戦争の星 005

 暗黒の世界をたゆたう宇宙船がひとつあった。――以下略。


 ホライゾン号の船内でミハイルは右往左往していた。時おり立ち止まると空を眺めため息をついている。


「なあ、おちつけよ、座れって。そんなんじゃこの先上手くやれないぜ」


 オリバーはそう言うと、そわそわしているミハイルを観察する。初見では屈強な歴戦の戦士という印象を受けていた。が、今の様子をみると使命感が先走ってしまうただの若武者だった。


「あ、そうだ聞きたいことがあるんだった」


 唐突にオリバーは質問を投げかける。


「なんだ?重要なものじゃなければ後にしてくれ」

「あんた、あの女王サマのこと好きなのか?」


 ミハイルの咳き込む音がホライゾン号の中でこだまする。


「な、何を言ってるんだ!!私が女王様を!?そんなことは……!」


 ミハイルの様子を見てビンゴだな、とオリバーは思った。


「ミハイル、アンタ、ものすごくわかりやすいな……」


 オリバーはあきれ顔でため息をつく。


「仮に!仮に私が女王様のことをお慕いしているとしても……身分が違いすぎる」

「意外だな。親衛隊長をやってるくらいだからどこかの貴族かと思ってたぜ」


 ミハイルは挙動不審だった先程とは打って変わって、ひどく落ち着いていた。


「私は……貧民街の出だ」


 ミハイルの言葉にオリバーは驚く。


「幼少期に女王の父君、つまり先代の王が視察に貧民街を訪れたとき、たまたま私に目が止まり取り立てて頂いたんだ」


 ミハイルの語りは淡々としていた。


「それ以来、家族のように接してもらっている。十二分な教育も訓練も受けさせてもらっている。王家には感謝しかない」


 そう言うとミハイルはどこか遠い目をする。何かを思い出しているかのように見えた。


「それ以上を望むなんてバチが当たる……」


 そう言ってミハイルは自嘲気味に、ため息をこぼすように笑った。


「で、好きなのか?」

「……それは!」


 ミハイルはオリバーの軽口に対して反応しようとしたとき、ふと自分の緊張が解れていることに気がつく。これがこの男なりの気遣いなのか、とミハイルは少しオリバーのことを見直した。


 ホライゾン号は和やかなムードの中、ネコハの星へ向かっていた。


『そこの船!止まれ!』


 広域チャンネルでホライゾン号に通信が入ってくる。


「来たな!流石ネコハ、初っ端から砲は向けねェな」


 オリバーはそう言いながらミハイルを見ると、彼は肩をすくめる。


『こちらネコハ第14偵察隊のサイベリアン大佐だ。貴船は……イヌハの者ではないな?何のようがあってこの宙域にいる?』

『……こちらはホライゾン号だ。あーなんだ、実はお届けものが……』

『届けもの……?』


 オリバーはどうすればいい、とミハイルにアイコンタクトをする。ミハイルは代われ、と通信器を指差す。


『私はイヌハ王国親衛隊隊長のミハイルだ、女王からの贈答品を運んでいる』

『なんだと?どういうことだ?何も聞いていないぞ?』


 無線越しの音がざわざわし始める。


 オリバーはこの計画が成功するかどうか見当がつかなかった。この計画はいわば奇襲。正攻法での和平が難しいなら、無理やり贈答品を送り友好の既成事実を作ろうというものだからだ。

 あくまでも成功の鍵は最初に出会った相手、このサイベリアン大佐次第。それともエカテリーナは他に成功の見込みのある他の情報を持っているのだろうか。オリバーがそう考えているとき、無線から声が返ってくる。


