たとえばそこに交わらぬ二つの点があったとして
「
「そう。
迎えの車を運転しながら、マネージャーの
城山は、どんな仕事が来てもまずこうして遠流の意思を確認し、彼がやりたいかどうかを最優先事項に据える。あれこれ迷惑をかけている身としては申し訳ないが、配慮をしてもらえるのはありがたい。城山は遠流を一個人として尊重してくれている。
「確かに、記念碑的な番組ではあるようですね。そうしたものに呼んで頂けるというのはありがたいです」
「それじゃあこれは引き受けていいわね? よかった。先方も是非にってお話だから、ちょっと安心したわ」
「はい……そうですね」
笑顔で答えながら、心の中の引っかかりを辿る。この世の中に、同姓同名の人間はどれだけいるだろうか。いちいち気にしても仕方がない。けれど、その漢字の一致の仕方と、昏嶋貴子のプロフィールはあまりにそれらしい。こうして改めて記念番組を制作されるということは、きっとその分野では有名な人間なのだろう。彼女と腹の底が読めないあの男の出自に関係があるのなら、色々と腑に落ちる部分もある。
後部座席でじっとそんなことを考え込んでいる遠流を余所に、運転席の城山は明るく言った。
「えーっと、あとは……そうそう。またドラマのオファーが来てるの! なんと『去りし者たちの
「ああ、僕が駆け出しの時に出たドラマですね……」
「あれ凄く良かったでしょ! 私も折に触れて観ちゃう。あ、八谷戸くんは仕事を抑えてるわけだから、引き受けられるか心配かもしれないけど。ちゃんとスケジュールを調整して、このドラマを優先出来るようにするからね」
城山は、もう受けるつもりでいるようで、嬉しそうに顔を綻ばせている。当然だろう。あの天才小説家様の小説を原作にしたドラマなのだ。『去りし者たちの煉獄』は発売されて話題になっていたし、きっと面白いものになるはずだ。
けれど、遠流はにこやかに言った。
「いや、断ってください。あの人の小説を原作にした作品は、主演以外は受けたくないです」
「昏嶋貴子ってご存じですか?」
数日後、遠流は昏見に連絡を取ると、単刀直入にそう尋ねた。夜に営業をするバーのマスターであるから、明るい内に電話を掛けても繋がらないんじゃないかと思ったのだが、意外にも昏見はワンコールで出た。ありがたい話ではあるが、正直ちょっと気味が悪い気もする。
『えー、どうしたんですか? 八谷戸くん。突然お電話を頂けるなんて。私としては光栄な限りですが。いいですよ。私のことはとーっても仲の良い近所のお兄さんだと思ってください!」
「お時間取らせて申し訳ありません。失礼します」
『嫌ですねー、八谷戸くんってば。流石は人気アイドル! 一分一秒を惜しむ姿勢は貴いですけど、ジョークくらい許してください。はてさて、昏嶋貴子さんですか。その道では有名人ですよねー。というか、私は普通にファン? 的なところありますよ!』
「名前が似てますよね。血縁関係とかあったりしますか?」
『うんうん。こそこそ地道に調べてくれている
「どういうことですか?」
『こちらの話です!』
「……写真を見たんですけど、すごく昏見さんに似てるんです。おまけに
『生憎、私ってば譜中出身じゃないんですよね。私はフィンランド生まれなんです。おしなべて妖精さんはそこで生まれるものなので』
昏見は平素と全く変わらないトーンでさらりと言った。くだらない嘘を吐く時に、ここまで声の印象が変わらないのが恐ろしい。これに付き合わされている
結局、そこから五分ほど粘ったものの、昏見からはまともな言葉を引き出すことは出来なかった。仕方なく、嫌みなほど丁寧に礼を言ってから電話を切る。切った後で思わず舌打ちをすると、部屋の隅で
「どうしたの? まさかお腹空いてる? まだ料理残ってるけど」
比鷺は恐る恐るテーブルの上に載っている料理を指差す。それに対し、三言も「足りないならまだ作るからな」と言ってくる。
「いや、そういうわけじゃない。むしろお腹はいっぱいになってきた」
今日の
比鷺なんかは早々に完食を諦めて、銀色のノートパソコンに向き合っている。パソコンの使い方を教えてほしい、と三言に乞われて、色々とセッティングをしてあげているようだ。普段は絶対にインターネットに触れさせたくない相手だが、三言の為に役立つのならばいいだろう、と遠流は思う。隣に座る三言も、目を輝かせて画面を見つめているし。
