第12話・試練って聞いてないんですけどっ?! その4

 久々の家族団らんを終えて、アウロ・ペルニカに戻ると早々に。


 「…………ぜんっぜん分かんないだけどっ!!」


 アコルニアは、頭を抱えていた。


 「母さまはああ言ったけど一応聞いてみようと教会に行ったらあっさりと分からないとか言われちゃうしっ!フェネルに昔はどうだったのかって聞いたら『今よりは便利でございましたね』とか意味分かんないこと言うしっ!」


 つまるところ、母に課された「聖精石の剣の剣を携えて魔獣の穴を埋めてくる」という試練を果たすために、まずは魔獣の穴を探し出すことに着手したのだが、全く手がかりがないことに絶望する、という有様だったのだ。


 魔獣の穴。

 端的に言えば、この世界に現れて人に害をなす魔獣が出現する、文字通りの「穴」である。

 魔獣と穴の関係は古来より教会の教典にも記され、魔王討伐より前には大規模に人々に外を成す魔獣の出現も見られた。

 アプロニア・メイルン・グァバンティンによって魔王が討滅されて以後は人類の脅威となる魔獣の出現は数も減り、おおよそ悪天候などのもたらす災害と並ぶほどのものになっている。もともとは魔獣による害を除けば、多くの人々の生活を破滅に追いやるほどの自然災害が多いとはいえない大陸であったから、魔獣の出没が大きく減ったことで生活は安定するようになった、とは言える。

 ただ、人の生活圏の近くに魔獣があらわれることは以前と変わりはないため、魔獣そのものを討伐する必要だけは今も変わらずあるのだったが。


 「……もー、いつもは魔獣の目撃報告があってから穴探すんだからそれでいーじゃないのよぅ……」


 自室の机に突っ伏し、髪をくしゃくしゃにする勢いで掻き乱したところで名案が出るわけではない。

 魔王討伐以後、出現する魔獣の穴も激減している。そこから出てくる魔獣だって減っているのだから、穴を見つけるのも容易な話じゃない。

 そこは理解しているのだが、聖精石の剣を携えて穴を塞ぐ、という課題にとっては都合が悪いのも事実なのだ。

 それに加えて、いざ魔獣の穴を見つけた時にどう対処するか、という問題もある。

 魔獣の穴は、そこから現れた魔獣を倒すと倒した分だけまた魔獣を吐き出す。そして魔獣を倒し尽くすと穴そのものも消えてしまう……ということになっている。

 なっている、というのはグランデアやゴウリンといった、魔王討伐の関係者にそのことを尋ねると、何やら口を濁してしまうので、もしかしたら他に手立てでもあるんじゃないか、と思えるからだ。

 関係者の中で一番口が軽そう……というか、うっかり口を滑らしそうな、レシュリスとルードの双子の父、マイネルに一度カマをかけてみたところ、一瞬引っかかりそうになってしかし慌てて口に手をやって、意地でも話すものかみたいな態度になっていたものだ。その時はあからさま過ぎて逆に怪しく感じなかったのだけれど、今にして思えば無理矢理にでも聞きだしておけば良かった、と思うアコルニアである。


 「お嬢さま、お嬢さま」


 そうして、うーうー、と唸りながら悩んでいると、部屋の扉を叩く音がする。

 控え目で低いトーンの声から、訪う者はアコルニア付きの家政婦のリィニィだろう。

 アコルニアとは同い年で、お付きというよりは一緒に育った幼馴染みみたいなものだが、アプロニアの執事であるフェネルの姪ということもあって、出るところに出れば育ちに馴れた態度をとるようなことはしない、ある意味やりにくい相手ではある。


 「んー、いるけど、なに?」

 「そろそろお食事の支度にとりかかりますけれど、どうなさいます?」

 「なんか気分じゃ無いからいい」


 明らかに機嫌の悪そうな返事に臆することもなく、リィニィは扉の向こうで「かしこまりました」と頭を下げる様子……


 「……いくつになってもいじけたお嬢さまでございますね」


 ……はなく、扉越しにでも聞こえてくる鼻を鳴らす音とともに、あからさまに挑発する口調でこう言い返してきた。

 そしてアコルニアも慣れたもの。伏せた顔の片眉をピクリと跳ね上げ、ゆらりと体を起こす。

 上半身だけで振り返り、扉の向こうにいるだろう、赤毛の短髪の少女の見えない姿を睨むと、精々ドスを利かせて言い返した。


 「……なんだって?」


 果たして効果があったかなかったか。というより、主と呼べる相手に「いじけたお嬢さま」などと平然と言ってのける従僕が、この程度のことで腰がひけるわけがない。

 そんなことは分かってるアコルニアは、言った後に立ち上がってドスドスと足音も荒く部屋の出入口に向かう。それから一切躊躇なく、鍵のかかっていない扉を開けて怒鳴りつけた。


