???3 《Reincarnation》(2)


失態。

カミルとリラの頭を過る二文字。

捕獲・探知の失敗、戦闘機を壊したこと。

優秀だと言われ続けてきた二人にとって、初めての失敗といっていい。

除籍。過ちを犯した者が総帥の気まぐれで向かう最期。幾度となく隣り合ってきた緊張とは違う絶望の可能性に小さく足が震える。

「……カミル、リラ。おかえり」

無機質な廊下の角の向こうには虚ろな瞳をした少女が佇んでいた。

「ただいま、ステラ」

ステラ=マルブランシュ。

見てくれはこの無機質な施設に似合わない十歳ほどの少女である。ただ、生気のない瞳と鉄製の手足からわかるように、彼女もまたこの後ろめたい場所にお似合いの人物なのだ。

「……悪い、例のものだがこれで勘弁してくれないか。多少の皮膚片は取れるはずだ」

「……失敗したの。……首、飛ばないといいけど」

厳重に包まれた銃を受け取って、ステラは退屈そうに呟く。

こう見えて彼女は科学者である。むしろこの組織の科学技術の核を担っているといっても差し支えない。探知機も戦闘機も、彼女がいなければ存在していない代物なのだから。

「……とりあえず探知機は改良する。……あとね、そろそろ右手を交換するから、後で手伝って」

「ええ、わかったわ」

彼女が頭以外は機械でできているというのは、幹部達にとっては周知の事実である。なぜ、そしていつからそんなことになっているのかを知っているのは総帥だけのようだけれど。

その小さな身体には少々大きすぎる銃を抱えて、彼女は奥へ戻っていく。二人は妹でも見るような顔でステラを見送って、やっと現実を直視した。

「……行くか」

「ええ」

「……死体になったらどこへ行くんだろうな、俺達」

「変なこと言わないで……」

青空を遮るガラスのように青ざめて、二人は恐る恐る奥の部屋へ足を踏み入れた。

「失礼いたします。カミル、リラ、参りました」

『No.60221367、No.60221346、入室。午後8時19分。体温正常、心拍・脈拍異常なし。危険物持ち込みなし』

耳を劈くような不愉快な高音で合成音声が反応する。この瞬間にはいつまで経っても慣れないが仕方ない。何せここは最高レベルの警戒が敷かれたモニター室なのだから。

『カミル、リラ。よく来たな、愛しい我が子達』

無機質な男の声が響き、目の前の巨大なモニターに電源が入った。尤も、映し出されたのは点滅する『No Image』の文字だけだが。

「……ありがとうございます、総帥」

総帥と呼ばれる彼こそがこの組織の最高指導者である。とはいえ、カミルもリラもその他大勢も、顔を見たことはおろか、名前さえ知らない。いや、実在しているかどうかすら定かではないのだ。

『……ところで、先程の任務の結果はどうだった?』

本当は知っているくせに。浮かんだ言葉を必死に振り払う。呼吸を整えて、脈を抑えて。

「……ラーシュ=エーリク=ローセングレーンの皮膚片を入手いたしまして、そちらはステラに手渡しました。他の面々の処分は……申し訳ございません」

『……もっと大切なことがあるだろう』

刃を突き立てられた時のような生温い汗が背中を伝う。カミルは壁のメーターに小さく目をやった。心拍・脈拍微上。

「アナン=アイオンに遭遇いたしました。……その際、探知機に反応はありませんでした。また、瞳には恐らく《古王印》と思わしきものが確認できました」

カミルに代わってリラが淡々と答える。後ろで握った拳は小さく震えていた。

『そうか。……フフフ、……ハッハッハ』

不意に彼は壊れた機械のように笑い出した。思わず二人は半歩退く。心拍・脈拍上昇。これは二つの生命の終わりの合図なのか、或いは。

『カミルよ、リラよ』

ぴたりと笑い声は止んで、打って変わって彼は二人に問いかける。

「……はい」

この男の真意は全く見えない。二人はただ神妙な面持ちで返事をすることしかできなかった。

『英雄とはなんだ』

「え……?」

あまりにも唐突な問いに思わず素直な声が漏れる。総帥は続ける。その場に人などいないかのように。

『子兎を攫えば英雄か? 違う。 氷竜を射れば英雄か? 違う』

無機質な声のまま、それでもその向こうには興奮した息遣い。感情を持ってしまった機械のような。微かに息を吸って。そう、例えるならそれは――爆発。


『――英雄を破れば英雄だ』


一瞬の静寂が貫くように広がっていく。心ごと抉られたような不安と、皮膚の下を駆け巡る血と。横目で見た先のメーターは何食わぬ顔でいつも通りの数値を示していた。

『愛し子達よ、私はやっと気付いたのだ。我が理想郷の最後のピース――建国譚に』

モニターの点滅は一層激しくなる。最高潮、の三文字が頭を過った。

『破られた伝承には機械仕掛けの英雄譚を! 歯車には神話を、絶望には希望を、不幸には幸を、悪には正義を! ……そして、私には彼を、科学者には王を!』

機械の軋む音と肉声が混ざり合ったような不気味な笑いが、永遠にも思える時間を支配していく。

『舞台を整え、箱庭を、記録者を……。完璧だ、完璧な神話! ああ、楽しい、楽しいなあ! そうだ、これが、これこそが私の生きる意味、二千年分の!』

上の空、とでも言うべきか。神のようだと思う。それも、人造の神。

『これは私の悲願、そして……我らが《リンカーネイション》の到達点』

《リンカーネイション》。

それがこの組織の名。

革命軍、或いは暗殺者集団。

……或いは科学『救済』創世結社。

それすなわち、『理想郷の創造主』。

苦しみのない制御された世界。理論と現実と多少の犠牲を信仰する人間のための。古代の遺物、『科学』を使って。

『そう、これもお前達のおかげだ。ご苦労だったな、我が子よ。用は済んだ、もう下がってよい』

ぎしぎしとした笑い声はやっとかき消え、彼は思い出したように二人を労った。

「……はい、失礼いたしました」

今にも逃げ出したくなる衝動を抑えて、いつも通りの足取りで部屋を出る。額には冷や汗とも脂汗ともつかない嫌な温かさを浮かべて。

後に残ったのは点滅を止めない巨大なモニターただ一つ。

『これでいい。やはりお前は侮れない。……だからこそ私達の計画に必要なのだ、そうだろう?』

絶望、希望、喪失、獲得、決意、瓦解、宿命、或いはその全て。

そして、再び。


『……クルーヴァディア王、エトムント=イルゼ=ミケーレ=イェリネク』

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