わたしは女勇者さま!
河藤十無
第1話・わたしは勇者さまの娘!・その1
アウロ・ペルニカ。
大陸でもっとも歴史あるとされる大国、テラリア・アムソニアの辺境に位置するこの街は、周辺が荒野に囲まれてはいるが東西南北の交易路がちょうど重なる要衝ということで、ここ数十年、国内での政治的・経済的価値を高めつつある。
その上、特に文化的な価値においても国内では突出しつつあり、どころか国外からの注目も集めているのは、領主たるアプロニア・メイルン・グァバンティンの手腕によるもの……というのが、国内外からの一定した評価だった。
「ん……あこぉ、愛してるよ……」
「むぎゅ」
で、その女領主さまは、休日ということもあって自室の簡素な寝台の上で、娘を掻き抱いて朝寝坊を決め込んでいた。
雨期もちょうど明け、荒野を渡ってきた乾いた風が涼しく部屋に入り込む中、アコルニアは母の豊満な胸部に顔を埋めて窒息しそうになっている。
「え、ちょ……か、母さま、息が……」
「んふぅん……んー、あこ、いいにおいだよ~……」
まだ寝ぼけているのか、この母は。
普段、領主として見せる凛とした姿に反し、娘と寝る時はこのようにダメダメになる。
その変わり様は女性としては可愛らしくは思えるが、三十をいくつか越えたちゃんとした大人としてはどうなのかと腹が立ってくる。決して、我が身に受け継がれていない首と腹部の間の豊かさに嫉妬しているわけではない。
「い・い・か・ら、起きろこのダメ母─────っ!!っていうか今日はベルさんが来るんじゃないのっ?!」
もごもごとくぐもった声で抗議したものの、肝心のアプロニアは「んや?」とか薄目を一度開いたが、胸の中に愛しい娘が収まったままでいることに安心したのか、またすぐに寝息を立て始めてしまったのだった。ご丁寧に、緩みかけていた、娘を拘束する腕を締め直してから。
「ぐるじ……しぬ……かあさま……おきて………」
まあ結局、息苦しいのは少し姿勢を動かして口元に隙間を確保することで解決し、むしろ薄手の寝間着越しに母の胸の鼓動を覚えたことで安堵したのか、娘は母と一緒にもうしばらく
・・・・・
「ほんとにもー、母さまは!まったくもー、ほんっとにもー!」
この国では比較的珍しい黒髪は、
アコルニア・グァバンティン。十五歳。
テラリア・アムソニア王女、アプロニア・メイルン・グァバンティンの娘として生まれ、母の領地であるアウロ・ペルニカに長く住む。
王女、とはいうが実のところ母は王家とは何の縁も無い辺地の貧民街の生まれだ。それでいながら人品卑しからぬところを見出され、やがて剣と聖精石の扱いに極めて秀でた才があるとして国家の至宝たる聖剣を預けられ、魔王を討伐した勇者でもある。
今は、王家の養女となった際に与えられた領地、アウロ・ペルニカの女領主として悠々自適の生活を送る身であり、テラリア・アムソニアの今上の王、ヴルルスカ・グァバンティンの第一の側室として、敬されると同時に煙たがられる存在でもある。
つまり、アコルニアも王女と称せられるに足る存在ではあるのだが、母親の育児方針に従って
「アコルニア、機嫌悪い?」
もう一眠りした後、いい加減寝苦しくなって先に起き出したアコルニアだったが、予定通りに今日来訪している客人を母に代わって
「機嫌は悪くないです。っていうか、ベルさんが来るの分かってたのに、母さま起きようとしないんです。お陰でわたしが代わりにベルさんのお相手しないといけないじゃないですか」
「ふふ、アコルニアは私の相手をするのは、イヤ?」
「そんなことないです。ベルさん優しくてお話は楽しいし、いつもお土産もって来てくれますし」
「私はお土産のオマケの女……」
応接間の長椅子の手すりにしなだれかかって拗ねる女性だった。
「あはは、ベルさんお茶のお代わりいります?今日のお土産の、この丸い……かすてら?っていうの、始めて見ましたけど、お茶によく合いますね。さすがベルさん」
「私はこの街の屋台の全てを知り尽くす女……」
もっとも、持ち上げられてすぐに機嫌を直すあたり、ただアコルニアの気を引くつもりだけだったようだが。
アコルニアが屋敷の主に代わって歓談している、長い金髪の美しい女性はベルニーザという名で、アコルニアにとっては幼い頃から時に母以上に甘やかしてくれた存在でもある。
どういった経緯で母と知り合ったのかは分からず、普段はどこで何をしているかも知れない。時に煙に巻くような言動でアコルニアをからかうようなことも、逆にアコルニアの物言いに狼狽えるようなところもあるが、総じて優しく、もう一人の母とも言えなくもない関係にある……と、思ったことを伝えたらやや落ち込んでいた気がする。
問題は、アコルニアの物心ついた頃より、その若々しさが微塵も薄れていないことだ。出会った時には少女のようであったけれど、今もそれは変わらず少女のままに見える。ともすれば、今十五歳の自分より二つ三つ年上なだけのように思えることもあるが、話に聞く長命種なのだろうか、とアコルニアは特に一人の男性の存在を思い浮かべる。ただ、彼とは似ても似つかぬ容貌で、同じ種族ということではなさそうだった。
それ以外は、ほんのりと柔らかく美しい女性だ、というだけ。
時折母とはわかり合ったように目線だけで会話することもあるが、思春期を迎える年頃には、そんな二人の間にあるものに、何か胸騒ぎを覚えるような瞬間もある……今のアコルニアにとっては、そういう意味で気になる女性ではあった。
「アプロが休みの日は使い物にならないのは昔からだけど。アコルニアは休みでも元気そう」
アコルニアは、そんなベルニーザが茶器を傾けてそう微笑むのを前にして目を合わせられなくなった。
なんだろう。
母と何かありそうな女性で、なんだか得体の知れないところもあるけれど、自分が小さい頃から知っててずっと優しくて……いや、もしかしたら生まれる前から知っているような、そんな気すらする。
そういえば王都にいる父とは別に、母と並んでいるところが妙にピッタリしていて、つい「父さま?」って呼んでしまったこともあったなあ、ものすごく照れてたけど。……いや、困ったり驚いたりするなら分かるけど、どうして照れたんだろう?
