第4話 再上陸計画
飛行甲板上に並べられたワンカー6機が、三枝1尉以下警備中隊100名の搭乗を待っていた。
その時、戦闘艦「しなの」の艦長から「発進待て」がかけられたためである。
清水1尉の考えで、ワンカーで警備中隊を「いすみ」「おおよど」へ分乗させ、帰国までの間の訓練を実施させる、という提案が、艦長へ進言されていた。
しかし、警備中隊の、その尋常ではない重装備を見た艦長はこう話した。
「臨検訓練にしては少し妙ではないか?我々の臨検部隊をは明らかに違うな」
清水は艦長の疑問に対し、さりげなく助言した。
「陸上の部隊には、現有装備での臨検要領を試したい何かがあるのではないですか?」
「いや、訓練内容を確認する。発艦まて。」
その時、清水1尉は拳銃を手にしていた。
幹部自衛官が、戦闘艦の艦長に銃口を向ける、それが如何に重大な犯罪であるか、その場に居合わせた全員が瞬時に理解できる行為である。
「まて、水雷長、君は自分が何をしているか解っているのか?重営倉ではすまないぞ」
清水1尉は無線機のマイクを手に取ると三枝1尉に叫んだ。
「甲板上のワンカーに告ぐ、発艦を許可する。速やかに発艦せよ、速やかに・・」
そこまで言い掛かったところで、清水を止めにかかった副艦長以下数名が押さえかかる。
ワンカー6機が一斉に飛び上がり艦橋を横目に次々と過ぎて行く。
「清水1尉、処分が下されるまで、自室で謹慎を命ずる。連れて行け。」
、、、後悔は無かった、恐らく厳しい処分が下るだろう。
女性ながらこの若さで水雷長までさせてもらい、自衛官として、なんだかもう十分だという自暴自棄な気持ちにもなっていた。
結婚でもして退職するか、そんな、らしくもない考えが頭を過ぎっていた近頃の彼女にとって、悪友の為に何か出来たのであれば、まあ自分の人生、こんなものかなと、自室の窓モニターから水平線を眺めながら。
それでも、どうでもいいという気持ちのはずが、無表情な彼女の目から涙が伝い続けた。
部屋の鋼鉄でできた白い扉に目をやると、油性マジックで寄せ書きが書かれていた。
「今度デートしましょう」「マジ美人で本当は憧れでした」等々、淡い気持ちで。
「まったく、女性区画にズカズカと、、でもって、油性マジックって、やりたい放題だな・・」
そうつぶやきながら、彼女はその中から三枝のものを探した、、が、見あたらない。
少し残念な表情を浮かべる。
彼女が深呼吸しながら天井に目をやると、意外なものが目に入った。
そこには彼女のお気に入りの口紅を使って、天井一杯に三枝1尉のメッセージが書かれていた。
「最後にお前と再開できてよかった、女を磨けヨ!」
荒々しい、雑な書きっぷりであったが、彼女は気付いた、この作戦は、勝利のためのものではないと。
もちろん理解はしていたが、三枝なら最後まで諦めずに、きっと奇跡を起こすと、僅かな可能性に期待していた彼女は、それが見抜けなかった自分に怒りを覚えた。
あの、三枝の笑顔の奥に、決死の思いが隠れていたことを見抜けなかったことへの自身に対する怒りは、無表情であった彼女の顔を一気に紅潮させていた。
「最後に、だと、ふざけるな、ふざけるなよ」
謹慎中の禁を犯して部屋を飛び出し、艦内を一気に駆け上がり甲板に出て空を見上げると、ワンカーの編隊が艦の上空を旋回飛行していた。
「三枝、死ぬな、死ぬな!」
ワンカー編隊の強烈なダウウォッシュとプロペラの轟音の中、彼女は出せる限界の声を張り上げた。
しかし、ほかにも言いたいことは沢山あったはずだが、どうしても言葉が出てこない。
清水の行動を気にしたのだろうか、三枝機は、最後尾で甲板ぎりぎりの高さまで降りて旋回していた。
機体のダウンウォッシュで清水の結ばれていた髪が解け、激しく風に煽られるほどの接近飛行を繰り返しながら。
機体の窓から三枝1尉の顔が見えた、清水は必死に笑顔を作りながら、手で、もういいから、行くように促した。
それを見た三枝機を含めた全機が、重低音のモーター音を響かせながらドグミス方向へ向けて一斉に飛び立った。
最後にあの、屈託の無い全力の笑顔と敬礼を、小さな窓に押しつけながら、彼らは去っていった。
涙で曇る視界の中で、その機体が見えなくなるその瞬間まで、清水1尉は甲板上で立ち尽くした。
2週間前の出来事であった。
夕日に照らされたドグミス基地の警戒部隊は、水平線の彼方から現れた航空機に「敵機襲来」の報告をもって全守備隊、島民に対空警報を発令した。
対空機関銃を構える兵士たちの表情に緊張が走る。
銃を握る手には、これから始まる一大決戦への闘志と不安から多量の汗が吹き出した。
しかし望遠鏡で警戒していた兵士の一人が気づく。
「いや、まて、敵機ではない、友軍機だ、胴体部に赤丸を確認、日本隊、日本隊だ、日本隊が帰ってきたぞ!」
島民の表情は、その強ばった顔を一斉に笑顔へと変え、直後に割れんばかりの歓声が島全体を包んだ。
新国連軍の撤退により、いよいよ孤軍奮闘を覚悟していた彼らにとって、たった6機編隊であっても「友軍機」との響きが、どれほど勇気付けられたことだろうか。
6機のワンカーは、住民が全力で手を振る中、上空を旋回飛行した後、ゆっくりと降着した。
その機体に向かって、飛行場では数百人の島民、守備隊が一斉に駆け寄ってきた。
現地軍と合流した警備中隊の一同は、ドグミスの司令官やカンザニア民兵の歓喜に迎えられ、三枝1尉は敬礼する間もなく住民、兵士に担がれ御輿のようにもてはやされた。
それはまるで英雄の帰還を祝福する光景に似ている。
そしてその晩は、旧国連軍が残していった酒蔵を全解放して祝杯をあげた。
、、、ここに酒はもう必要ないことは暗黙の了解であり、また誰もが後悔するわけでもなく、決戦を前にした豪快な宴席は明け方まで続いた。
翌日以降、ドグミス守備隊は、この2週間に及ぶ戦いをよく奮闘した。
しかし敵の着上陸部隊に、既に内陸深くまで侵入を許し、当初の善戦空しく弾薬、食料は絶望的な状況の中にあって、それでも士気は高く、銃を構えるその表情には、カリスマ的指導者である、三枝1尉と共に戦える高揚感が、その表情を更に冴えるものとしていた。
同時刻、国立競技場の選手たちは、佳一高校キャプテン城島に賛同し、ベンチから一向に出てくる気配がない。
そんな光景は、全国中継の複数のメディアやネット配信によって繰り返し放送された。
放送局によっては緊急速報を流すほどである。
そんな中、無情な緊急速報がテレビ画面の上方を賑わせていた。
「ニュース速報・国連カンザニア諸島派遣隊の陸上自衛隊守備隊は、最終降伏勧告を拒否、条約軍側は攻撃再開を宣言」
高校サッカーの頂点を決するそのテレビ画面には、国連派遣部隊として参加中の陸上自衛隊に関係する速報が流れ続けていた。
局によっては放送を中断し、昼夜を問わない報道を展開していた。
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