戦争の星 006

『下賤のものか。どうしたニャ?何かトラブルかニャ?』


 通信に出たのはツルゲーネフだった。船内に緊張が走る。


「……ああ、実は贈呈品を開けたら中に爆弾が入ってたんだ。こいつァどういうことか聞きたくてな」


 オリバーがそう言うと無線越しにため息が聞こえる。


『いいか?下賤のもの、オリバーとかいったか?お前の仕事は贈呈品をネコハの星へ運ぶことだニャ。それ以外について考える必要はないニャ』

「待ってください!ツルゲーネフ様!これは女王も承知の上でのことですか!?」


 ツルゲーネフの言葉にミハイルは食ってかかる。


『ミハイルか……。貴様はニャにもわかっていない。あの女王のような弱気な計画では成功するはずないニャ』

「エカテリーナ様の平和を求める心を愚弄するつもりか?」

『平和?私ももちろん願っているニャ。しかし、求めているのは我々が勝利した上での平和だニャ』

「バカな!目的もわからない戦争で勝利したとしても意味はない!」

『意味はある!』


 ツルゲーネフは強くそう言い切った。


『いいか?戦争が始まったのなら、そこには必ず勝たなければならない理由があるニャ!そう信じて我々の先祖は戦ってきた!勝利こそ英霊たちへの手向けとなる!それをこの代で成し遂げなければならないニャ!』

「過去の亡霊のために今を生きる人々を犠牲にするのか?そんなのは……そんなのは間違っている!」


 ミハイルは強く訴えるがツルゲーネフには少しも届いていないようだった。


『まあいいニャ貴様と議論をしても仕方ないニャ。ミハイル、貴様はそれをネコハの星まで持って行かざるおえないニャ。私の命令ひとつで女王は不慮の事故に会うことになっている。もちろん、貴様がちゃんと贈呈品をネコハの元へ送り届ければそんなことにはならないニャ』

「エカテリーナ様を人質にするつもりか?貴様!ツルゲーネフ、貴様ぁ!」

『親衛隊隊長のいない女王などただの小娘。計画が成功したあかつきには、私が戦争の英雄となり、やがては王家を凌ぐ存在となるだろうニャ。これからのイヌハを導くのは私だニャ!』


 ニャハハハというツルゲーネフの高笑いが無線越しに貨物室に響く。ミハイルは両拳をこれでもかというくらい固く握りしめ、怒りと無力感に打ちひしがれているようだった。


「……だ、そうだぜ女王サマ」


 オリバーが無線機にそうつぶやく


『「へ?」』


 ミハイルと無線越しのツルゲーネフの声がハモる。


『お話はしっかりと聞かせてもらいましたよ、ツルゲーネフ』

『な、ニャ、な、ニャぜ女王の声が聞こえるんだニャ!』

「ああ、ツルゲーネフ、あんたが通信に出たときから女王のプライベートチャンネルに繋いどいたんだ」

『ありがとうございます、オリバーさん。やはりあのとき私の通信コードを渡しておいて正解でした』


 オリバーはしたり顔で無線機の先にいるツルゲーネフを見る。


『さて、ツルゲーネフ、言い残すことはありますか?ミハイルとあなたの会話は我が国の有力者も聞いています。それに、あなたの協力者はみな拘束させて頂いています』

『……なぜ、なぜ計画がわかったんだニャ』

『確信はありませんでした。しかし、数年前から予算に不透明なところがあちこちあり、それを辿っていくとあなたにたどり着きました。まさかこんなものを買っているとは……』

『ぐニャぁぁぁぁぁ…』


 苦悶のうめきが無線機から聞こえる。


『ネコハの者たちよ、すみませんでした。私の配下の者がこんなことを企てて。また後日、追って贈呈品を送りたいと思います』

「あ、ああ、承知しましたイヌハの女王よ」


 そう答えるサイベリアンはどこか安心しているようだった。


『……ぐぬぬぬぅ。えぇい!こうなったら女王、貴様の一番大切なものを奪ってやるニャ!』


 ツルネーゲフはそう言うと何か操作し始める。すると、貨物室の中央で静かに佇んでいた爆弾が音を立て始める。


「な!まさかコイツ!」


 オリバーは爆弾に近づくと、備え付けられているタイマーが作動しているのが見えた。オリバーの後ろから爆弾を覗き込むミハイルとサイベリアンはひどく青ざめた表情をしている。


