 そこで、タツミは噴き出すように笑った。


「ウンノさん、顔は隠してたけど、おしりは丸出しだったから。あんな派手なパンツとあの背格好ときたら、当てはまるのはウンノさん以外いないと思ったから」


 笑っちゃいけないのを我慢しつつも、タツミはついつい笑いが抑えられないようにクスクス笑っていた。俺の方は遠慮なく大笑いさせてもらった。パンツから推測できる女の子、それがウンノ。こんなにおもしろいことはない。


 頭隠して尻隠さず、なんて言葉もあるが、今のウンノにはぴったりだ。今度、このことを直接本人に伝えてやろう。今日の挑発行為のお返しにはちょうどいいだろう。

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