15章 『Prepare yourself, the KING of covenants』(1)
夜の街は違う顔をしている。建物にも橋にも、街灯にさえも重く苦しい夜がのしかかる。おぼつかない視界にアナンは思わず溜息を吐いた。おまけに昼間の騒動の瓦礫がまだ散らばっているのだから、気を抜くわけにはいかない。
不意にサナが立ち止まった。
「すまぬ、アナン殿。しばし待っていてくれぬか。或いは別の道を行くのでも構わぬが、今は少々足元が悪いのでな……」
「俺は構わないが……どうした?」
そう問うとサナは微かに目をそらして申し訳なさそうな素振りを見せた。
「倉庫の施錠を確認したい。……貴殿を信用していないわけではないのだ。ただ、市民と我以外は入ってはならぬという決まりがある故……」
「そういうことか。それなら俺はここで待っている」
彼女はどこまでも真面目な性格なのだろう。市民から絶大な信頼を得られるくらいには。
万が一盗難等があれば――或いは既に起こっていたら、その疑いがアナンにかかることを考えての行動だということはアナンにもきちんと伝わっていた。
一方で、アナンは思う。
(……もしも、だ。もしも俺が盗みを働こうとするような悪人だったら……)
その時、彼女はどうするつもりだったのか。……いや。
アナンを見回りに同行させたこと。それがある意味で答えなのかもしれない。
(……人の一人くらい、難なく対処できる自信があるってことか)
彼女がその腰の剣を振るうところはまだ見たことがない。それでもただ真面目一辺倒だけで今の地位と信頼を勝ち取ったわけではないのだろうということはわかる。それ相応の実力があるはずなのだ。
「すまぬな。そう時間はかからぬ、すぐに戻る」
言うが早いか、彼女の影と松明の灯りは疾風のように遠ざかっていった。
「……」
待つとは言ったものの、一人になるとそれはそれで手持ち無沙汰だ。もちろん怠けようという気があるわけではないが。
ただ気の向くままに空を見上げる。星、星、星。それはまるで、アナンの為に輝いていると思えるほど。実際、こんな時間に星を見上げている者はそう多くないだろう。この夜空の下の故郷を思ってしまうのも、きっとある種の必然なのだ。
(……これからどうなるんだろう)
デストジュレームの復興に協力するとは約束したものの、逆に言えばそれを乗り越えない限り暗殺の危険からは逃れられないのだ。ましてや村に帰る日などいつになるのやら見当もつかない。
(……なにもわからない)
今までだってわからないことはいくつもあった。特段勉強が得意だったわけでもない。ただ、今アナンを支配している無知の不安はそういう類のものではなくて。
――自分を導くなにかがある、と思うから。それが何なのかわからないから。そしてそれを、偶然だと笑い飛ばせないから。だから、怖い。
(もし、運命というものがあるとして)
ゆっくりと目で星々を追っていく。まるで偶然を繋ぐかのように。
(俺は……)
――その思考は突然遮られた。星に混ざって光る物体によって。
(……なんだ、あれ)
無意識に弓を握り直す。それは明らかにアナンに向かって近づいてきていた。生き物ではなさそうだ。どうも金属球に見える。
覚悟を決めて矢をつがえたその時。
『……久しぶりだな、アナンよ』
飛行体は確かにアナンの名を呼んだ。
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