8章 Memories(2)


誰かが、呼んでいる。

「陛下、陛下!」

慣れない敬称を呼ぶいくつかの声は酷く慌てていた。

「何事だ」

自分の意志通りに口が動かない。それはまるで、出来上がった芝居を追体験しているような。

「東の塔に火がつきました。もうおしまいでございます」

なにもわからない。それでも火と言う言葉が思い出させるのはあの光景。

「……消火装置はどうした?」

装置? 聞きなれない言葉。

「あれは先の大地震の影響で全く使い物になりません」

「雨は……あてにならないな。もう何ヶ月も降っていない」

全く状況が飲み込めないなりに、なにか異常なことが起きているのだということだけはわかる。

「ああ、第一コアが壊れてはもうどうにもなりません。あんなことがなければこの大火事

だって起こらなかったでしょうに」

コア? いや、それよりも。大火事。その言葉が呼び起こす悪夢。

「陛下、陛下!」

駆け込んでくる誰かがもう一人。

「何事だ」

「神子様からのお言葉がございます」

神子。巫女のようなものだろうか。思い浮かべるのは彼女のこと。

「無駄だ、もう遅い。それに彼女だって……」

生暖かい嫌な汗が伝う。無駄? 遅い? なにが、どうして?

彼女はずっとそこにいるはずで。いや、それすらも。

書き換えられない劇はこんなにももどかしいのだろうか。

(……俺は)

もしもが、叶うなら。

(きっと)

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