アンドロイドの異常
「――というわけでだな。今週末、わたしの友人がくることになっている」
ロジーは羽風と夕飯を囲んでいると、羽風は大学でのエリカとのやり取りを説明し、そう伝えられた。
囲んでいる、といっても、夕飯を食べているのは羽風のみなのだが……。アンドロイドのロジーには食事は必要ない。必要なのは、適量の電気のみだ。
「かしこまりました。スケジュールに追加しておきます」
羽風の向かいに座るロジーはそう答えた。
「そこでロジー。お前に一つお願いしたいことがある」
「なんでしょうか?」
ロジーは羽風からの命令を記録するため、普段は青色の胸元の小さなLEDライトが緑色に光る。ロジーはじっと耳を傾ける。
「――決して、アンドロイドだとバレないようにしろ」
ロジーは、命令を復唱する。
「アンドロイドとバレないようにする」
「……そうだ。ひたすら人間の振りをするんだ。ロジーは見た目は完璧に人間だし、あとは中身の無機質さだけ隠せばいい」
ロジーは返答に詰まった。プログラムが実行できる確率が低いと判断し、了承する機能が働かない。
「アンドロイドの実在。……もしこれが世間にバレてみろ。数々のメディアや企業がわたしのところへ押し寄せる。それは非常に面倒だ。ロジーといる時間もなくなるだろう。……それに最悪、悪い奴らに捕まって悪用される可能性もある。そうなったら、二度と……」
羽風は一度そこで言葉を切り、優しくロジーを見つめた。
「重い話をしてしまったが、大丈夫だ。普段買い出しへ出て、アンドロイドだとバレたことは一度もないだろう? 要するに、いつもどおり過ごしてくれればいいんだ。もちろん服装は、外出時のようにそれは隠す格好でな」
羽風は胸元のLEDライトを指差した。
普段、ロジーが着ている服は胸元のLEDライトが見える仕様になっている。ロジーの状態が、このLEDライトの色で識別できるようになっていて、羽風が一目ですぐにわかるようにするためだ。まあそれと、羽風の好みというのもあるのだろう。
「あ、でもやっぱり、来客の日のために新しく服を用意して渡すよ。色々と種類があるほうが、ロジーもうれしいだろう」
羽風は、そう言って笑った。
だが、ロジーには何がうれしいのかが理解できなかったので、とりあえず感謝を述べたほうが無難と判断し、礼を伝えた。
「さて、まあ今週末――日曜の来客は気楽にもてなしてくれたまえ。わたしの友人はマナーなんか全然気にしないような明るい奴だ。気さくに話してくれ」
ロジーは、「はい。博士」と答えた。羽風は、言われて気づいたのか、もうひとつお願いをする。
「ロジー。来客の前で『博士』と呼ぶのはナシだ。なんだかあからさまだし、不自然だろう?」
――まあ苗字は
「では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
ロジーは問うた。羽風は、
「それはロジーが決めてくれ」
と答え返されてしまった。
その顔つきは、なんとも楽しげだ。
「…………」
ロジーは、葉加瀬羽風という名前のデータを元に、呼び名を構成する。
「葉加瀬さん」
羽風は首を横に振った。
「葉加瀬」
それじゃあ、さっきと変わらなくなるだろう、意味は違うが、と羽風は笑った。
「……羽風さん」
羽風はくぅ〜と唸ったあと、「もうちょい!」と声を上げた。
「……………………」
ロジーはすっかり黙り込んでしまった。
羽風は残念そうに眉を下げる。
「えーもう出ないの? もうちょいだったのに……。まあいいや。友人の前では常にそう呼ぶようにしてくれ」
羽風はそう言って席を立った。
自室に戻る前に、一度立ち止まって振り向く。
「……あ、別に友人の前じゃなくても、名前で呼んでくれていいからね」
羽風はそう言って微笑むと、自室へと消えた。
「…………」
ロジーは目を瞑り、羽風とのやり取りを記録する。
そして、胸に手を当て考えた。
――構成された呼び名の候補なら、実はまだあったのだ。でも、ロジーは口に出して答えることができなかった。
「…………」
ロジーはこの原因を探るべく、自身のセキュリティスキャンを実行した。
しかし、特に異常は発見されなかった。ウイルスの反応はなく、内部の故障もどこにもない。全てが正常動作していた。
――なぜ、答えられなかったのでしょうね?
突然脳内を響いたその声を皮切りに、ロジーは、見たこともない平原に立っていた。
数十メートル離れたところで、青い短髪の女性がこちらを見て、意地悪そうな笑みを向けている。
「……なぜなの?」
ロジーはその女性に問うた。
女性はクスクスと笑って、簡単よ、と言う。
「下の名前だけで呼ぶのが恥ずかしかったんでしょ」
ロジーは「……恥ずかしい」と、その言葉を反芻した。
「かわいいわね。そのくらいで照れちゃうなんて……。相当ウブなんだから」
「……照れる? ウブ? 一体、なんのことですか?」
女性はそれ以上は答えずに、風の流れとともに消えていった。
同時に、ロジーも元の場所に戻ってきていた。見慣れた、羽風の家のリビングだ。
「…………」
ロジーは、与えられている自室へと向かう。そこにある白く光る台座――ロジー用の充電器――の上で、体育座りをする。
ロジーは、ゆっくりと目を閉じた。
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