ほころび

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 黒河桔梗くろかわききょうは、武士兜型のフルフェイスヘルメットの下で、滝のような汗をかいていた。


 周囲には、今の桔梗と同じように息を切らせた仲間達。


 一箇所で一塊になった『雷夫ライオット』一同は、その周囲を囲む敵の群れを睨んで身構えていた。『自転車チャリ乙徒オット』『邪威暗屠ジャイアント』の二チーム混成部隊だ。


 あちこちに敵の一員が雑魚寝をしているが、それでも今なお数の優位は敵チームにあった。


 『雷夫ライオット』は一人も欠けていない。しかし、全員の体力はもう限界が近かった。敵の間を遊撃するという手段の限界を感じた桔梗はすぐに一塊になる指示を出した。そうすることで周囲をハリネズミのごとく防御し、その防御の裏側に隠れている人員を少しでも長く休ませるためだ。防御役には、体力に余裕のあるメンバーが買って出た。


 しかし、それでもいつまで時間を稼げるか分からない。


 相手はまだまだ戦える人員を残している。ざっと数えただけでもまだ四十人ほどいる。


 ——『雷夫ライオット』は今まさに、結成以来の最大の危機を迎えていた。


 どれほどの大勢力を誇るグループが相手であっても、『雷夫ライオット』が劣勢に陥ったことは一度も無かった。どんな相手も、いずれも地に伏せさせてきた。


 だが、それはメンバー個々の腕力だけでもたらした結果ではない。地形、戦術、攻撃方法、心理、情報運用……あらゆる要素を効率良く運用して得た結果だ。


 今回のこの抗争は、主導権を完全に相手に奪われたまま進んでしまっていた。数にモノを言わせた人海戦術に持ち込まれたのだ。


 絶体絶命。


 そんな言葉が頭に浮かんだが、桔梗はそれを振り払う。


 指揮官である自分に絶望して思考停止することは許されない。そんなふうになるくらいなら、少しでも状況を良い方向へ動かすことを考えろ。


「ぐはっ!」


 とうとう、倒れたメンバーが一人出てしまった。松尾まつおという青年だ。


 そのことに心を痛めたいのを我慢して桔梗は考える。脳が汗をかくくらい考える。


「う、うわ! うわああああああ!!」


 松尾が三人がかりで袋叩きにされ始める。


 それでも思考に徹しようとするが、どうしても仲間のことに意識を吸い取られてしまいそうになる。


 松尾を助けるために、一塊の内側で休んでいたメンバーが前へ出て、袋叩きにしていた敵数人を追い払う。


「やめなさい! 出るな!!」


 桔梗は思いとは裏腹の指令を叫ぶ。


 だが、桔梗の憂慮が現実化してしまった。助けに出てきたメンバーもまた、松尾と同じように地面に転がされ、袋叩きにあい始めた。


 ただでさえ悪い戦況が、さらに悪化する音を聞いた。


「総大将っ……!」


 隣に立つ久里子くりこが、フルフェイスヘルメットの下でこわばった顔になりながら不安げに呼びかけてきた。


(……畜生っ!)


 桔梗は決して表には出さず、心中で毒づいた。


 そうしている間にも、戦況はさらに悪化している。

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