9月19日(月)

 敬老の日。本当は今日、タケウチとイシカワコンビと俺の四人で遊びに行く予定だったのが、台風のお陰で文字通りになってしまった。


 さて、暇だ。とにかく暇だ。遊び盛りの男子高校生にとって休日を自室で過ごすことは監禁に等しい。外は曇り、風がそこそこあるが、まだ雨はない。

 というわけで、俺はちょっくら外に出ることにした。


 なんとなく、俺は嵐が好きだ。だからこの嵐の前の怪しい雰囲気が結構気に入っている。木々がざわめき、雲は黒々と立ち込め、やけに暗いこの感じ、ゾクゾクしてたまらない。それに嵐が来る前の今にも何か凄まじいことが起こりそうな空気感の世界を歩いていると、まるで自分が過酷な物語の中の濃い影を持った主人公になったような気がしてくる。


 そう、今の俺は中二病患者だ。男というのは、いつなんどきいくつであっても、中二病になってしまうことがままあるのだ。


 嵐の中を(正確には嵐の前ではあるが)男が一人行く。当て所もなく、風に揺られて、昼だというのに暗い世界を、目を細めて突き進む。う~ん、シブいぜ……。


 風が強くなってきた。雨はまだないが、いよいよ嵐の雰囲気だった。落ち葉が舞い、道路からバイクが消え、やがて人が消えた。少し車が走っている以外に、ほとんど人の姿はなかった。歩いているのは俺だけだ。酔狂なやつは俺だけだ。


 と、思ったそのときだった、


「マツザキくん」


 ばったりタツミだ。手にビニール袋を持っていた。


「よう。何買ったの?」


「漫画。台風で出かけられないから、暇つぶしに」


「なるほど」


「マツザキくんは何してんの?」


「俺か……俺はな……」


 さて、なんて言ったものか? 台風直前、中二病に浸っていましたとは言えない。そんな馬鹿なことを言うやつはいない。いや、いるかもしれないが、少なくとも俺はそうじゃない。


「俺は……今からちょっとコンビニに」


「コンビニ? 全然違う方向じゃん」


 痛いところを突かれた。しかし今の俺はクールを気取る中二病。クールな回答がひらめいた。


「ちょっと散歩も兼ねてな」


「へぇ~」


 クールな俺はクールに乗り切った。さすが嵐の(正確には嵐の前)似合う男と自画自賛。

 俺が内心でかっこつけているとき、突然強い風が吹いた。


「きゃぁっ」


 スゴイ風だった。風はタツミの髪を激しく乱した。砂が吹き上げられて顔に痛かった。目が開けていられなかった。


「すっごい風だったなぁ……」


 風がおさまってからタツミを見ると、彼女はマジビビりだった。青い顔をして目をしばたたかせていた。


「ま、ま、マツザキくん、さ、さっさと帰ろう……! あ、あ、あ、あぶ、あぶ、危ないよ……!」


「そうだな。そうしよう」


 激しく同意だった。いかに中二病とは言え、さすがに本物の嵐の中を歩きまわるのは本物の馬鹿のやることだ。俺はそこまで馬鹿じゃないし、馬鹿になれない。俺が馬鹿をやってしまうと、本物の馬鹿の立つ瀬もないだろうし。


「じゃ、じゃあね……!」


 タツミが足早に立ち去ろうとするのを、


「送るよ。風が強いからな」


 俺は早歩きのタツミの隣に並んだ。


「あ、ありがと」


「いえいえ、どーいたしまして」


 中二病は次のステージへと進んだ。嵐吹きすさぶ世界で姫を守りとおす騎士の役回りが、新たな俺の中二病だ。これもなかなか面白くてかっこいい。嵐は男をなんでもかっこよくしてしまうのかもしれない。


 約十分後、俺は無事に姫の護衛の役目を終えたが、その直後、嵐は本格化し、俺は厳しい雨風の中を帰宅するはめになった。


 タツミの家付近から俺の家までは徒歩五分だが、その短い道中の中で恐怖に慄くこと約二回、あんなに楽しく中二病に浸っていた嵐を呪うこと四回、約五十秒に一度、俺は最悪な気分になりながらなんとか帰宅した。


「はぁ……大変だった……」


 思わず、玄関でそう呟いた。


 でも、総合的に見て、今日はそんなに悪い日じゃなかった。嵐のおかげでタツミに会え、タツミという姫を守る騎士の役を演じられた、それだけでも今日は良い日だった、心底そう思えた。喉元すぎればを忘れるというやつだろう、寝る頃には、帰宅途中に味わった恐怖なんてすっかり忘れて、いい思い出だけが頭の中に蘇るようになっていた。

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