第97話 圧倒的な戦車戦力

「戦車部隊の先頭は、充電を完了後、突撃を敢行せよ。残った戦車は火力支援基盤を確保の後に射撃支援、電源車は火力支援に同行し、引き続き充電作業を継続せよ」



 戦車大隊に、電源に関する指示がされた。



 なるほど、そういう事か、と一同は納得せざるを得なかった。

 それは、この第3堡塁を落とさない限り、戦いに勝利はない、そして、第3堡塁が陥落してしまえば、この電源車も使用用途が無くなる、なので、装甲化されていない電源車を随行させても、問題ない、との判断だろう。

 これも、戦い慣れた軍人からすれば、些か机上の空論のように感じられたが、限られた戦力を、もはや温存しておく余裕などない、この第3堡塁を今日落とせなければ、次のチャンスはもう無いのだから。


 そして、この最後の戦いこそ、戦車戦力を主体とする、一大戦車戦の始まりだった。


 それまで、歩兵による奇襲に目を引かれがちだったが、ここへ来て三枝軍の戦車残存率が師団側の情報組織を驚かせていた。

 それは、当初の戦いにおいて、相当の損害を与えたはずの三枝軍戦車戦力が、予想以上に残存しているのである。

 これもまた、初日の第1堡塁における戦車の回収から修理の効率が良かったことと、戦車の損害を、回収整備可能な範囲で戦わせた絶妙な距離感に理由があった。

 この時、師団側は何か狐にでも化かされたような錯覚に陥っていた。

 それは、これまでにない感覚だった。

 

 実は、この第3堡塁攻略時における、この「錯覚」を作為するためにギリギリの範囲でわざと戦車戦力に損耗を受けていた、というのが龍二の正しい作戦要領だったのだが、この時点で生徒会参謀部も、東京第1師団の誰もが、そのことには気付いていなかった。


 こうして、この師団側の見積もりと大きく乖離した戦車戦力の圧倒的な戦闘展開は、想像以上の衝撃力をもって第3堡塁に肉迫した。


 当然、第3堡塁の要塞砲は、戦車目がけて猛反撃の火力を発揮していたが、ここでも要塞砲は、不思議な現象を陥ってしまうのである。


 それは、要塞砲が射撃をしようとする瞬間に、一瞬前が見えなくなるのだ。

 これにより、照準の正確性を失い、どうしても再照準に時間がかかってしまう。

 そうこうしている間に、戦車部隊が要塞砲の近限界(近すぎて撃てない距離)を超え、要塞砲の照準は再び次の悌隊へ照準をするものの、再び照準から消える、ということの繰り返しであった。


 この時、三枝軍は戦車の一部を火力支援として手前の丘に配置していた。

 これは要塞砲と正面から撃ちあえば間違いなく撃ち負ける距離であったが、なにしろ要塞砲は固定されていて、重厚な防壁に守られてはいるが、そこへ戦車砲の直撃を喰らうと照準器だけには影響が出てしまうのである。

 そして、火力支援中の戦車部隊は移動が可能であることから、要塞砲が再照準を完了するより早く離脱してしまうため、もぐら叩き状態に陥っていたのである。


 第1師団側も、このあまりの戦車戦力の圧力により、要塞近傍まで到達しつつある三枝軍戦車部隊に対し、とうとう虎の子の師団戦車隊を展開したことにより、この第3堡塁攻防戦は、この戦い最大の戦車戦へ突入するのである。


「よし、迫撃砲部隊はこれより15分間の煙覆(スモーク)を開始せよ、歩兵部隊はこの15分間で、一気に第3堡塁に突撃を敢行、対敵距離を縮めること、以上終わり」


 指揮所からの通信は、三枝軍の徒歩兵部隊がいよいよ第3堡塁に近迫していることを指していた。


 予想外の戦車戦力に気を取られ、よもや徒歩兵が生身を晒して走って要塞に突撃する様を、この時師団側は想像すらしていなかった。

 それは、戦闘のプロであれば普通は考える事が出来ない暴挙に等しく、戦術教育では落第点と言えた。

 しかし、その落第点の戦いかたが、ここに来て魔法のように効果を発揮する。


 それはやはり、三枝龍二による、緻密な計算の上に成り立っている戦い方であって、同じことを他人がやろうとしても不可能である。

 それ故に、今回の戦術は、後日に戦訓としては残りにくいものになっていた。



「師団長、突入してきた戦車部隊の半数強を撃破しました、、、しかし、我が方の損害も、7割を超えました、機動可能な戦車勢力はもうすぐ30%を切ります」


 師団司令部の通信は、悲痛な戦車部隊の激戦を伝えるものであった。

 この時、上条師団長は、久しぶりの高揚感の中にあったことを、自身も気付いてはいなかった。


 そして、この局地的な戦車戦に勝利したとしても、更に後方に射撃支援をしている戦車部隊が追随してきた場合、もはや迎撃すべき戦力はなく、事実上、これが師団側による最終抵抗となる場面なのである。

 それでも上条師団長は、最後の最後まで戦いを諦めることなく奮戦し、それは予想外に龍二の攻撃を妨げたのである。


「やりますね、上条師団長」


 そう呟く龍二の横顔を、幸は見逃さなかった。

 それは頼もしく思えつつ、幸にとっては何か嫉妬に似た感情が芽生えていた。

 それは、一番好きな男性が、自分以外の何かに熱くなっているのを、ただ見ているしか手段がないから、に他ならない。


 

 戦車戦は、予想以上に師団側の抵抗が続き、龍二が考えていた、最小限の充電でも問題無い時間の範囲を超えつつあった。


 そしてそれは、上条師団長だけが見抜いていたのである。


 そして、師団は予想外の戦い方で、三枝軍を迎え撃つのであった。

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