第41話 非常呼集命令

経塚「ああ、これはちょっと雲行きが怪しいな。」


 二人の感は概ね的中であった。

 生徒舎前に集められた生徒達は、当直からこんな話を聞かされるのである。


「東京第1師団長のご令嬢が、現在行方不明となっている。最後に横須賀市内での目撃情報があったことから、当校ほか、横須賀所在の部隊に捜索命令が下った。都内は国際会議前の厳重警戒期間であり、場合によっては高級将校の家族を狙った誘拐やテロの可能性もある。生徒諸君はこれより速やかに出動準備を整え、区隊ごと武器庫前に集合せよ。」


 これはエラいことになったと、経塚と東郷は目を合わせた。

 上条佳奈、そう言えば第1師団長の名字が一緒である。

 まさか、あのふんわりした美少女が、あの師団長の愛娘であるとは予想外であった。

 そして、これは事態が予想以上に悪い方向へと移行中であった。


 時間は夜中の1時を過ぎていた。

 同一地域に所在する第31歩兵連隊の他、座間第54歩兵連隊、相模第1戦闘工兵大隊、国防大学校、通信学校と、投入出来る部隊、組織は総動員であった。

 当然、深夜の捜索中の龍二達にもその知らせは入った。


幸「お前、本気で探す気あるのか?」


 幸は、城島と二人で深夜の横須賀市内にいた。

 ここは繁華街で、まだ上陸中の海軍水兵や米海軍の姿があった。

 龍二達6人は、まず手分けしてそれぞれ捜索に当たるということで二名一組での行動となった。

 メンバー決めはジャンケンとなったわけだが、この二人のカップリングは極めて異例、いや初めてのことであった。


城島「そりゃ、本気ですよ!、しかしまだオレ、横須賀の土地勘ないから、地図を見ながら作戦を立てているわけ!わかる?」


幸「わかるけどさ、なんでその場所がこんな感じのバーなわけ?」


城島「いいじゃんべつに、どうせなら何か情報が得られそうな場所のほうが一石二鳥ってやつでさ。」


幸「ここがどうして一石二鳥なんだよ!あんなあどけない二人が、こんないかがわしい店に入るわけないだろ!・・・私だって、その、慣れてないんだからな・・・。」


 幸が慣れない夜の横須賀に動揺していることに、城島は何時になく優越感に浸れるのであった。

 しかし捜索をサボっている訳ではなく、案外考えがあってのことだった。


城島「おう、こっちこっち!」


 幸が城島の声を掛けた相手を見て、一瞬驚きの表情を浮かべた。

 そこに現れたのは、大きな黒人の水兵であった。

 そして流暢な英語を駆使して、その水兵と話を始めた。

 この時代、自動翻訳機の急速な発達に合わせ、英語の使用頻度がすっかり少なくなっていた。コミュニケーションの大半は翻訳機によるものであったため、この光景はかなり意外なものであった。

 もちろん幸も受験英語レベルは話せたが、あえて翻訳機を使用して二人の会話を聞いていた。

 その内容は、明らかに昭三と佳奈の捜索に関する聞き込みであり、併せて心当たりがないか、米海軍の仲間達に聞いてほしいという内容であった。


幸「おまえ、意外と凄いんだな、翻訳機がお前の英語をちゃんと認識してたぞ、発音、どこで覚えた?」


城島「まあ家がね。今度そのうちな。それよりボブから聞いたが、情勢がきな臭くなっているようだぞ。」


幸「今の水兵、ボブっていうの?・・・ベタな名前だな、」


 そのボブが言うには、先程憲兵が来て、繁華街にいる水兵達に、佳奈のことを聞いて回っていたとのことだった。

 それはつまり、佳奈の所在不明が、かなり公な扱いとなっていることを示していた。


幸「え、・・それ本当?」


城島「ああ、っということは、こちらにもそろそろ・・・。」


 城島がそう言った直後に、幸の携帯端末と城島の携帯グラスに、ほぼ同時に連絡が入った。


城島「言っている先からこれだからな、・・・いや、おいおい、これはマジか?」


 幸も受け取ったメール内容に驚きを隠せないでいた。

 全校非常呼集である。

 国防大学校の全学生で、近傍に所在している者は全て登校・登庁せよとの内容であった。

 もちろんその内容は佳奈の失踪と捜索に関することであった。


城島「これは生徒会長へ相談だな・・・っとまた、早速・・。」


 龍二からの連絡だった。


龍二「城島、聞いてくれ、上条さんの捜索隊が師団隷下で編成された。」


城島「ああ、こっちにも連絡が入った所だ。どうも米軍の憲兵が動いているらしい、ちょっとやっかいだな。北条さんたちと一旦合流しないか?」


龍二「そうだな、・・・、生徒会権限を行使できないか学校長と掛け合ってみたい。」


 生徒会権限の行使、それはもはや究極の選択と言えた。

 龍二は、身内の不祥事を報告しなければならないことを意味していた。

 これで昭三も、そして龍二も軍人生命を経たれることとなるだろう。

 場合によっては、それで済まされない可能性すらあるのだ。

 しかし、今は心の底から上条佳奈のことが心配でならなかった。

 龍二達4人は、北条の車と清水と合流すると防大へ向かった。

 清水にとっては卒業以来久々の訪問でもあった。


 深夜3時を回った頃、経塚が部室を訪れた。

 昭三は浅い眠りから醒めて、部室のドアを開けて仰天する。

 経塚は完全装備で武装もしていた。


昭三「どうした経塚、どういうことだ?」


経塚「三枝、ちょっとマズい流れになってきたぞ!上条さんのお父さんが彼女の事を大捜索している。」


昭三「お父さんって・・・、第1師団長?大捜索って、どの程度?」


経塚「県東部地区の全部隊対象としている。恐らく数千規模の大捜索隊だ。」


昭三「それにしたって、武装する必要はないだろう!」


経塚「師団長の娘が失踪したと言うことは、テロの可能性があると判断されたらしい・・・。」


 そんな騒ぎを聞いて、佳奈も起きてきた、もちろん今の話も聞いていた。


佳奈「経塚さん、それは本当ですか?」


 経塚は黙って一度うなづいた。短い二人の夜は終わり、新たな朝が始まろうとしていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る