 「……だ、れ、が、いじけた、お嬢だってのよこの陰険女!」


 悪態をつかれた相手は、アコルニアより頭一つ分背が高い。身を乗り出してそう怒鳴ると、ほとんど見上げる格好になる。

 けれど、上目遣いで睨め上げられたリィニィの方は、余人であれば息を呑むくらいはするであろうアコルニアの形相を、つまらないものを見たくらいの視線で見下ろすと、視線を向けられたアコルニアがぎょっとする勢いで愛想を満面にふりかけた笑顔になり、こう言ってのけたのだ。


 「ご機嫌は上々のようですわね、お嬢さま。本日のお夕食はいかがなさいますか?アプロニア様が本日は聖精石加工組合の会食に招かれておりますので、お嬢さまのお好きなものをご用意いたしましてよ。お肉にしましょうか?それともお魚にしましょうか?先日入ってきたカラバマの商隊よりとても質の良い干し魚を手に入れてございますのよ」

 「………………」

 「あらあらお嬢さまったら、好き嫌いはよくありませんわ。そうですわね、ここ数日お肉が続いておりましたから、本日は質素にしおれたお野菜に火を通して済ませましょうか。アプロニア様も楽しくもない会食で苦り切っておいででしょうからお嬢さまとしてもその心根の一端でも理解するために粗食というのも悪くありませんわね。となると用意しておりましたお嬢さまのお魚はいかがいたしましょうか。ええこれは仕える者の義務。勿体のうございますから、わたしのお腹に入れて有効活用することにいたしま」

 「それ以上育ってどうするつもりよ。その魚はわたしがもらうからとっとと調理しなさいよ」

 「……今ほど、お食事は不要と仰ったかと」


 ちっ、覚えてやがった。

 品無く舌打ちをする。悔し紛れにリィニィの澄まし顔をもう一度睨み付けると、挑戦的な顔にでもなっているのだろう、というアコルニアの予想に反し、慈愛と憐憫……という言い方が大げさなのであれば、歳の離れた妹を見守る姉のような顔になっていたのだった。同い年ではあるのだが。


 「何なのよその顔は」

 「……お嬢さまが少々お気の毒になりまして。というかね、何があってそんなふて腐れてるかくらい知ってるんだから、あたしにまでそんな腐った顔向けないで。いい?」

 「くっ……あんたのそういうところキライ!」

 「嫌いで結構。こっちは仕事でやってんだから、もらってる給金より上の報酬もらったって返せる働きなんかねーわよ。そいじゃアコ、食事にするからとっとと出てきな」


 要らないと言った後からやっぱり食べると言った以上、更に前言を翻すわけにもいかず、リィニィに促されるままに巣から出てこざるを得ないアコルニアだった。




 「あんた全然料理は上達しないわねえ」


 むしろ感心したように言われてしまい、アコルニアは悔しそうに歯噛みするしかない、一人きりの食卓だった。

 目の前にあるのは自分で食べるしかない、かつて干し魚だった何か。

 もちろんパンに汁物といった買って来れば済むもの、調理に手間のかかるものはアコルニアに手出し出来るわけもないのでまともなものが用意されているが、メインの魚料理、ただ単に干物をもどして味付けを調えて火で焼けばそれで終わるだけのものが、炭の半歩手前になっているのだ。


 「…まあもったいないけど、流石にこれを食べさせるわけにはいかないしね。下げるわ」

 「お願い」


 気落ちしたアコルニアの様子に憐憫の情でも覚えたのか、リィニィは普段にないくらい優しげな手付きで手付かずの皿を引き上げ、代わりにそれはもう見事に…あるいはごく当たり前に…調理が成された、同じ材料だったものを置いた。


 「嫌がらせ?!」

 「そういうところがいじけたお嬢さま、ってンのよ。あたしが作ったわけじゃないわ。ただ斯くあるを予想して作ってもらっておいただけ」

 「……やっぱり嫌がらせじゃない」

 「はいはい。文句は後で承るから、さっさと食べてちょうだいな。片付かないったら」


 くそぅ、と歯噛みしながら、屋敷の調理人の手になる完璧な料理をむさぼり食った。

 大体なんで王女さまのわたしが料理なんかしなけりゃなんないのよっ!!……という文句は美味ではあっても味気ない料理と一緒に飲み込む。元を正せば母から言いつけられた事だからだ。

 曰く、出自が出自なのだからいつ王家から外に出されるか分からない。料理の一つくらい出来るようになっておけ……ということで、そもそも母の方に料理の心得があるのか、といえば魔獣討伐の夜営の時にそれなりのものを作ってくれた覚えはあるが、屋敷で食べるようなものを作ってくれた覚えは流石に無い。

 だからといってお付きにそこまで悪し様に言われるのも癪に障る。リィニィはいろいろムカつくところもあるが、有能ではあるし自分が気付かないところまで気が回るから、助かっている面も多々ある。

 でも、だからこそ、あそこまで馬鹿にしなくてもいいじゃないか、という気にもなる。

 それが自分がリィニィに甘えている証だ、などとは思いもしないところがアコルニアのお嬢さまらしいといころとも言えるが、生憎とそれを指摘してくれるだろう相手は、今は席を外していた。

 仕方なく自分ひとりしかいない食堂で、黙々と夕食を済ませた。

 最後まで顔を見せなかったリィニィのことは、当て付けかあのヤロー、と思うだけにとどめておいた。

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