もしも県内一の底辺不良高校に入学してしまった「普通の少年」が宮本武蔵の『五輪書』を読んだら

新免ムニムニ斎筆達

サメだらけの水槽に、金魚が一匹迷い込んだような話。

 「人間性は、育った環境に左右される」。




 この論説に、僕——月波幸人つきなみゆきとは真っ向から異議を唱えたい。


 人間性は、育った環境で決まるとは限らない。


 結局のところ、その人間の行く末を左右するのは、「こころざし」の有無であると僕は思う。


 「志」が無い人は、すぐに周りに流され、染まってしまう。


 しかし、確固たる「志」がある人は、たとえどんな泥の中に放り込まれても、その泥の中で蓮であり続けることができるだろう。


 そう。「志」なのだ。「志」が、人生を決めるのだ。


 どのような苦境に立とうと、「志」さえ備わっていれば、最後にはものだ。


 そう。なんとかなるのだ。











 ————










「ウラー、テメェ、殺してやんよぉ!!」「うるせーカス、テメェが死ねやオルァ!!」「ごぉっ!? テメェー!! 殺すぞコラァ!!」「ごはっ!? やりやがったなぁ!? このドカスがぁー!!」「キンタマ潰してオカマにすっぞウルァー!!」


 聞くに堪えない罵詈雑言と、暴力のぶつけ合い。


 それは、長方形に広がる部屋のど真ん中で行われていた。


 中心に円いスペースを作る形で、たくさんの机や椅子が端っこに退けられていた。


 その円の中で、見るからにヤンキーって感じの男子二人が殴り合いを繰り広げていた。


 円のスペースの周囲には男女の生徒が喧嘩を見物していた。

 全員一人残らず不良って感じの見た目。

 喧嘩を止めるどころか「やーれ! やーれ!」とはやし立てている。

 中にはこの喧嘩の勝敗でトトカルチョしている輩までいる始末。


「…………」


 僕はそれを、部屋の片隅でちっちゃくなりながら呆然と見つめていた。


 足裏に違和感があると思って下を見ると、タバコの吸い殻を踏んづけていた。


 ——何でに吸い殻が落ちてるんだよ。


 僕は改めて周囲を見回す。

 卑猥な落書きで埋め尽くされた黒板。

 スプレーの落書きがある壁。

 カシスオレンジやらサワーといった酒類の空き缶が転がった床。

 殴り合いに熱狂する生徒達。


 やっぱり何度見ても変わらないそのスラムな情景に、僕は思わず天を仰いだ。


「…………入る学校、間違えたかなぁ」


 僕はそうひとりごちた。


 しかし、間違えてはいない。


 ここは正真正銘、僕が最後の滑り止め先として受験した学校。


 今日、入学式を終え、晴れて入学を果たした学校。


 僕がこれから三年間過ごし、将来僕の母校になるであろう学校。


 神奈川最低の学力、

 神奈川最低の偏差値、

 神奈川最低の学費、

 神奈川最低の治安、

 そしてを誇る、天下の悪ガキ高。


 沼黒ぬまくろ高校——通称「ヌマ高」。





 ……なんとかならないかも。

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