《リンカーネイション》1 Starting(2)


(姉さんが初めて任務に失敗したらしい)

いつだって完璧な姉・リラが失態を犯した。耳を疑うような衝撃的な話。

悪い噂というのはあっという間に広まるもので、下っ端のテーム達にも瞬く間にその話は知れ渡っていた。

(……もし、何か処分が下ることになったら……)

追放? 処刑? いやいや、或いは……。

彼らには総帥とカミル、リラのやり取りなど知るすべもないのだから、根も葉もない噂だけが広がっていく。それに加えてテームにはもう一つ負い目があった。

あの日、アナン達が暮らす村を空爆するという重大任務を任されたあの日。

確実に成功すると思われていた仕事を、恐らくリラやカミルが回してくれたであろうその重要な仕事を。

テームは失敗したのだ。おまけに足に怪我まで負って。

特段戦闘能力が高いわけでもなければ読み書きも大してできない自分。そこに失敗の二文字まで履歴につけば処分の憂き目にあってもなんら不思議ではないのに、あれから随分経ってもテームの四肢はくっついたままである。

それもきっと、リラが庇ってくれたからに違いない。孤児院とは名ばかりの監獄のような場所で、生み落とされたことが罪だとでもいうような扱いを受けたって、いつも微笑みを絶やさずに頭を撫でてくれたたった一人の姉。

(僕は姉さんがいなければきっと……生きていけないけど)


姉さんは僕がいるせいで生きていけなくなる日が来るかもしれない。


「――ム、テーム!」

鋭くも幼い声で、彼はやっと目の前の現実に意識を向けた。待ち受けていたのは鼻先に迫る大木。慌ててハンドルを切り、辛うじて衝突を避ける。空を舞うこの乗り物には未だに慣れない。せめて操縦席くらい作ってくれないか、といつも思う。

「ほんとにもう、あんたは鈍臭いんだから前くらい見なさいよ。私がいなかったらとっくにお陀仏だったわよ」

少女は結った髪を揺らしてツンとテームを睨む。

彼女の名前はナタリー。《リンカーネイション》内部での階級こそテームと同じだが、技術も成績も、何もかも彼女に軍配が上がる優等生である。次期幹部候補生だという噂もまことしやかに囁かれていた。

「うん……ごめん、いつも」

「しっかりしてよね。あんたが生きようが死のうがどうだっていいけど……私には監督責任があるの。こんなことで出世の道から外れるわけにはいかないんだから」

テームは苦笑いとも愛想笑いとも取れるような笑みを返すことしかできない。……性格さえ柔らかければ、とは幾度となく思ってきたが、顔に出してしまったらどうなることか。

「さあ、急ぎましょう。時間が押しているわ」

「え、予定時刻まではあと四十分近くあるんじゃ……」

「……ほんと馬鹿ね、あんたって。予定より早く終わらせた方が評価が良いに決まっているでしょ。そんな風だからいつまで経っても落ちこぼれなのよ」

彼の何気ない一言がナタリーの気に障ったらしい。こちらに聞こえるように大きく溜息をついて、彼女は手元の小型機器と睨み合う。

「……あんただって、マザーに失望されたくはないでしょう」

「……」

マザー。その名を聞いたテームは小さく瞬きをした。

名前こそ母親への愛称のようだが、その実態は程遠い。ただ彼らが知るのは彼女の声、それも人工的な不協和音のようなそれだけ。子守唄も読み聞かせもなにも貰ったことはない。

それでも実の親の顔を知らない彼らにとって、名前だけでも『母』という存在はあまりに絶対的な憧れである。

そんな彼女が二人に課した仕事は森に設置した竜用探知機の交換だ。魔力の種類別の適合率から対象を検知し、幻の水場を見せて誘き寄せたところで周辺の魔力を奪うのだという。そう説明されてもテームにはよくわからなかったのだが、魔力を奪われた竜は衰弱しいずれ死に至るそうだから、中々強力なものなのだろう。

「ほら、着いたわ。さっさと……」

作業に取り掛かろうとした彼女の腕が、声が、一瞬停止した。

テームが声を掛けようとしたその刹那。

『D126タイプ適合率89%、K337タイプ適合率99%、M498タイプ適合率94%、対象感知』

聞きなれた甲高い声が辺りに響く。標的が罠にかかった合図だ。

「……あの竜、かかったの?」

ナタリーのことだから、当たり前のことを聞かないでよ、と怒るかもしれない。また彼女の逆鱗に触れてしまったのではないだろうかと密かに不安を抱き始めたテームだったが、彼女の返答は思いもよらないものだった。

「違うわ。……人間の方よ」

「……え」

慌ててテームも機体を前進させ、下を覗き込む。

(……あれは)

アナン=アイオン。

かつて逃がしてしまった男がそこにいる。

「……ここであれを殺せば……私はまた一歩上に行ける……そうしたら、やっと……あの子を……救える……」

血走った眼のまま、彼女は拳を握りしめぼそぼそと呟く。

少女と殺人、闘志と冷徹。

相反するものを揃えた彼女は美しくて脆くて、怖い。

「……行きましょう」

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