武田図鑑

武田武蔵

第1話 魔獣使い、パーティーを追放される~しかし大切なスライムを神様の悪戯によって最強のエンジェルスライムに改造されて魔王も召喚出来るようになりました。戻る?そんな事など微塵も考えていません~

「タロー。お前は今日でパーティーを首だ」

 パーティーリーダー、キムラは突然そう告げて、親指を逆立てた。旅人達が集まる、酒場での事だった。

「……なんでだよ」

 俺は立ち上がった彼の襟首を掴んだ。

「俺たち、一緒にダンジョンを冒険してきた仲だろう?」

「その仲だからだよ」

 と、俺たちの会話を聞いていた同じく古参のエルフ、フィールが言った。

「魔獣使いはレアだから、あんたしかいなかった。でも、召喚出来るのはスライムのみ。パーティーとの契約がよく今まで続いたと思うよ。それだけでも光栄に思え」

「フィールの言う通りだ。タロー」

 キムラは続ける。

「ともかく、お前の代わりの者を皆に紹介する。ほら、こっちに来い」

 キムラに導かれ、少女が酒場の人込みから顔を出した。

「名前はスズキ。幼いながらも、ドラゴンを召喚出来る。それも、レアなファイアドラゴンだ」

 その言葉に、酒場に集った他の仲間たちは歓声を上げた。

「ドラゴンの中でも一番強いとも言われるファイアドラゴンを?!」

「しかもまだ若い。伸びしろがあるじゃないか!」

「と、言う訳でお前は用なしだ。スライム野郎。これは退職金だ」

 キムラは数枚の銅貨を机に置く。

「いらねえよ、そんなもん」

 俺は銅貨を投げ返した。それと共に、全てを失った。


 銅貨を投げ返した所で、今夜泊まる宿代もなかった。仕方なく、町から離れた草原の大樹の元で、野宿をすることにした。

 こんなメンタルで、独り寝は寂しすぎる。俺は杖を振って、魔物を召喚した。

「おいで、リン」

 そう名付けたスライムの名を呼ぶ。すると、煙と共に一匹のスライムが現れた。しかし、

「え、リン?」

 俺の思っていたのとは違うリンの姿がそこにはあった。まず、羽が生えている。そうして、リンの背後には光が差し、その奥に同じような羽の生えた少年の姿があった。

「なんだよ、お前……」

 俺は戸惑う。それと共に、幼い日に初めて召喚したモンスターの姿を変えてしまった犯人なのだろうその少年に、怒りが湧いた。思わず、短剣を突きつける。すると彼は、

「短気なのが君の落ち度かな、タロー君」

 と、笑った。

「天上界きってのスライム好きの神様である僕が、君に既視感が湧いて折角君のスライムをエンジェルスライムに変えてあげたって言うのに」

「エンジェルスライムだって……」

 俺は息を飲んだ。噂には聞いたことがあった。魔獣使いが思い浮かべた“死んだ”モンスターに、能力も丸ごと化けることが出来る、ほとんど見かけないレアなモンスターだと。

「試しに、目を閉じて今日や昨日、ダンジョンで倒したモンスターを思い起こしてみなよ。そうして、リンと名前を呼んで目を開けるだけ。簡単だろう?」

 「……リン」

 俺は試しに、キムラの倒したケルベロスを思い浮かべてみる。何故それなのか。戦った中で、ケルベロスが一番強かったからだ。

 俺は目を開いた。果たしてそこには、三つ首のオオカミ―—ケルベロスの姿があった。

 闇夜にぎょろぎょろと光うごめく瞳、よだれを垂らす舌。全てが、キムラの手によって殺されたケルベロスだった。

「戻す時は、再びリンと呼べばいい。説明はそれだけだよ。良いスライムライフを!」

 そう言い残し、曰く天上界一のスライム好きの神は煙と共に消えていった。

「あ、おい! ちょっと待てよ!」

 俺は叫ぶ。もしこのままリンがケルベロスのままの姿ならば、間違いなく俺は食われる。

「り、リン!」

 慌ててリンの名を呼ぶと、煙が吹き出し、元のリンの姿に戻っていた。しかし、エンジェルスライムに進化した所為か、背中の羽が消える事はなかった。

 いや、待てよ、タロー。確かエンジェルスライムは、姿さえ判れば、他人が過去に殺したモンスターにも化けられると言う事だった気がする。試してみるか。俺は遊び心が湧いて、昔本で見ただけのモンスターの姿を思い浮かべ、目を閉じてもう一度リンの名を呼んだ。

 恐る恐る瞼を開く。すると、そこには色魔——サキュバスの姿があった。本で見た通り、露出の高い服を着ている。胸も、大きい。

「ご主人様ぁ、どうなさったのですか?」

 いつものリンの鳴き声とは全く違う、甘えたような声色でサキュバスは俺を押し倒した。胸が当たっている。これも、別の意味で間違いなく食われる。

「リン!」

 その唇が俺のシャツのボタンを外す前に、俺は声を張り上げていた。

 リンはいつもの姿に戻る。それと共に、俺は魔力が少なくなっている事を悟った。ただでさえ魔獣召喚には魔力も体力も使う。スライムだけならばまだしも、エンジェルスライムになったリンは、化けたモンスターに費やす魔力を同時に吸収するようだ。

 些か、燃費が悪い。これがレアなモンスターと呼ばれる理由の一つなのだろう。そんな事を考えた。

「眠ろうか」

 俺はそう言って、リンを魔界へと返し、地面に横たわった。

 それと同じく、思い出すのは懐かしいパーティーの事だ。急に首になり、笑いものにされたが、組んでいる時間は楽しかった。

 そういえば、昔勇者に倒されたと言う魔王の姿も、本で見たことがあったな。

 とりあえず、当面の事は全て明日になったら考えよう。そう考え、俺は瞳を閉じた。


 翌朝、まだ日が照り出さない頃、俺は新たな仲間を見つける為、昨日とは違う港町へと向かった。白亜の壁に染まる港町は、異国の香りを運んでくる。港で朝食を取って、少し心を落ち着かせてから、俺はログハウス風の旅人ギルドの門を叩いた。

