第7話 学生の本分は勉強だとか

 12月に入り、周囲が年末年始に行われる復活祭の話題で持ちきりになる中、私は1つの大きな問題に直面していた。

 そう、12月、つまり学期末である。

 そうなると学生として大きな試練である学期末テストがあるのだ。


 基本的に、ゴルドラント高等学院は所属する生徒達が保有する高い魔力を生かし、今後国の中核で働く人材の育成を行い、それと同時に新たな魔道技術の発展のために研究を行う施設となる。

 だが、だからと言って基礎的な学力の授業が大したこと無いものかと問われれば、当然ながらそんなことは無い。

 それもそうだろう。

 想像して欲しい、国の中核を担う力ある術者達がまともに読み書きもできなければ計算もできず、過去の歴史はおろか国家運用に必要な政治的な知識も全く持たない状態を。

 そんな国はあっと言う間に滅ぶこと間違い無しだろう。

 そのため、ゴルドラント高等学院では基礎的な学問についても国内最高クラスの教育が施されるのだが、基本的にこの学院に入学するのは幼い頃から英才教育を受けてきた上流階級の出身だ。

 そんな中で幼少からクロード神父からしか教育を受けていない私がついて行けるはずが無いのだ。


 だが一応、私には前世の記憶があるので普通の平民に比べればある程度語学にも通じている(このカルメラ王国の共通語は日本語で、近隣の国家は英語が多い)のに加え、数学とかも前世とほぼ同じなのでそこまで苦戦する事は無い。(ただ、前世でも苦手科目だった外国語は平均よりやや下、国語の点数は平均、前世でも得意科目だった数学はそこそこ良いレベルだが。)

 しかし、前世の常識が通用しない化学、物理、歴史などの科目はそうはいかない。

 そもそも、前世と違い今世には魔力と言う要因があるため、前世で身に付いてか知識(まあ、それすらほとんど忘れているのだが)はほとんど役に立たない。

 それどころか、半端に前世での知識が残っている影響でそちらの知識に引っ張られてスムーズに問題を解くことができないのだ。

 そのため、私の1学期末のテストは散々な結果で、点数にすると国語78点、数学91点、外国語57点、化学32点、物理41点、歴史26点、経済85点、戦闘技巧100点、魔法技術100点(100点満点の赤点は60点未満)という、10科目中4科目が赤点(ゴルドラント高等学院史上ワースト1位の記録らしい)だったのだ。

 幸い、この学院には赤点による追試や留年などの制度は無いのだが、その理由はこの学院に入学できるレベルの教育を受けている生徒で赤点を取るような者がほとんどいないからで、今回史上初の4科目赤点を記録した私のせいで、教員間でもかなり議論が起こっているらしい。(因みに、今までのワースト1位はテスト中に体調を崩して早退したので2科目テストを受けられずに終わった生徒の記録らしい。)


 そんな状況のため、学院始まって以来の追試か留年の可能性がある私はこの2学期末でも同じような状態だといい加減後が無いため、必死でテスト勉強を頑張っているのだ。

 だが、真面目にノートを取っている方ではある(生徒の中には全くノートを取らない者も多い)が、それでも1人での勉強には限界があるため、私は学年トップの成績であるユリちゃんに泣きついて勉強を教えてもらっていた。


「――で、新暦1232年に発生した大規模な魔力災害を機に。各国が協力して魔力の研究を進めたことで魔道技術が飛躍的に発展して、500年前に魔石を用いた魔動力エンジンをカーター・エルビス博士が開発したことで今の魔道技術の基礎ができた、ってのが大まかな流れね」


「なるほど」


 現在、私は1学期末のテストで最も成績の悪かった歴史を中心に、ユリちゃんからテスト範囲で重要な項目を重点的に叩き込まれていた。


「――と、まあこの500年でそこまで大幅な技術革新は起こっていないんだけど、動力の性能や品質は大幅に向上したことに加えて、技術の進歩から低コストでの量産が可能となったことである程度の所得がある平民でも魔道具の所持が当たり前になって来たの。信じられないかも知れないけど、今私達が普通に家で使っている洗濯乾燥機や冷蔵庫なんかが一般に普及し始めたのはこの150年くらいのことなのよ」


