闇夜衆第三回ミーティング、その後で

 おかしい。七連敗なんてどう考えてもおかしい。

 萬燈まんどうに負けるのはまだいい。なんだか納得すらしてしまう。しかし、昏見くらみ相手にすら一度も勝てていないというのはどういうことだろうか。こんなことがあっていいはずがない。

 勝負の内容だってババ抜きから七並べまで色々なものを試した。確率的に言っても、その全てで負けるなんてありえない。しかし、勝てない。最初は冷静であろうと思っていたさつきも、五連敗を超えたあたりで穏やかでいられなくなってきた。

 しかし、自分で持ち込んだトランプで負けたからといって怒るわけにもいかない。皋もいい大人なのだ。手の中に残ったジョーカーを睨みながら、どうにか深呼吸をする。平常心、とにかく平常心だ。

「えー、所縁ゆかりくん弱すぎませんか?」

「は? お前マジでふざけんなよ」

「やだなあ、ゲームで負けたくらいでそんなに怒らないでくださいよ」

「皋、お前もしかして負けず嫌いか?」

「負けず嫌いとかそういう問題じゃないんだよ!! なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだって話!」

 昏見の言葉が呼び水となって、思わず大人気なく声を荒げてしまう。萬燈は「よっぽど負けず嫌いなんだな……」と納得したような微笑を浮かべている。が、そうじゃない。これはもっと根深い問題なのだ。

 ミーティングの後の沈黙に耐えきれず、互いのことを知る為にトランプを導入した。昏見はともかくとして、あの萬燈夜帳まんどうよばりがちゃんと乗ってくれた。

 やっぱり、ゲームっていうのは手っ取り早く仲良くなる為の手段なんだ! と感動したのも束の間、皋はただの一度も勝てず、二人に負け続けている。これで分かったことといえば、自分が闇夜衆くらやみしゅうの中で最弱なことだけだった。本当につらい。

「そんなにトランプが弱くて探偵としてやっていけるのか心配です」

 昏見が心底楽しそうな薄ら笑いで言う。

「はあ? じゃーお前、探偵がトランプ激強なミステリー読んだことあんのかよ」

「ありますよ。『三つの命題』とか『氷点下館の殺人』とか。あと、聖都市街シリーズのステファノ神父もそうじゃないですか?」

「…………………………へえ」

「なーんて、嘘ですよ。今言った本も探偵も存在しません。『え、もしかしてこいつって小説にも造詣ぞうけいが深いの? 俺より読んでる?』なぁんてこと思わなくても大丈夫です。いやー所縁くんったら小市民的ですね、可愛いですね」

「お前マジでどんな生活してたらそういう性格になるんだよ」

「怪盗行為が情操教育によかったのかもしれません。所縁くんも今度一緒にどうですか」

 涼しい顔で昏見が言う。わざとらしい言い方にも腹が立つ。トランプで勝ったからといってどうしてこうもマウントを取られるのか分からない。

 しかし、悔しいことに舞奏の実力も皋より昏見の方が上だ。怪盗なんて現実離れした代物を大真面目にやっていたからか、彼の身体能力は異様なほど高い。基本的にインドアに寄りがちな探偵とは雲泥の差だ。

「まあ、このままだと流石に皋が不憫だわな。いくら俺相手だからって実力差がありすぎる。ちょっとゲームバランスを調整してやるよ」

 慈悲じひ深くそう言いながら、萬燈が黒い手袋をめる。いかにも上等そうな革で出来たものだ。趣味が良い。

「萬燈さん、その手袋何」

「ハンデだよ」

「ハンデ……」

 訳も分からずそう繰り返す。すると、萬燈は真面目な顔で続けた。

「単純に絵札の方が使われてるインクの量が多いだろ。だからちっとばかし重いんだよ。あとは数字の十とか。でも、手袋越しならよく分からねえはずだ。お前も引く時に軽く意識して持ってみろ。集中すればそうそうババを引かずに済む」

「……こわー……」

 素直な呟きが漏れた。怖い。人間はそんなに感覚が鋭敏えいびんではないはずだ。そりゃあ使われているインクの量が違うことは分かる。だが、それが重さの違いに直結しているとは思えない。だって、紙だし。皋の背を、さっきとは違う汗が伝った。萬燈のことは、やっぱりよく分からない。

