第7話
雨がよく降る晩夏の頃。
やってしまった。
何時もは温厚な彼も今回という今回はこれを知ったら、鬼の形相になるに違いない。
指輪を無くした。
これで4度目だ。
しかも2人分。
何故僕はこうそそかしいのだろう。
時々箪笥の中に保管してある指輪を取り出して、薬指にはめては、2人で暮らし始めた頃の記憶を思い出して、うっとりと浸っている。
きちんと箱の中に入れた筈なのに…
ない。無いぞ。
何処行ったんだ指輪たち。
予測だと、畳の隙間に落ちている事が毎回のお決まりがあるのだが…
無い。無いよ。
居間や台所、寝室や玄関。兎に角隅々まで探したが、それでも見当たらない。鞄の中、衣服のポケット。
な、何で?何故だ?
時間が経つにつれて焦りが出てくる。
まさか間違え飲み込んだ?
そんなわけ無い。
どうしてこういう時に余計な冗談事が頭をよぎれるんだ。もう一度隈なく探してみたが、それでも見つからない。途方に暮れそうだ。
そうだ、押し入れの布団の所を見てみよう。布団を床に置き、押し入れの中に身体ごと入って、隅々まで探した。
そこに、ジュートが仕事から帰ってきた。
押し入れの中に入っている僕の後ろ姿が、引き戸からはみ出ているのを見て、笑ったいた。
「お前、何しているんだ?」
「あ、おかえり。探しているものがあって。部屋中探しているんだけど、見つからないんだ」
「何を探しているんだ?」
押し入れから出て、彼の前に正座をした。
「指輪です」
「何度目だ?」
「4、度目です」
彼の顔が見る事が出来ない。
頭の側面からツノが生えてきている頃だ。心臓が爆発しそうで冷や汗が出てきた。恐る恐る顔を上げて彼の顔を見ると、真顔でこちらを見ていた。
耳の中の鼓膜が塞がった。僕も真顔で彼の表情を伺っていた。
すると彼の口が開いたので、説教を受ける姿勢を取ろうとしていた。
「家に無いのは当然だろう」
「…え?」
「今、修理に出しているんだ」
「何で?」
「昨日引き出しを開けた時、指輪の箱を開けてみたら、お互いの指輪に亀裂が入っていたんだよ。不吉だなって思って、直ぐ店に修理に出しに行ったんだ。」
「そうだったんだね。何か…身体の力が入らないよ」
「そこまでして探し回っていたのか。言ってなくて悪かった。立てる?」
彼は僕の腕を持ち上げて、自分も次第に立ち上がれた時、彼に抱きついた。
「今日帰りに買い物行ってきたから、2人で作ろう」
「うん。」
夕飯を済ませ後片付けが終わった後、ジュートはレコード機器にレコード盤を置いて、針を落とした。
何処かで聞いた事のある曲だった。
「この曲、もしかして…」
「昔、店でママが良くかけていたジャズの曲だ。この間レコード店でたまたま見つけたんだ。」
暫く部屋中に音楽が流れていった。2人で店で働いていた頃の事を思い出していた。
「時々僕らがふざけていると、ママから叱られていたよね」
「あの時のミキトの冷たい眼差し。年下の彼からも良く意見を言われては突かれたものだ。」
「ミキト、今どうしているんだろう?」
「この間ママに連絡した時、彼奴の話になって。何やら地元で営業の仕事をしているらしい」
「へぇ、意外!あのミキトが。まぁ彼らしいといえば、合っていそうな感じだね」
「皆んな、元気かな?」
そう言うと彼は立ち上がり、僕に手を差し伸べきた。
「ちょっと踊らないか?」
「僕、踊ったことないよ。」
「良いから立って」
僕は彼の首に両腕をかけると、彼は僕の腰に両手を添えてきた。
音楽に合わせて身体を動かし、狭い居間の中で軽くステップを踏みながら静かに踊った。
「ナツト、俺の顔を見て」
「なんか、恥ずかしいね」
「お前、足がもたついているぞ」
「だって、どう動けば良いのか分からなくて」
「取り敢えず俺に合わせてみろ」
自然に身体が揺れる様になると、彼は優しく微笑んでくれた。
「痛いっ」
本棚の角に彼の足が当たった。
2人で笑い合いながら、踊るのを止め、僕らはお互いの額を合わせて見つめ合っていた。
先程まで1人慌ただしくしていたのが、彼のお陰でいつの間にか穏やかに時間が流れていった。
気がつくと雨は止み、道路は優しく輝いていた。
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