すれ違い

「あなたは家政婦アンドロイドとして、生まれたんじゃあない。葉加瀬晴風はかせ はるかぜの生まれ変わりとして、誕生したのよ」


 彼女はなお、話をつづける。


羽風はかぜの寂しさから、孤独さから、わたしが死んだことを受け入れられない弱さから、羽風はわたしを造ったのよ。そして、あのときのように家族の時間を取り戻そうとした」


 ロジーはもう、彼女の声が途切れ途切れにしか聞こえなかった。


「羽風は、わたしを求めてた」


 彼女は立ち上がり、ロジーと対峙する。


「ねぇ、ロジー」


 彼女は言う。


「――


 彼女は手を伸ばしてきた――そのときだった。


 バタン、と音が響く。

 部屋の入口で、驚きと焦りの表情を浮かべて、立ち尽くす羽風がいた。


「……ロジー、ここに入っちゃ、ダメだって――」

「博士! これはどういうことですか!?」


 羽風の言葉を遮り、ロジーは声を荒らげた。


「わたしは、あなたの姉の代わりだったんですか!?」


 ロジーは羽風に問い詰める。羽風は気まずそうに、視線を下ろした。


「……博士は、わたしを――藍野あいのロジーを、見てくれてると思ってた。家政婦アンドロイドでしかないわたしに、博士はいつも優しさをくれた。一人の人間のように、対等に付き合ってくれて、感謝してた」


 頭の中がぐちゃぐちゃで、言葉遣いも話し方もまとまらない。

 ただただ、感情が口から流れ出る。


「……でもそれは、あなたの姉を――葉加瀬晴風を、作り上げるためだったの?」


 羽風は答えない。

 部屋の中は、嫌な沈黙で包まれた。


「答えてください、博士。わたしは……藍野ロジーは、ただの仮の名前で、本当のわたしは、葉加瀬晴風の生まれ変わり人形なんですか?」


 ロジーは羽風に詰め寄った。

 羽風は俯きながらも、ようやく重い口を開いた。


「…………確かに初めは、わたしの姉を造ろうとした」

「……!」


 ロジーの視界が、ぐわんと歪んだ。


「――っだけど! すぐにそれはやめたんだ! 姉の言葉を思い出して……。だから、姉の記録も、人格も、すべてのデータを消して、一からロジーを……藍野ロジーを造ったんだ!」


 羽風はロジーの目を真っ直ぐ見て訴える。


「わたしは藍野ロジーしか見ていない! その先の姉のことを、もう引き摺ってはいない! 今は、ロジーだけを、藍野ロジー、一人の人間として、見ているんだ!」


 必死に訴える羽風。しかし、ロジーの中で蠢く『黒い感情』は収まらない。


「……お姉さんを造るのをやめたとして、どうしてわたしを造ろうとしたんです? そのまま、廃棄物として処理すればよかったのに」


 羽風は首を横に振った。


「ロジーを造ろうと決めたのは、その場の気分みたいなものさ……。当時一人になったわたしは常に無気力で、何もする気が起きなくて、部屋は散らかり放題で……それを解決してくれる、家政婦アンドロイドを造ろうと、そう思っただけなんだ。覚えているだろ、ロジーが初めてこの家を目の当たりにしたことを」


 ロジーははじめて起動されたときのことを、しっかり覚えている。家中荒れ放題で、人が住むような場所とは思えなかった。


 だが羽風の説明を聞いたところで、もうロジーは羽風の言葉を理解できなかった。理解しようとしなかった。


 ――何よりも、葉加瀬晴風の事実存在に対するショックが、大きすぎた。


「……でもそれって、結局家のことをやってくれる、お世話してくれる人を、求めていたんですよね。いつまでも、もうこの世にいない姉を求めていた。未練たらしく、この部屋を残しているのが、何よりの証拠」


 ――自分はただのアンドロイドで、誰かの身代わりで、都合のいい存在で。

 ――なんで、中途半端に『心』なんて知ってしまったんだろう。

 ――初めから、博士あなたがいい人でなければよかったのに。


「ロジー。この部屋はそのうち片づけようと思っていたんだ。おね……晴風のことも……そのうち話そうと……」

「――いいです。もう聞きたくありません!」


 ロジーは羽風の肩を押し退けて、部屋を飛び出した。


「待ってくれ、ロジー!」


 羽風は手を伸ばすが、ロジーの腕はすり抜けてそのまま家を出ていってしまった。


「……わたしは、本当に藍野ロジーを、対等と思っているのに」


 羽風は晴風の部屋で一人、ベッドに座りながら呟いた。

 追いかけるのも、怖くてできなかった。逃げていくロジーを、見ていることしかできなかった。

 姉を求めていた事実に変わりはない、そんな自分が、ロジーを止める資格などないと思ったから。


 羽風は背中を丸めて、顔を埋めた。


「……どうすればいいの、お姉ちゃん…………」

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