「アコルニア?どうかした?」
「いえ、なんでもないです。それにしても母さまおそいですね。そろそろ叩き起こした方がいいんじゃないでしょうか」
「それなら私が行くから。アコルニアはアプロが起きてきた時に何か食べさせるものでも頼んでおいて」
「分かりました。あ、私そろそろ師匠のところに行く時間だし……」
「遅くなるようなら気にしないで。アプロのことは任せて」
「……はい、分かりました。お願いします」
ベルニーザの対面に腰掛けたまま目を伏せてそう礼を述べると、アコルニアは立ち上がって慌ただしく応接間を出て行った。でも食器の片付けをしない辺り、まだまだ詰めは甘い、とベルニーザは微笑ましく思う。
扉を開けて部屋を出て、もう一度ベルニーザに「お願いしますね、ベルさん!」と元気よく告げたアコルニアが身を翻すと、彼女が贈ったリボンに結われたしっぽが揺れていた。
思い出さないように、重ね合わせないようにと、自分がそうしたのだけれど、それでも年々、ドキリとするほどに面影が似てくることに、ベルニーザは唇を噛まざるを得なかった。
・・・・・
「…
寝台の上で胡座をかいたまま、アプロニアは来客の前で大あくびを披露した。来客を前にして礼儀というものが無いのか、という遠慮は、寝室に突撃かます無遠慮な来客に対しては一切働かないものとみえ、手櫛で乱れた髪を直す主の姿を、客の方はどこか懐かしそうに見るだけだった。
「……で、なんだよ。今日来るとは聞いていたけど用件までは聞いてないぞ」
「尻を掻いてる姿なんかアコルニアには見せない方がいいと思うけれど。今日は陛下からの伝言。手紙と口伝えとどっちがいい?」
「うあ、また面倒ごとを押しつけるつもりじゃないだろうなあ、兄上は……とりあえずメシ食ってからでいいか?……なんだよ、匂いなんか嗅いで」
用件を聞いて仕方無く、という態で寝台を降りたアプロニアは、鼻を突き出してひくひくさせている来客に軽く引いた様子で、
「……アコの匂いがする」
「そりゃするだろ。一晩中抱っこして寝てたんだから」
「そうじゃない。アコルニアでなくて、アコの匂い」
「それは…………」
寝台の端に腰掛け、アプロニアは後ろ頭を掻いた。そういえば昔からこいつは鼻が利いたな、と思い出すと、バツの悪い思いがする。
「アプロ。悪いことは言わない。アコルニアは、アコとは違う。そろそろ別に寝た方がいいと思う。アブナイよ」
「うるせーな。母親が娘を愛して何が悪い。あいつはわたしの可愛い娘だ。いくらおめーでも指図されるいわれはねーよ」
「ううん。アプロがアコルニアを手放せば、アコルニアはわたしのもの。わたしだけのアコルニアとして、一生面倒を見てあげる」
「てめー、結局それが本音か。ほんっと、アコルニアが生まれた時から油断のならねーヤツだ」
「アプロ。化粧してない顔は久しぶりに見る。よく見せて」
「なっ、お、おめーこの年の女になんてこと言いやが……んっ」
アプロニアが見せた動揺の隙を突いて、来客は距離を詰めるとアプロニアの唇を奪った。久しぶりの味だな、と思ったのは双方共にで、同じくらいに豊かな胸部を布越しに押し付け合いはしたものの、軽く舌を絡めただけで離れて互いに見せた表情は、睦み合いの後というよりはケンカの仲直りをした親友同士、という態だった。
「……てめー、どさくさにまぎれて何をしやがる」
「アプロだって満更でも無さそうだった」
「おめーと二人でヤったって、なんかもの足りねーよ。分かってんだろ」
「じゃあアコルニアと三人で、する?」
「娘混ぜて愛人と交わるとかどんな外道の真似だ。しかも三人とも女同士で」
「何を今さら」
「……だなあ」
揃って、苦い顔になった。
抜けない
「母さま、そろそろ起きて朝食……昼食?にしないと、ルリヤが困るから早く起きて……ベルさぁん、母さままだそんな格好にしたままでー。もう、お願いしたのに」
その先に進もうか引き返した方がいいのか。そんな逡巡が二人の間に生まれた時、扉をノックもせずに入って来た姿があった。何処に出かけるつもりなのか、軽く旅装に近い姿だった。
「ん?アコルニア、どっか出かけるのか?」
「もう!今日は師匠のところに行くって言ってたじゃない!母さま寝ぼけすぎ!」
「あはは、悪い悪い。そっか、ゴゥリンのとこな。最近こっちにも顔出してないなアイツも。今どっちにいる?」
「これから集落に戻るらしーよ。わたしも一緒に行って来る」
「またかあ?あの野郎、長を降りたとか言ってる割にはしょっちゅう子供のところに帰ってんじゃんか」
「ちなみにわたしもベゥレールが可愛いからそっちの方がいい!」
お前なあ、とケラケラ笑うアプロニアの表情からは、娘に乱入される前にあった、やや
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