「そうなの!? ……あっ、だからその150年前に設立された国際魔道研究機関『ウロボロス』が魔道技術の歴史で重要になってくる、ってことだね?」


「そう言うこと。それに、500年前に設立されていた『エルビス機関』との関連が出て来るのもここら辺の年代の話だから1680年代の項目は重点的に押さえておいた方が良いわよ」


「分かった! ありがとう」


 そうやって私達は試験勉強を進めていき、歴史と化学の勉強が一段落したところで休憩を取ることにした。


「それにしても、どうして前世の記憶を持っていて他の人よりも有利な立場にいながら、ここまで酷い結果になるわけ?」


 休憩に入り、軽くお菓子をつまみながら紅茶を飲んでいるとユリちゃんは呆れたような表情を浮かべてそう問い掛けてくる。


「だって、歴史とかの科目って前世の知識が全然役に立たないじゃん」


「そんなこと無いわよ? 確かに、年号とか歴史の転換点は前世の世界と全く違うけど、前世でしっかり歴史の勉強をしていれば授業の内容を聞いてどこら辺のエピソードが重要そうか、ってことぐらい大体想像が付くでしょ?」


「え? ……全然分かんないだけど」


 私がそう正直に答えると、ユリちゃんはため息をついた後に再び口を開く。


「歴史って、今の私達が生活している環境を作り上げているこれまでの流れでしょ? だったら、今の常識が形成されるまでに起こった重要な出来事が順序立てて並んでいるだけなんだから、その流れを押さえながらあとはその出来事が起こった年代を丸暗記すれば良いだけじゃない」


「普通、その丸暗記が難しいと思うんだけどなぁ。私なんて、1192イイクニ作ろう鎌倉幕府、みたいに分かりやすい語呂合わせがないと全然年号なんて覚えられないよ」


「『イイクニ』? 鎌倉幕府って1185年だから『イイハコ』でしょ? でも、源頼朝が征夷大将軍に任命されて正式に武家政権が認められた1192年を幕府の設立した年と考える場合もあるんだったかしら? ……やっぱり、前世で学生の時に学んだ知識だからかなり朧気にしか覚えてないわね」


 そうユリちゃんは苦笑いを浮かべながら告げるが、正直私はその源のなんとかさんの名前さえ覚えていなかったし、今ユリちゃんが告げた征夷大将軍と言うのが何らかの役職だったことぐらいは覚えているが、どう言った役職だったのかも、なぜそれを授けられたことで武家政権が認められたことになるのかも全く覚えていない。

 ただ、やっていたゲームの知識で鎌倉幕府を設立した人の弟が牛若丸(確か、牛若丸は幼名で実際の名前は源義経って名前だっただろうか?)だと言う朧気な知識は残っていたが。


「まあ、前世の歴史なんてこっちの世界で必要になる事なんて無いだろうし、忘れてても問題無いんじゃない?」


「それもそうね。でも、アイリの場合はもっと前世の記憶を呼び起こしながら必死に勉強をするべきでしょうけどね」


「うっ、確かにそうだけど……でも、おかしくない? なんでこの世界、国語の勉強で前世のように漢文があるの!? 確かに、外国には中国語を標準語にしてる国もあるって話だけどさぁ、そことこの国ってかなり離れた位置に存在するから全然接点無いよね?」


 私がそう問うと、ユリちゃんは困ったような表情を浮かべながら「そんなの、私に聞かれても知らないわよ」と漏らした後、表情を引き締めながらさらに言葉を続ける。


「それに、その言語についての問題でもう一つ気になる点があるのよね」


「気になる点?」


「アイリはこれまでに国外の人と会って会話をした経験はあるかしら?」


 その問いに私は無言で首を左右に振る。

 口を開くと、国外どころか国内でもほとんど人と交流したことがないと言う事実を正直に口にしそうだったので、話を脱線させないように言葉を発しない方が良いと判断したのだ。