 ただ、怖いという感想を素朴に出せるようになったことは進歩なのかもしれなかった。今の皋なら、いきなり楽譜を見せられてもコード進行なんか分からない、と素直に言えるだろう。

「おっし、じゃあもう一戦いくか。お前、負けず嫌いなんだろ。だったら食らいつく様を見せてみろよ」

 革手袋を嵌めた手をぱちんと打ち鳴らしながら、萬燈が朗々と言う。

「またババ抜きでいいですか? 萬燈先生」

「それがいいだろ。一番運要素の少ないゲームだ。カードの重さと相手の反応で判断すりゃいいんだからな」

 残念ながら、ババ抜きは運要素の少ないゲームではない。後者はともかくとして、皋にはカードの重さなんか分からない。……まさか、最下位を逃れ続けている昏見もカードの重さが感覚的に分かっているのだろうか。そんな馬鹿な話があってたまるか、と思うと同時に、こいつならありえるんじゃないかという疑念が生まれる。

「そんなに見つめないでくださいよ、しょえたん」

「音読みで渾名あだなをつけんな、ゆかたんはどうした。クソ、もう一回だ。流石にこの状態の萬燈さんには勝ちたい! ぶっちゃけ何がどうハンデなのか分からなすぎるけど勝ちたい! この謎ハンデの上で負けてたまるか……!」

「おう、その意気だ」

 そう言う萬燈は、いつもより少し楽しそうに見えた。


「お前本当いい加減にしろよな!」

「えー、勝ったのにどうして怒ってるんですか。萬燈先生が一位、所縁くんが二位、ビリは私ですよ」

「わざとババ引きに行ってただろ! そっちの方が腹立つわ!」

 確かに、ちゃんと反応を見れば分かる。昏見は明らかに皋の反応を見て、引く札を変えていた。その上でわざとジョーカーを選んでいたのだ。そっちの方がより皋のプライドが傷つくと踏んだのだろう。最悪だ。遊ばれている。

「わざと負けようとしてることに、俺が気づかないとでも思ったのかよ」

「いいえ、気づくと思ったからやったんですよ。そうでなければ意味がありませんし。流石は所縁くん! 名探偵ー! すごーい! 格好いいー!」

 楽しそうに拍手をする昏見の横で、萬燈は左の手袋の上に更にハンカチを巻き付けている。どうやら、手袋だけでは足りなかったようだ。……恐ろしすぎる。これでは実質皋と昏見が二人で戦っているようなものだ。

 これからどんなことがあろうとも、萬燈と真剣な賭けをすることは止そう。分が悪すぎる。

「俺だって探偵に紙札遊びの才能が必要だとは言わねえよ。だが、あまりにも弱くねえか? 探偵ライクな観察力っつうのがお前にもあるはずだろ」

 煽りなどではなく、純粋な疑問といった風に萬燈が尋ねる。

「……いや、だって、別にこれ事件じゃないし。というか俺はどっちかっていうと、どうやって推理してるか自分でも分かってないタイプで……なんか証言とか証拠とかあたってると、勝手にひらめくものがあるの。ババ抜きにひらめきはないだろ」

 証拠もない。真相もない。あるのは勝ち負けだけだ。事件絡みじゃないからか、昏見が嘘を吐いているかどうかも分からない。

「所縁くんの推理はあんなに神がかっているというのに、ままなりませんね。本願、変えた方がいいんじゃないですか? トランプに絶対勝てるようにって」

 昏見がにやにやとした笑顔で言う。

「……うるせー、そんなこと出来るわけないだろ。こんなしょぼいことにカミの力を使ってたまるかよ」

 トランプをシャッフルしながら、皋はふてぶてしく言う。

 この集まりだって、本来は願いを叶える為のものなのだ。トランプだって、舞奏衆の仲を深める為の一環だ。それの為に願いを使うなんて本末転倒過ぎる。ミーティングの終わりから、時間もかなり経った。お開きにしてもいいんじゃないかと自分の中の理性は言う。けれど、皋の口からは頭で考えていることとは違う言葉が出た。


「だから、ラストもう一回だ」


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