 早速、求人を探す。魔獣使いは他の職業に比べ、数が少ない。なので、欲しがっているパーティーも少なくないのだ。

 俺が求人を見ている時、突然背後から、声が聞こえた。

「あ!あのお兄ちゃんが持ってる杖、魔獣使いの杖だよね?!」

「……へ?」

 あどけない少年の声に驚き振り返ると、茶色の髪をした、ローブ姿の少年が立っていた。その背後に、追いかけてくる数名の大人の影がある。

「ネノキ様!」

 追いついた大人の一人が彼の肩に手をかけた。

「ギルドへ入った途端走り出され……危険なことはやめてください」

「だって、この人が呼んでいるような気がしたんだ!」

 俺は呼んでないぞ。一応、駆けてきた大人たちに救済のまなざしを送った。

「ねぇお兄ちゃん、僕たちのパーティーに入らない?」

 背後では肩で息をする大人たちを無視して、少年は続ける。

「何が、召喚できるの?」

「えっと……」

 俺は思わず言いよどんでしまった。そうして、

「エンジェルスライムだ」

 と、素直に答えた。途端、周りの大人たちの目の色が変わった。

「エンジェルスライムだって?!」

 皆が驚いている中から、落ち着いた雰囲気の魔術師ともとれる老父が姿を見せた。

「エンジェルスライムで、何に変身が出来る?」

「大昔に、本で読んだものならば、なんでも……」

 昨日のサキュバスを思い出しながら、俺は答えた。皆が湧きたつ。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん、僕たちの仲間になってよ!」

 その中で、ネノキと呼ばれた少年は、俺の服の裾を掴んだ。

「僕の名前はネノキ・ハナギ。ハナギ王国の第一王子だよ! 社会勉強の一環で、ダンジョンに眠る財宝を探し出すように父上に言われて、旅をしているんだ。パーティーはみんな僕が城にいた頃の家来たちで、全くつまらない。お兄ちゃんがいてくれると、旅も大分楽になると思うんだ」

「す、少し考える時間を……」

 俺は連日の余りの情報量に頭を抱えた。第一王子だって? 将来の国王じゃないか。それに、社会勉強の一環だとしても、厳しすぎる社会勉強だ。俺が今までいたパーティーとは全く違う。

 こんな俺でも、頼ってくれるのだろうか。

「……判りました」

 俺は頷いて、ネノキと握手を交わした。


 それからと言うもの、俺はエンジェルスライムとなったリンと共にネノキのパーティーに加わり、ダンジョンへと潜るようになった。魔力も体力も、回復係の魔導士により、ぐっと楽になった。ならば、俺が考えていた事が実現する事があるかもしれない。

 そうして、それは突然訪れた。

 沢山の財宝が眠るというダンジョンを訪れた時、最下層にて、ファイアドラゴンと対峙したのだ。

「立ち向かえる?」

 ネノキは言う。

「多分出来る」

 俺は言って、先頭に立った。その時だ、昔属していたパーティーの姿があった。みなぼろぼろにやられている。そして、その奥には大きなオークの死骸と共に、立ち尽くすスズキの姿があった。成る程。魔獣使いは、召喚したモンスターに魔力が奪わて尽くされた場合、その歯止めが利かなくなる。まだ幼いスズキにとって、ファイアドラゴンは手に余る状態だったのだ。恐らく俺はこのファイアドラゴンを倒せるが、それと同時に彼らを助けることになる。

 それが、少し気に食わなかった。

 しかし、ネノキの為だ。俺はあるモンスターを思い描きながら、

「……リン」

 と、呼んだ。

 たちまち辺りには暗雲が立ち込め、巨大なモンスターが現れた。黒いマントは召喚した際の風に揺れ、漆黒の鎧をまとっている。何よりも、頭に角が生えている。

 魔王。いにしえの人々は、彼をそう呼び、恐れた。

「行くぞ、リン」

 俺は言って、リンにパンチを命じる。その一攻撃だけで、ファイアドラゴンは気を失っていた。魔獣使いが召喚したモンスターは、意識をなくした場合、自然と魔界へと帰る。光の粉になって消えてゆくファイアドラゴンから視線を反らすと、丁度キムラと目が合った。

「ヒ、ヒィ……」

 彼は俺を見て怯えている様子だった。そしてそのまま、恐る恐る立ち上がると、俺に手を差し出した。

「お前がいれば、パーティーは整う。帰ってきてくれ、タロー」

 何を言い出すかと思えばこれだ。俺は肩をすくめて、

「誰が帰るか。馬鹿野郎」

 光石ひかりいしと言うアイテムを投げつけた。

「これは一瞬で外に戻れるアイテムだ。目障りなんだよ。俺の前から消えろ」


「タロー、この人達は?」

 ネノキが無邪気に尋ねて来る。他の仲間たちは、皆財宝を手押し車に詰めていた。

「あなたの気にかける程でもない、ただのカスですよ。さぁ、行きましょう」

 そういって、ネノキへと踵を返した。


 風の噂で、キムラが仕切っていたパーティーは崩壊し、スズキという魔獣使いの名も聞かなくなった。

 俺は今や、ハナギ国王一の家臣だ。魔獣使いの杖はほとんど使ってはいない。しかし、たまに家に帰ると、リンを召喚して、遊んでいる。その程度だ。

 人生の選択肢を間違えたつもりは、全くない。

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