第23話 2人だけの内緒話その1

 今後の方針を決め、とりあえず打倒騎士団長に向けての準備は明日から始めることが決まったため今日は別荘でゆっくりと過ごすことになったのだが、特にする事も無い私はドロシーちゃんと一緒に広い庭園を散歩することにした。

 正直、同じ転生者であるユリアーナ様ともゆっくり話をしたいところではあったが、明日から始める特訓に向けて色々と準備があるらしくジルラント様とクロード神父、それにミリアさんを連れて出て行ってしまったので大人しく諦めることにした。

 それに、オルランド様は教皇様に怪しまれないよう事前に教会関係の施設に挨拶回りに出かけ、財務大臣の息子であるライアーくんもそれに同行することになったため、必然的に残った私とドロシーちゃんが一緒に行動する事になったのだ。


 こうして共に庭園を散策する中で、ドロシーちゃんはどうしてユリアーナ様達と行動を共にする事になったのかを詳しく語ってくれた。

 なんでも最初に声を掛けて来たのはユリアーナ様達の方らしく、以前から興味を持っていた珍しい薬草が王都の近くで見つかったとの噂を聞き、その薬草が目撃された密林へ出かけるかどうかを考えているところで声を掛けられたのだという。

 当初は『何故ボクがそこに向かおうか悩んでるのを知ってるんだろう?』と不審に思ったそうだが、その密林では危険な魔獣の目撃証言などもあり1人で向かうのを躊躇していた事に加え、私に手伝いを頼もうにもその時は次から次に押し掛けて来る武術大会出場パーティーの勧誘から逃げ回っていた時なのでなかなか捕まらない事が多く困っていたため、渡りに船とその提案を呑むことに決めたのだという。

 そして、ユリアーナ様は何故か最初からドロシーちゃんが探している薬草の場所を知っているかのように密林を進み、薬草が生えている密林の奥地にジャイアントキラーサーペントと言う危険な魔獣が巣を作っていることを事前に言い当てた上で『私はある程度これから起こる大きな事件を把握している。そして、それらの事件を解決するためにはあなたの協力が必要だ』と言う事を告げられたらしい。

 当然ながら突然の告白に協力すべきか悩んだようなのだが、ドロシーちゃんに協力を頼むユリアーナ様の瞳に一切のウソが無く、このまま行けば最終的に私が命を落とす事になると聞き協力することを決意したのだという。

 この話を聞いた時、こんなに自分が危険な目に遭うかも知れない状態で私のために動いてくれる友人なんて前世では1人もいなかったので、ドロシーちゃんと言う大切な親友を守るために私も全力を尽くそうと心に決めたのだった。


 そうやって色々な話をしながら庭園を回っているといつの間にか辺りは夕日でオレンジ色に染まっており、私達が屋敷に戻った頃には全員丁度帰って来たタイミングだったため、全員で一緒に夕食を取ることにした。

 そして、夕食後はそれぞれ割り当てられた客室に案内され、明日に備えて早めに就寝するよう告げられその日は解散となるのだった。

 正直、その客室はかなり広いスペースに大きなバスルーム、トイレは勿論簡素なキッチンスペースまで備え付けられており、下手すると前世で私が暮らしていたアパートよりも広いのでは無いかと言うほどの規模であり、設置されている家具類も一目見ただけでかなり高価な物である事が分かるため少し落ち着かない気持ちを覚えた。

 だが、国のトップやそのゲストが宿泊する別荘なのでこれが当たり前なんだろうなと感心しながら部屋を見回していると、不意にドアをノックする音が室内に響く。


「あっ、どうぞ! 開いてますよ」


 私が直ぐにそうドアに向かって語り掛けると、直ぐにドアが開きそこからユリアーナ様が姿を現した。


「失礼するわね」


「ど、どうぞ!」


 思わぬ訪問者に驚きつつ、まだあまり話した事の無い人物への緊張から思わず声が裏返る。

 だが、ユリアーナ様はそんな私の態度を特に気にする素振りを見せず、そのまま部屋に入るとドアの鍵を閉めてしまった。


「あの…ええと……」


「少し2人だけで話がしたいの。ここからの話は、ちょっと他の皆に聞かせる訳には行かないのよね。だから、少し付き合ってくれるかしら?」


 そう言いながらユリアーナ様は大窓を開け放ち、視線で付いて来いと促しながら『重力操作グラビティコントロール』と言う魔法を発動して夜空に浮かび上がる。

 そのため、私はコクリと肯きを返した後で『フライ』を発動してユリアーナ様の後に続き、そのまましばらくその後を追って空を飛ぶ。

 そして、しばらく無言で空の旅を続けた末に庭園の中央に建つ時計塔に設置された展望スペースへと降り立つのだった。


「さて、流石にこの時間にここに来る人はいないからゆっくり話が出来るわね」


 そう言いながらユリアーナ様は近くにベンチに腰を下ろし、私にも対面のベンチに座るよう促す。


「あの…それでお話とは――」


 ベンチに腰を下ろしながらそう尋ねる私に、ユリアーナ様は片手を上げて言葉を遮ると「敬語は止めない? そもそも前世から考えるとあなたの方が年上だし、今世では同年代よ」と苦笑いを浮かべながら告げた。