「実は、各国家で扱う文字は違うのに全員口にしている言語は日本語なのよね」


「そう言えば今更だけど、外国語の授業って単語をまるで呪文でも教えるように発音と意味を教えるだけだよね。それで、文書を作っても例えば『『This is a pen』と書いて『これはペンです』って意味を表します』って感じの妙な教え方をするよね」


「今更そこを疑問に思うのね。私なんてこの世界に転生後、真っ先に違和感を覚えたのに。……まあ良いわ。一応この現象に気付いた後、例えば魔力の影響で自動的に言語が変換されているのかも、と考えて英語を標準語に設定している国家の人に英語で話し掛けてみたことがあるの」


「それで、結果はどうだったの?」


「通じるには通じたのだけど、どうやら標準語に設定されている言語での会話は古語扱いされてるみたいで、日本語のようにスムーズな会話はできなかったわ」


「つまり、魔力の影響で自動翻訳されてるとかじゃなくて、正真正銘全員日本語で話してる、ってことだよね?」


「そう言うことね。それに、恐らくアイリはこの事実にも気付いていないのでしょうけど、私達が普段筆記で表示する言語は『日本語』って言われるけど、今私達が会話に使っている言語って『標準語』って区別されているのよ」


 正直、そんなことには全く気付いていなかった私は思わず言葉を失う。


(そう言えば、基礎学部相当の勉強を教えてもらうとき、筆記の勉強は『国語』で、正しい話し言葉を練習するのは『語学』で科目が分かれたんだっけ? その時はそれほど疑問に思わなかったけど、わざわざ分けるなんて良く考えればおかしな状況だよね。でも、これっていったい何の意味があるんだろう? 確かに、ゲームとか漫画だとなぜか外国から来たはずの人が流暢な日本語を話すなんて当たり前だけど、現実で考えればおかしな状況だよね。しかも、それぞれの国が筆記で標準語としている言語での発言を古語扱いしているみたいだし……)


 そこまで考えを巡らし、どうやっても答えが出そうに無いので思考を放棄しかけた直後、ふとした疑問が浮かんで私はユリちゃんに質問をぶつける。


「そう言えば、このゲーム世界、『黒の聖女と白銀の騎士』では言語についてどうなってたの?」


「当然ながら全員日本語を喋ってたわね」


「じゃあ、この状況も原作どおりで問題無いんじゃないの?」


「ただ、ゲームだとほとんどの国が英語を標準語にしているのか作中で出て来る文字はほとんど英語だったし、異国の言葉として漢字が出て来るけどその国から来た設定のキャラは片言の日本語だったり時々母国語として中国語も話していたから今と全く同じ状況とは言えないのよ」


 ユリちゃんのその言葉に、私の脳裏には『この世界は私達の世界が何らかの理由で滅んだ未来の姿で、何らかの大きな意思により過去のゲーム世界が再現されている説』や、『この世界はバーチャルの中に再現された世界で、本当の世界はこのゲーム世界の外にあり、私達の本来の肉体はそちらにある説』など、何らかの物語で見た事がある説がいくつも浮かび上がる。

 だが、いくら考えても憶測の域を出ない仮説を必死に思い浮かべても仕方ないと思考を放棄し、残った紅茶を一気に飲み干すと口を開いた。


「とりあえず、この問題はあれこれ考えたところでどうにかなるわけじゃ無いし、今は目の前の問題である期末テスト対策が先だね」


「……今の話の後で、よくそれだけあっさり思考を切替えられるわね。その切替えの速さだけは純粋に尊敬するわ」


「だって、今その話をあれこれ考えたって仕方ないじゃん。どうせ、これが何か大きな力を持った何者かによる陰謀だとしても、どうせ物語の中心にいるだろう私達は嫌でも巻き込まれるんだろうから、やれることはやった上でどっしりと構えていれば良いんじゃないかな? だったら、私が今考えるべき問題はそんな大きな話じゃなくて目の前のテストだよ!」


「はぁ、確かにそうかもね」


 その後、私達は再びテスト勉強を再開することにする。

 そして、赤点回避を目指して必死に知識を学ぼうとフル回転する私の脳は、一度に多くの事項を記憶しておくことができない低スペック故に、先程出ていた世界の秘密という割と重要そうな話題を記憶の片隅に追いやっていくのだった。

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