「じゃー、イヤな電話だったんだ。やーっぱ芸能界って悪だよね。遠流が冷血修羅になるのも分かるわあー、怖いですわー!」
「うるさい。別に仕事の電話じゃない。……昏見さんに聞きたいことがあったんだけど、普通にはぐらかされた」
「ええ、あの人に連絡したの? あの人、なーんか怖くない?」
一気に警戒モードに入った比鷺が、あからさまに眉を寄せる。それに対し、三言が驚いた顔をした。
「どうしてそんなことを言うんだ? 比鷺は昏見さんに何かされたのか?」
「や、そういうわけじゃないけど……。なんかこう……あの人も俺の苦手な社会的地位のある大人じゃん? あと、何考えてるかわかんないし。それに、くじょたんが視聴者参加型のゲーム配信するとさ~、なんか『くらみん』って名前のあからさまにあからさま~な名前の視聴者が挑んでくんだよね。……嫌な予感がする……三言に分かるように説明すると、
話を聞きながら、遠流は何となく納得する。あの昏見
「おっそろしいことにさあ、日によって『くらみん』の強さが変わんだよね……そこそこの強さの日もあれば初心者染みてクソ雑魚な日もあって、たまーにあり得ないくらい強い日あんの。あ、あれリアル怖い話だからね……。昏見さんのこの意図が分からないことしてくる感じ、アホ兄貴と似た嫌さを覚える」
「ちなみに、お前はあり得ないくらい強い『くらみん』相手の時は負けるのか?」
煽るように言うと、比鷺は珍しく闘志に満ちた瞳で返した。
「は? 舐めないでくれる? ギリッギリだろうと俺はぜってえ勝つの。これに関してはまだ負けたことないし。舞奏競はともかくとしてゲームに関しては誇りを持ってやってるからね」
「舞奏競をともかくとするな。何がそこまでお前をゲームに駆り立てるんだ」
「天才ゲーマーとしてのプライドだっつの! ゲームだったら、化身持ちだから~とかあれこれ言われなくて済むしね」
「何かよく分からないけれど、インターネットって楽しそうだな」
設定が終わったのか、三言がノートパソコンを受け取りながら、楽しそうにマウスをクリックする。
「ふふん。まあ、これで大体出来ると思うよ。三言は覚えが早いから、一通りのことは出来るはず」
「ありがとう比鷺! 任せてくれ!」
「そんな大任みたいなこと言われても……それにしても、このノートパソコンどうしたの? 結構新しいし」
「これは、小平さんが新しく買ったものなんだ! でも、俺にも使わせてくれることになったんだ。嬉しいな」
「えっ、これ小平さんのなの!? いいの!? 三言に貸しちゃっていいの!?」
「大丈夫。変なことはしないから壊れたりはしないはずだ」
「うーん、三言の言葉は正しいはずなのに、ハチャメチャにフラグの予感がするのは何でなんだろうな。変なことはしないから壊れないはずだ、っていうのは真かもしれないんだけど、それが成立する状況っていうのが……」
比鷺が青い顔で言う。比鷺はちょいちょいこういう『フラグ』という言葉を使うが、妙なことを言って三言を不安にさせないでほしい。物を丁寧に扱う三言が小平さんのノートパソコンを壊すはずがないだろう、と遠流は思う。
「少し調べてみたいこともあるんだ。パソコンに聞けば色んなことが分かるんだろ? エゴサとかをしてみたいんだ」
「ちょっ、エゴサ!? え、エゴサは止めなよ! 他のこと調べな!」
「他のこと……? 調べてみたい単語で検索するのが、比鷺の大好きなエゴサ、だよな?」
「ふー、セーフ。それはエゴサじゃなくてパブサ。普通の検索。まあいいや、好きなように調べなよ。ていうか三言って調べたいこととかあるの?」
「色々あるんだ。
三言は少し考えてから、呟く。
「外国のレシピとか……旬のものを使った料理とかも。あとは……何が調べられるんだろうか?」
「何でも調べられるよぉ~。今や大抵のことがネットの海に放流されてるからね」
「それじゃあ、人の名前も調べられるのか?」
「勿論。八谷戸遠流、とかだと超出てくるもんね。でもさ~ネットにある遠流の情報、大体がアイドル仕様の嘘なんだよね~! ていうか、誰調べるつもりなの? 皋さんとか?
「えーっと……昏嶋貴子、っていう人がどんな人なのか知りたいんだ。あの人が、どうして舞奏が嫌いなのか、ネットには載っているかもしれないだろ?」
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