「ええと…でも流石に身分とか――」


「別に私は気にしなわよ」


「そう? ええと…それじゃあ敬語は無し、だね」


 そう私が告げるとユリアーナ様は笑顔を浮かべながら「正直、同年代に様付けで呼ばれたり敬語を使われるのは少し疲れるのよ。だから敬称も無しでお願いね」と告げた後、前置きは終りとばかりに表情を引き締めて言葉を続ける。


「まず、あなたにはこの『黒の聖女と白銀の騎士』が本来どう言ったシナリオで進んで行くかを知っておいて欲しいの」


 そうしてユリアーナ様は最初から順序立ててこの物語の流れについて語り出した。


 本来、この物語はユリアーナ様を主人公として彼女視点で話が進んで行き、彼女が5歳になる年の5月初旬から物語がスタートするらしい。

 そして、屋敷から抜け出して近くの森に入り込み弱い魔獣を倒してチュートリアルが進み、ある程度森を進んだところで同じ歳のアイリスと出会い、そこから一気に11月まで時間が進んだところで序章のボスであるファングボア戦となり、それを倒したところで一気にゴルドラント高等学院に入学する15歳まで話が飛ぶのだという。

 その後、婚約者であるオルランド様の弟で幼馴染みのジルラント様と共にゴルドラント高等学院に入学したユリアーナ様は様々な事件に巻き込まれて行く、と言った流れとなるらしい。


「実は、今私達が進んでいるルートはほとんどゲームのシナリオと変わりが無いの」


「えっ? そうなの?」


「学院入学後、私とジルがオルランド様から生徒会の手伝いを頼まれるのもゲームのシナリオ通りだし、4月末に行方不明事件が起こってそれを解決するためにあなたの手助けを受けながらエルダーリッチを討伐するのも本来のシナリオ通りよ」


 そこまで話しを聞いたところで、私の脳裏にとある疑問が浮かんで来たのでそれを尋ねてみることにした。


「でも、人質救出の協力をお願いした時、私が『ドラゴンブレス』を使えるって事に驚いてたよね? それに、入学セレモニーの時に初めて会った時、私の姿を見て驚いてたし……もしかして、私の姿や能力って本来のシナリオからかなり変わっちゃってる、とか?」


 その私の問いに、ユリアーナ様は苦笑いを浮かべながら「もはや別物よ」と本来のアイリスについて教えてくれる。


「本来、ゲームのアイリス様は168cmを超える長身でコンプレックスのあるその髪をベリーショートにしているの。だから、今のあなたみたいなロリキャラじゃなくてどっちかって言うと王子様系の見た目ね」


 そう言われてもあまりピンと来なかった私は、とりあえず『幻影魔法イリュージョン』を発動して身長を伸ばし、顔を少し大人っぽくしながら髪の長さをベリーショートまで縮める。(王子様系なら胸はほとんど無いだろうとそこは弄らなかった。)

 そして、少し声のトーンを低くしながら「こんな感じかい?」とウィンクしながらユリアーナ様に尋ねる。


「なんか、見た目はその通りなんだけど仕草のせいでパチ物感がヤバいわね」


「ええ!? 一応私も本物のアイリス!」


「何言っての? あんたは運良くアイリス様に転生したどっかの誰かってだけでしょ」


 そう一刀両断され、私は若干涙目になりながら元の姿に戻り、話しを進めるために更なる疑問点を尋ねる。


「でも、それだけ違ってるんだったら事前に私が同じ転生者である可能性は考えなかったの?」


「うっ。そこは私の考えが至らなかったとしか言いようが無いわね。正直、転生者と言えば私のように前世で転生先であるゲームを知っているって思い込みがあったから、アイリス様も私と同じく転生者だとすると大人しく教皇の指示に従っているなんて有り得無いと思ったのよ」


