3章 Rest(2)


熱いお茶を口に運んで、アナンはようやく生き返ったような心地がした。いっそのこと今晩の出来事も夢だと笑い飛ばしてしまいたい。だが背負ってきた幼馴染は二階の寝室に運び込まれて、何度数えてもアナンの矢は一本足りないのだ。思わず溜息が漏れる。

気付けば二階からは話し声がしている。

(イスフィは大丈夫だろうか……)

アナンは恐る恐る椅子から立ち上がった。幸いにもふらつく感じはなくなったようだ。

歩くたびにぎしぎしと音を立てる狭い階段を上った先の突き当りの部屋。なるべく静かにドアノブを回したつもりだったのだが、むしろ油が足りないときの歪な音が嫌な余韻を残しただけだった。

「あ、アナンさん。お久しぶりです」

こちらへ振り向いた菫色の瞳と目が合う。彼女がキケの妹、ユリア=オルティスだ。妹とは言っても実際は孤児院で知り合った仲だから、血の繋がりがあるわけではないのだが。

「ユリア、久しぶりだな。……えっと……」

もしも。

もしも、想像しうる中で最悪の事態が起きていたら?

一瞬頭を過る自分の声。

そんなことがあればユリアはこんな穏やかにしているわけはないだろう、とは頭でわかっているのに、どういうわけか言葉が続かない。

「わかっていますよ。イスフィさんのことでしょう?」

全て見透かすような優しい声。そういえば、彼女が修道女見習いとして孤児院に戻って働いている時も、彼女はこんな声だった。

「……イスフィは、大丈夫なのか? ……死んだりしてない、よな……?」

「ふふ、大丈夫ですよ。熱はありますけれど、ちょっとした風邪です。すぐによくなるでしょう」

ふと彼女の足元を見れば、左足の甲にある痣がぼうっと光っていた。そういえばそれはイスフィの持つものによく似ている。痣が光っている時、ユリアの治療の腕は更に上がって、なんだって治してしまうのだと村の子供達はよく言っていた。

「そうか。……よかった……」

自分でも聞いたことがない掠れた情けない声だ。イスフィの血色は随分良くなって、安らかな寝息を立てている。思わずアナンは彼女の白い手を握っていた。

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