『ツルネーゲフ!やめなさい!そんなことをしても意味はありません!』

『ニャハハハ!これで全部終わりだにゃ!』


 ニャハハハというツルゲーネフの高笑いが再び貨物室に響く。耳障りだとすぐにオリバーは通信を切る。貨物室に爆弾のタイマーの進む音が反響する。


『ミハイル……できるだけ早くツルネーゲフを確保しますが、おそらく間に合いません……』

「わかっています、エカテリーナ女王。こちらはなんとかしてみます」


 そう言うミハイルだが表情は険しい。


「なあ、アンタら軍人だろ?解体とかできねェのか?」

「無理だな、時間が足りなさすぎる。この型の爆弾は小型で超強力、星ひとつ半壊させるのはわけない代物だ。その上解体するのに時間がかかる。クソッ、ツルゲーネフはこんなものどこで手に入れたんだ……」


 ミハイルの言葉にサイベリアンも同意するようにうなずき、説明を付け加える。


「ひとつ方法があるとするなら、高いエネルギーを一気に与える方法だ。例えばフリゲート艦の主砲で撃ち抜くとか核融合炉に投げ込むとかだな。これなら反応前に処理することができる」

「そんなのどこにあるんだよ……」


 ホライゾン号は探査船である。ゆえに、戦闘用の大口径のエネルギー砲は搭載していなかった。サイベリアンの船も偵察船であるから同様であった。


(ここに放置してすぐに退避するか?いや、ネコハの星はもうすぐだ。被害が出かねない。一か八か、できるだけネコハの星から離れた場所に投棄して、その後に退避するか?リスクしかない……しかし)


 ミハイルは考えの末、ひとつの結論に達する。


「オリバー、すまない」

「ああ、いいさ。乗りかかった船だ」


 オリバーはそう答えると肩を回して気合を入れる。オリバーもミハイルと同じ考えに至ったようだった。


「サイベリアン大佐、いろいろとすまなかった。あなたもすぐに退避を。近隣の船にも退避するよう伝えてくれ」

「……承知した。ミハイル殿、ご武運を」


 ミハイルはサイベリアンと固く握手をする。その後、サイベリアンは部下に指示を出しながらホライゾン号を後にする。


「さて、かっ飛ばしますか!」


 格納庫から戻ったオリバーはそう言うとコクピットに座って操縦桿を握る。ミハイルはその隣の座席に座ると、覚悟を決めたのか腕を組んでどっしりと構える。2人の眼前には太陽がきらめいていた。


(太陽?)


 オリバーの頭の中にパズルのピースのように言葉が浮かび上がる。


(高エネルギー?核融合炉?)


 ピースがそれぞれ動き出し、一筋の道を描き出す。


「おい、まてまてまて、これだこれ!太陽を使うんだ!」


 オリバーがそう叫ぶとミハイルは怪訝な顔をして思考を巡らせる。


「なるほど……意味はわかった。しかし、太陽に近づくにしても限界はあるだろう?いくらこの船がアーティファクトでも無理がある……」


 オリバーのアイディアは至極単純。爆弾を太陽に投下するというものだった。しかし、ギリギリまで太陽に近づいて投下しても、爆発するまでに中心部へ到達するかは怪しかった。


「貨物室にミサイルがある。昔、デブリを破壊するために買ったやつでかなり頑丈だ。推進装置もついてるちょっとしたロケットだ」

「なるほど……それは」


 オリバーの説明にミハイルは深く呼吸をしながら答える。


「悪くない」


 それからの2人の行動は早かった。オリバーは操縦桿を握り全速力でホライゾン号を太陽へと向ける。

 一方、ミハイルはバネのように座席から離れると走って貨物室へと向かう。そして、ミサイルを見つけると近くにあった工具で分解し始める。内部に備えられた炸薬を丁寧に素早く取り出し、イヌハのコンテナの真ん中に居座る爆弾をミサイルに固定する。


「ふんっ」


 ミハイルはミサイルを右肩に据えて運び始める。かなり重い。通常であれば複数人で、あるいは機械を使って運ぶ重さだった。しかし、今はいちいち機械を操作しているヒマはない。


 オリバーはいつになく集中していた。太陽の近くまで最短でたどり着くにはオートクルーズでも問題はない。しかし小さなデブリを回避する際、オートクルーズではかなり揺れてしまう。ミハイルは緻密な作業をしている。できるだけ揺れは抑えなければならない。そのためにオリバーは手動で全速力で操舵していた。


 そうこうしていると船内の温度が急激に上がる。船外の温度が空調の限界を超えたのだ。ジュクジュクとホライゾン号を覆っているくすんだ黄色の塗膜が溶ける。オリバーの額に汗が垂れる。


「終わったぞ!」


 船内の奥からミハイルの声が聞こえた。それを聞くとオリバーはミサイルの発射スイッチを押す。


 ホライゾン号から一筋の光が放たれる。オリバーとミハイルはそれぞれ船内の小窓から光を眺める。光は太陽に向かって一直線に飛んでいった。

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