11章 Dragons(2)


「ね、アナン。右のと左の、どっちがいいと思う?」

「え……どっちでもいいんじゃないか」

「どっちがいいか聞いてるの! ほんと、アナンは女心がわからないんだから」

ぷくっと頬を膨らませ、彼女はユリアの方へ行ってしまった。代わりに今度はキケが寄ってきて、苦笑交じりに囁く。

「今のはダメだって、アナン。興味がないんだと思われてるぞ」

「……そういうもんか……」

途方に暮れたまま、アナンは行き場のない右手を下ろす。

(……なんでこんなことになっているんだ……)

ここは先程の森から南西に進んだ先にある町、プロヴァールの市場。

デストジュレーム王国からの亡命者を探すこと、この町の自警団本部へ行ってヒューゴーについての情報を仕入れること。その二つを目的に町へやってきた……はずだったのだが。

どういうわけか、気付けば買い物をする羽目になっていた。「巫女であるイスフィと回復魔法が使えるユリアなら多少なりとも魔法で戦うことはできるはずだから、護身用に杖や魔導書の一つでも買った方がいい」というラーシュの意見はもっともではあるのだが。

「市場とはこういうものなんだね。僕もこちらのお金に換金した方がいいのかい?」

「そうだな。お前さんはあんまり目立ったことをしないほうがいい、俺が行ってくるよ」

「ありがとう。それじゃあこれを……」

「き、金貨十枚⁈ こんなに使わないぞ⁈」

提案した張本人もこの経験したことのない活気に浮かれているらしい。必然的にアナンはイスフィ・ユリア・ラーシュの三人の護衛のような形になった。

(……この状況を楽しんでいないの、もしかして俺だけなのか……?)

とはいえ、しっかり防御魔法で守られたこの町で、アナンもやっと一息ついていたのも事実である。露店をぼんやり眺めていると、イスフィに後ろから声を掛けられた。

「アナン! これ、どうかしら?」

振り向くとそこには大きな杖を持ったイスフィが立っていた。先端に埋め込まれた石は彼女の瞳によく似ていて、光を受ける度に水面のように輝いている。

「いいんじゃないか。……似合ってて」

「本当? ありがと!」

半分は本当、半分は嘘。可愛い、と言いたくて、言えなくて。

そんなアナンの本心を知らない彼女はその答えに満足したようで、店の中に向かって話しかけている。

「すみませーん、これにします!」

何かを察したラーシュが横でくすくす笑っている。実際何を言ったわけでもないのに、無性に恥ずかしい。

「あんまり騒ぐなよー」

いつの間にか戻ってきたキケも微笑みを浮かべて彼らを見ている。いつの間にかユリアも魔導書を抱えて戻ってきていた。

「お兄様、私も買ってみたんです」

「お、どれどれ。……なんだか難しそうだな」

兄妹は二人して魔導書を覗き込んで首をひねっている。アナンもちらりと横目で見て、すぐに目を逸らした。びっしり並んだ文字列にはどうも昔から友好的な感情を抱くことができない。こういうことはラーシュに任せた方がいいだろう。

それにしても、とアナンは思う。

(……さっきのことなんてなかったみたいだ)

夢だったらいいのに。謎の組織に命を狙われたり、亡国の王子を助けたり、そんな物語のように突拍子もなくありふれた日々が。それでも、これが夢ではないことをアナンは知っている。少女の温もりが、少年の笑顔が、本物だと知っている。

だから、今は。

(……もう少しだけこのまま、笑わせてくれ)


「……見つけタ……」

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