第5話

花を買ってきた。


窓際の置けるスペースに幾つかの花を並べて飾ってみた。やっぱり雰囲気が変わる。


ジュートは虫が付くからあまり沢山置かないで欲しいと言っていたが、咲く期間は短い。


其れなら良いと独断で決めた。


土起こしのために大家さんに1階の中庭を使いたいと伝えたら承諾をしてくれたので、鉢を持って長方形型の鉢植えに入れ替えた。

水を注いで再び自宅に戻って窓際に置いた。

香りが良い。

寫眞機を出して数枚撮った。

そろそろフィルムが満杯になりそうだから、後日現像を出しに行こう。夕方ジュートが帰ってきた。


「花飾ったのか、綺麗だな」

「そうでしょ?やっぱり部屋の中が明るくなるよね」

「もう少し窓際の端に寄せよう。」


彼も気に入ってくれたのか、部屋着に着替えた後、花の前で暫く眺めていた。


「さっき食材を買ってきたから、今日は僕が作るね」

「俺も手伝うよ」

「大丈夫。台所には入らないで」


夕食はオムライスとスープとサラダにした。スープは事前に作った野菜たっぷりの物。

食材を切って、フライパンで合わせ炒めて、別のフライパンに一人前分のライスを取り、溶き卵を敷いてライスを包んだ。

皿に盛り付けた後、卓上に並べていき、サラダを置いた。ジュートが胡座をかいて座った。僕も座ると一緒に食べた。


「ライス、味薄くないか?」

「そう?胡椒も効いていて丁度良いと思うけどな。…まぁ食べれなくないから、食べてよ」


何時もと味が違うと決まって論評をしてくる彼。2人暮らしが長いとあまり文句を言う人達は少ないとも言うけど、彼は思った事は直ぐに口に出して言う人だ。多少の好みの違いもあるのもおかしい事ではない。


「毎回頑張って作ってくれるよな。俺を越そうじゃないか?」

「そ、そうかな?あと幾つかはレパートリーを増やしたいんだよ」

「次作る時に教えてやるよ」


そう言ってくれるのは、嬉しいんだけど、僕も男だ。直ぐに人を頼るのは甘えている証拠。彼みたいにもっと自立した人間にならなきゃいけない。


翌日、仕事が早番だったので、夕飯を作るのに時間が間に合うと思い、急いで家に帰った。


よし、まだ帰ってきていない。


今日はカレイの煮付けだ。


カレイの切り身に飾り包丁を入れ、フライパンに煮汁になる材料を入れていく。一煮立ちしたらカレイを入れ、上からアルミホイルを被せて更に蓋で閉じて暫く待とう。数分経ったので蓋を開けて、煮汁をかけながら照りを出していく。取り敢えず完成した。御飯や味噌汁も出来たので、後は彼が帰って来るのを待つだけだ。


1時間経ってもまだ来ない。


更に1時間後…どうしたんだろう。


何時もなら時間通りに帰って来るのに、残業でもしているのかな。


静寂に包まれた部屋の中で1人、彼の帰りを待つ。電話も出来ないのかな。窓際の椅子に座り、花を見ながら彼の事を考えていた。


もしもの事があったら?


何かに巻き込まれたら?…


他の男の元に会って尻尾を振っていたら?


…!!


ないない!!あるもんか!


こんな時に僕は何を考えているんだ?余計な事ばかり考えていたら、彼に叱られそうだ。そうしている間に玄関の扉が開き彼が帰ってきた。


「おかえり。今日遅かったね。何があったの?」

「連絡出来なくて悪い。居間の窓の方を向いてくれないか?」

「どうして?」

「良いから早く」


言われた通りに窓に身体を向けて待っていると、良いよと言ってきたので、振り返った。


「1日早いけど、誕生日おめでとう」


彼は花束を抱えていた。


手渡されると、そこには僕の好きなピンク色の薔薇やガーベラなど、色とりどりの綺麗な花達が咲いていた。


「あちこち花屋を廻ってきたんだよ。選ぶのに時間がかかってさ。どう?」

「嬉しいよ。…ありがとう…」


思いがけない贈り物にその場で膝が崩れてしゃがみ込んだ。


「おい、そこまで泣く事ないだろう。」

「だって…ずっと待っていたんだもん。いつ帰って来るのか心配もしたしさ」

「本当ごめんな。お前を驚かせたくてさ。…ナツト、いつもありがとう」


涙で彼の顔が滲んで見える。


「そういえば、家に花瓶無いよね」

「あっ…しまった」

「明日遅番だから、朝一で買いに行こうよ」

「そうだな。俺も一緒に行くよ」

「ご飯食べよう。…冷めたから温め直すね」


1人よりも2人で食べるご飯が温かい。


次の彼の誕生日に、今度は僕から彼が喜ぶ物を贈ってあげよう。

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