 まあ、確かに悪の親玉である教皇様のせいで自分が命を落とすと知っていて大人しく従うバカはいないだろう。

 私も最初にその事実を知っていればクロード神父に前世のゲーム知識を披露して協力を取り付け、そのまま教皇様に反旗を翻していたはずだ。(ただ、その場合も転生初期の私のカミングアウトが無駄に終わったように信じてもらえない可能性もあるが。)


「だから私はこの変化も私が色々とゲームシナリオから逸脱した活動を行った影響だと考えてしまったのよ。それに、この世界は前世でプレイした『黒の聖女と白銀の騎士』のシナリオ通りではあるんだけど、細部で色々と異なる部分も多いの」


「異なる部分?」


「先ずは名前ね。この世界では前世の日本のように名字が先に来て後ろに名前だけど、本来のゲームでは西洋式のまま先に名前が来て後ろにファミリーネーム、つまり私の場合はエルム・ライナス・ユリアーナをほとんどそのまま逆にしたようなユリアーナ・ライナス・エルムニアと言うのが本来の名前のはずなの。それに文字もシナリオ中に出て来るのはアルファベット主体の文字で、漢字とかも出ては来るけどそれは異国の文字として出て来るだけだし。それに、本来なら教皇があなたの有用性に気付いて干渉を始めるのは12歳になる年のはずで、5歳の時点では珍しい髪色を持つ少女くらいの認識でそこまで重要視していないはずだったの。それが何故か5歳の時にはあなたの存在が国の上層部に知れ渡っていて、水面下であなたを自分の派閥に取り入れようと貴族間の抗争があったみたいだし」


 そこまで語ったところでユリアーナ様は一旦言葉を切り、少し考えてから「ちょっと長くなるけど、アイリス様の幼少期がどう言うものになるはずだったか説明した方が良さそうね」と言ったので、私は素直に「お願い」と首を縦に振った。

 そして、ユリアーナ様は本来のシナリオで私がどう言った幼少期を過ごすかを話してくれた。


 その内容をざっくりとまとめるとこんな感じだろうか。


(5歳時)

 傷の回復と共に孤児院に戻るが、記憶を失った影響で塞ぎがちになり周囲と馴染めず、その見た事も無い髪色を恐れて周囲も私を避けるようになる。


(8歳時)

 孤独に耐えられず自殺未遂を起こすも、私の状態を心配して気に掛けていたクロード神父に助けられ、少しずつクロード神父に心を開いていく。


(12歳時)

 ブルーロック村にエルダードラゴンが襲撃し(このエルダードラゴンは私が倒した個体と同一で、本来ならユリアーナ様が阻止した反教会派の悪魔召喚が成功してそれによって召喚されたミドルデーモンにダンジョンを奪われ、怒り狂ったエルダードラゴンがブルーロック村付近に現れると言う流れらしい)、クロード神父はこれを討伐するために1人で戦うがあと一歩のところで戦闘不能になってしまう。

 そこにクロード神父の身を案じたアイリスが駆け付け、星属性の力に完全に目覚めてエルダードラゴンにとどめを刺し、報告を受けた教皇様が私の能力に目を付ける。

 力に目覚めたばかりの私と教皇様は面会し、そこで自身に取憑く悪魔の力を行使して教皇様に逆らえないよう暗示を掛けられ、同時にクロード神父の身柄を人質にアイリスが教皇様の配下として動くよう命令される。


(~ゴルドラント高等学院入学まで)

 教皇様の指示でアイリスは教会の暗部で活動し、その影響で高い戦闘力を身に付ける。

 そして、教会に不信感を抱いているユリアーナ様を監視しながら教皇様の邪魔をしないよう誘導する任務を命じられ、ゴルドラント高等学院へ入学することになる。


 といった流れのようだ。


 そして、そこまでの話を聞いた私は一つの事を確信する。


(教皇様が早い段階で私に目を付けたのって、私が転生10日目ぐらいでやらかしたからだ! だって、あの時点で偶然にも『戦神の祝福』って規格外の装備を手に入れてたし、レベルが上がった影響か本来12歳で判明するはずの星属性についてもあの時点で判明してたし。良く考えれば、8歳の誕生日にわざわざ教皇様が私に会いに来たのも暗示を掛けるためで、それも【全状態異常無効】で無効化しちゃったからシナリオが大きく狂っちゃったんだ)


 そこまで気付いた私は、『とりあえずそれは黙ってても問題無いよね』と判断を下し、ユリアーナ様に「やっぱり、良くある世界の修正力とかで本来の事件が起こるように辻褄合わせがあったりするんだろうね」と適当な回答でお茶を濁し、話を先へと進めるべく「そう言えば、4月の事件以降もシナリオ通りなの? それに、この先のシナリオについても早く聞きたいな」と話しを逸らすのだった。

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