『こちら、サイベリアン大佐だ、聞こえているか?貴船の目的はわかった。しかし、万一のこともある。船内を改めてさせていただきたい』

『……了解だ。タラップを出すからそっちの船のと繋いでくれ』

『了解した』


 サイベリアンの声が聞こえると、オリバーはコンソールをいじりだす。その後ろでミハイルが自ら両頬を叩いて気合を入れる。


 数分後、ホライゾン号の入口が開く。入ってきたのは3人。軍服をキッチリと着こなした猫族の男と、その部下であろうのっぽの猫族の男と太った猫族の男だった。

 それをミハイルは堂々とした佇まいで迎える。


「私がネコハ王国大佐のサイベリアンだ」


 男はそう言うとミハイルのことをじろじろと見る。


「……その体躯に漆黒の毛並み、確かに先の大戦のこちらに大損害を与えた本物の”漆黒の悪夢”のようだな」


 サイベリアンの言葉にオリバーは吹き出しそうになる。


(漆黒の悪夢!?なんて異名だ。ガキが考えたのか?すげェ笑える)


そんな様子のオリバーをミハイルはにらむ。


「どう呼ばれようと構わないが、私は女王の遣いだ。女王は今回の大接近で貴国と和平を結びたいと思っている」

「それで贈答品か……」


 ミハイルの言葉にサイベリアンは難しい顔をする。しかし、この話をどう捉えているのかその表情からは読めなかった。


「和平だと!?イヌハの連中め、そんな味なマネを」

「大佐!これは罠ですよ!こいつらとっ捕まえちまいましょう!」


 何かを考えているサイベリアンをよそに、部下の2人がそれぞれ口にする。


「うるさい、黙っていろ。これは高度に政治的な問題だ、お前たちが口を挟めることではない」


 サイベリアンはぴしゃりと部下を黙らせる。


「うむ、わかった、よし。ミハイル殿、あなたの武勲に敬意を払って本国には私から連絡をしてみよう。しかし、まずは品の確認だ」

「了解した」


 ミハイルはそう言うとオリバーに目線で合図をする。


「それじゃあ皆様がた、貨物室はこちらになります」


 オリバーは少しおどけた風に言うと、サイベリアンとその部下を貨物室へ案内する。


 貨物室には雑多な荷物がところ狭しと並んでいた。食料に弾薬、日用品、そして由来のよくわからない機械か奇妙な紋様が刻まれた石版などがある。その中心にイヌハ王国の印章が刻まれたコンテナが鎮座していた。


「それじゃあ開けるぜ」


 オリバーは自分も中身が気になっていたのか、楽しそうにコンテナを開封する。


 コンテナの中身はきらびやかに彩られた美しい品々と、無機質に音をたてる爆弾だった。


「――な」


 爆弾を視認した瞬間、状況を理解したサイベリアンは懐から銃を取り出そうとする。驚きながらもミハイルはそれに反応してサイベリアンを床に抑え込む。


「これはどういうことだ!!」


 うめき声をあげながらもサイベリアンはそう叫ぶ。


「まて!これは何かの間違いだ!」

「騙していたのか!」


 サイベリアンの2度目の叫びに、部下達は状況を飲み込んだのかミハイルに銃を向ける。


「落ち着け!これは……理由があるはずだ!」


 ミハイルの嘆きが貨物室に響きわたる。


 一方、オリバーは状況を観察していた。


(俺もサイベリアンと同じく、イヌハに一杯食わされたと思ったが、こいつはどういうことだ?ミハイルの様子を見るに、コイツは爆弾が入れられていること知らされてねェみたいだ……)


 オリバーはサイベリアン達と出会う前の会話でミハイルが嘘をつけない、自分を取り繕うことのできない直情的な性格だと見ていた。


(となると、悪さをしているのは……)


「なあ、ミハイル、サイベリアンさんよォ。ここはひとつこの計画の”責任者”とやらに連絡してみないか?」


 オリバーのその提案に2人は困惑するも、同意に至ったのかそれぞれ頷く。その後ミハイルはサイベリアンを開放する。


 オリバーは貨物室の隅に設置されたコンソールを操作し、イヌハの星へ通信を送ろうとする。


 少しすると、通信に応答が入る。通信に出たのは……。

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