《リンカーネイション》8 Notice


「テーム!」

幸か不幸か、慌ててステラの元へ戻った時には既にリラがその場に到着していた。僅かに彼女の表情が綻ぶ。

「それ、持ってきてくれたのね」

「え」

リラが指差した先はテームの手の中、つまり彼が握りこんでいた油だった。

(しまった)

そこでようやく彼はこの不味い事態に気付いた。勝手に倉庫に入ったことが発覚するのも時間の問題ではないか。

「さっきカミルに連絡したの。持ってきてくれると言っていたけれど、途中でテームに会って渡したのね。丁度良かったわ」

「え、ああ……うん」

どうやら彼女は偶然にもこの事態をテームにとって都合の良い形で解釈したようだった。もっとも、それだってカミルが来ればわかってしまうのだから時間稼ぎでしかないのだけれど。

「……ステラは大丈夫なの」

「ええ。見た目よりは軽いものよ。ただ、首と胴体の繋ぎ目が緩んだのは初めてだったから驚いたけれど……」

テキパキと工具を広げる姉の傍らで、テームは背中に嫌な汗をかいていた。嘘はどんどん膨らんでいく。もし今この瞬間カミルがやって来たら? リラが彼への礼を口にしてしまったら? 不安と心配が入り混じって、口の中は嫌に粘っこい味がした。

「そういえば、テーム」

「え、えっと、何?」

彼女の一挙手一投足に肩が震える。

「通信機、取り違えたでしょう。ほら」

「あ、うん……」

彼にとってはかなり核心に迫る話だったが、リラにとってはそれどころではないようだった。

(……そういえばこれ、開錠履歴も残るんじゃ……)

どこまでもつき纏う不安。そのたびに、ステラを助けたいと思った十数分前の純粋な自分を汚しているような気持ちになる。普段よりもだいぶもたついて、ようやくテームは通信機を姉に手渡した。

「ありがとう。後は私がなんとかするから、あなたは自分の持ち場に戻りなさい」

「……うん」

戻ってきた通信機を撫でる。あらゆるものの明日が、今日が不確かなこの場所で、たった一つの存在証明を。

最後に一度だけステラの髪を触る。そのままテームはその場を離れた。

「……」

リラはちらりと上目遣いで入口の方を見る。弟は完全に去ったようだった。

(……軽い、なんて嘘)

いくら高性能な機械とはいえ、ステラの身体はあまりにも『生き』すぎた。そもそも彼女の生身の部分は首から上だけ。それも成長が止まったままの、いや、止められたままのもの。身体は膨大な数の交換と修繕を繰り返してやっとのことで維持している。

(繋ぎ目がどうにかなっているなら、最悪の場合は全身を取り替えないと。そうなると私一人ではどうにもならないから、カミルを呼ばなければならないわ……)

沈んだ気持ちでステラの首元のファーを外す。タートルネックの上からでも僅かにずれた首元がわかる。

不気味だ、と一瞬思ってしまう。あまりにも精巧に作られた人形のようで。

だがそれもすぐに罪悪感に変わる。実際のところはともかく、見た目は幼い女の子なのに。ごめんね、と小さく呟いて手を伸ばす。

初めて見る有と無の境目。

「……!」


思いもよらないものがそこにはあった。

根絶やしにすべきもの。

そう教わってきた敵の証。


「……印……」

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