苦戦

 ——『雷夫ライオット』総数、二十一人。現在は三人抜けて十八人。


 ——『自転車チャリ乙徒オット』『邪威暗屠ジャイアント』の二チーム連合総数、六十八人。


 数字だけ見れば、『雷夫ライオット』の一方的な負けで抗争が終わるイメージしか浮かばないことだろう。


 二チームのリーダー二人も、そう思っていたはずだ。だからこそ、物量で攻める作戦で挑んできたに違いない。


 しかし、『雷夫ライオット』の「少数精鋭」という形容詞は、嘘ではない。


 他でも無い、リーダーである黒河桔梗くろかわききょうはそれを知っていた。


 


 すでに抗争が幕を開けて十分が経過しているが、『雷夫ライオット』はいまだに全滅してはいなかった。




 無数の怒号と叫びが重複し、硬いモノ同士がぶつかる音、重いモノが倒れる音など……それらがリズムもへったくれもなくただ垂れ流され、形の無い大きな雑音を作っていた。


 二チーム連合側が用意したのであろうスポットライトに照らされる「太田コンクリート跡地」の広い敷地内では、激しい抗争が繰り広げられていた。


 圧倒的多勢を誇る二チーム連合の人の群れの中に、黒服の『雷夫ライオット』のメンバーは根を張るように紛れていた。


 多人数で囲まれて袋叩きにされている……わけではない。


 。常に移動し続けている。


 体の大小の区別なく多くのメンバーが、目の前に立つ相手を、最小限の動きで最短で倒していた。数少ない女子メンバーも、である。


 全員、武器(敵から奪ったものだ)を持っているから? 


 それもあるが、それだけではない。


 「適切な動き」ができているからだ。


 まず、桔梗はメンバー全員を一箇所へ固まらせることはせず、二人一組に分かれさせ、敵の群れの中へ紛れ込ませた。物量で押し合ったらまず勝ち目は無いので、散らばらせて敵の動きの中へ混ざらせ、暴れさせる。


 五輪書「火の巻」に曰く、『』である。


 ——とはいえ、これではまだ不十分だ。


 常に動き回らせることで、敵に殴られにくくする。


 ケンカの時に、多くの者は腕の動きばかりを行い、移動を大してしない。これは自ら案山子カカシになる悪手だ。止まっている相手ほど殴りやすいマトは無い。


 なので、動きを常に止めないことで敵から逃れつつ、目の前に立った敵を条件反射で潰す。


 ——とはいえ、これではまだ不十分だ。


 必ず、二人一組で一人ずつ倒すようにさせている。そうすればすぐに倒せるし、なおかつ一人の力不足を複数で補える。


 どれほど多人数が相手でも、倒すのは一人ずつだ。

 

 ——とはいえ、これではまだ不十分だ。


 『雷夫ライオット』のメンバー全員には、経穴けいけつ……つまり人体に無数ある急所の部位をある程度教えてある。


 無論、打たれたら一時的に足が痺れたり、腰が重くなってしばらく起きられなくなったりという、経穴しか教えていない。


 だがそれでも、経穴は知っているだけでも大きなアドバンテージだ。非力な女性には特に。


 ——とはいえ、これではまだ不十分だ。


 戦いに「完璧」は無い。

 常に進化が求められる。

 軍事だってそうだ。どんなに強力な軍隊でも、時勢を読めず、積み重ねをおろそかにした軍から弱体化していき、次世代の強軍に取って代わられる。そしてあぐらをかいたツケを後世で払わされるのだ。


 だから、使えそうなモノや戦術があれば、桔梗はどんどんメンバーの強化に組み込んでいった。


 ただの暴走族にあるまじき工夫と研鑽もまた、『雷夫ライオット』が少数精鋭と称されるゆえんであった。


 数の上で大きく不利であった『雷夫ライオット』は今のところ倒れる者が一人も現れず、二チーム連合は次々と倒れて雑魚寝を広げていく。


 そんな少数精鋭の中でも、特に勢いのある人物が一人。


「うわ! く、来るな——がふっ!」


 桔梗ききょうの木刀——敵から奪ったものだ——の一突きが、『邪威暗屠ジャイアント』の一員の土手っ腹に突き刺さり、沈めた。

 

 後ろからやってきた金属バットの一撃を木刀の摩擦で柔らかく受け流しつつ、真後ろにいた男の膝にある経穴「伏兎ふくと」を蹴り、足を一時的に麻痺させて転ばす。


 横合いから勢いよくタックルを決めようとしてきた男を、その突進の勢いを利用して軽やかに投げる。それに巻き込まれた他の敵がドミノのごとく共倒れとなる。


 ——腕の立つ『雷夫ライオット』のメンバーの中で、とりわけ桔梗の動きは異彩を放っていた。


 桔梗が修行している古武道『柳生心眼流やぎゅうしんがんりゅう』は、中国伝統武術によく似ている。拳法の技を、そのまま武器で使えるのだ。


 刀、木刀、棒、短棒……それらを持っただけで、桔梗の動きは劇的に変わる。鬼に金棒という言葉は、まさしく彼女のためにある言葉であった。


 それからも、桔梗単独で、冗談みたいな勢いで敵勢が削り取られていく。


 しかし、それでも、武士兜をかたどったフルフェイスヘルメットから覗く桔梗の表情はすぐれない。


 確かに、現時点では『雷夫ライオット』は健闘できているかもしれない。


 しかし、今行なっている戦術はもともと、短時間でケリをつけるためのものなのだ。『フォ流手ルテ』との抗争で圧勝したのもこの戦術のおかげだが、今回の二チーム連合は『フォ流手ルテ』よりも圧倒的に頭数が多い。


 攻撃は経穴を突けば最低限の労力で済むが、その節約した労力のリソースを、常時移動し続けるのに費やさせている。


 つまり、どれほど強い軍勢であろうと、しょせんは疲労する人間だということだ。

 

 敵は確かに削り取られているが、その勢いがどれくらいもつのかは分からない。


 敵を全滅させるのが先か、こちら側が疲れ果てるのが先か……そんなギャンブルを迫られている。


 ギャンブルのような状況から少しでも「場」を動かすのが、指揮官の仕事だ。


 しかし、今のこの状況では、そのための思考がうまく働かない。


 それどころか——妙な違和感さえ抱いている。


 まるで、誰かの手のひらの上で、滑稽に踊っているような……


 いずれにせよ、今の桔梗は、目の前の脅威に立ち向かう他無かった。




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 視点がコロコロ変わって申し訳ないです……

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