闇夜衆初ミーティング、その後で

 大祝宴だいしゅくえんに向けての道のりはおおむね順調だといっていいだろう。


 昏見有貴くらみありたか萬燈夜帳まんどうよばりの二人と闇夜衆を組めたのは幸運だった、と皋所縁さつきゆかりは思う。天才小説家兼天才作曲家だという萬燈夜帳を味方につけられたのは言うまでもなく僥倖ぎょうこうだ。音と言葉の分野に関して彼の右に出るものはいないだろうし、単純に人気がある。観囃子みはやしの歓心を買うことが勝利に繋がる舞奏競まいかなずくらべにおいて、これほどのアドバンテージも無いだろう。

 昏見有貴の方も、悔しいことに組む相手としては悪くなかった。怪盗という明らかにふざけた前歴を持った男だが、そのふざけた前歴は確かな身体能力に裏打ちされたものだったのである。体力だって皋よりずっとあるはずだ。恐ろしいことに、昏見が息を乱したところすら見たことがない。げきとしてはこの上ない素質だ。

 自分は恵まれている。必ず勝たなくてはいけない状況において、この布陣ふじんのなんと心強いことか。

 しかし、皋はこの二人と会う度に得も言われぬ居たたまれなさに襲われる。というのも、皋はこの愛すべきチームメイトと何を話していいのかさっぱり分からないからだ。


 最初のミーティングは昏見が経営しているバーを貸し切りにして行われた。

 話し合い自体はスムーズに終わった。というより、最初だから話すことがほぼ無かった。舞奏社まいかなずのやしろに届け出をした件の報告と、スケジュールを擦り合わせくらいだ。本来ならそこで終わってもいいのかもしれない。

 しかし、何とも言えない微妙な空気の中、三人は未だにバーに残っていた。昏見は店主だからだとしても、萬燈までもが店に残るのは予想外だった。かの天才は右手でグラスを傾けながら、左手でタブレットを弄り続けている。探偵としての癖で利き手の確認までしてしまうが、その所作の滑らかさを見るに、恐らくは両利きだ。何をやっているのかはさっぱり分からないが、仕事か何かだろうか。売れっ子作家ともなればさぞかし忙しいに違いない。

 こう言うのも何だが、皋はかなり空気を読むタイプの人間だ。探偵なんてものを生業にしていたのだから当然かもしれない。探偵稼業はいかにして警戒心を抱かせず懐に入り込むかの勝負でもある。誰も解散を言い出さないのに自分一人だけ帰るのは気が引けてしまうのだ。というか、萬燈さんは家で作業した方がいいんじゃないのか。と余計なことを思う。

 舞奏衆まいかなずしゅうとはどんな距離感でやっていくものなのだろう。とにかく事務的にミーティングだけをこなしていくべきなのか、それとも少しは交流を図って絆を深めておくべきなのか。今は雑談をすべき時間なのだろうか。何もかも分からない。

 ちらりと萬燈の方を見る。真剣な面持ちには思わずひれ伏してしまいそうなカリスマ性がある。簡単に言うと、死ぬほど話しかけづらかった。

 なら目の前で薄ら笑いを浮かべている昏見はどうだろうか。……別に楽しく話したい相手でもないが、萬燈よりはハードルが低く感じる。意を決して、皋は重い口を開いた。

「おい、昏見」

「どうしました? 所縁くん」

 意外と普通に返されて困った。もっとこう、何かしらフランクに軽口を叩いてくれる流れじゃなかったのか。というか、お前そういうキャラじゃないの? と、裏切られたような気分にすらなる。

「……この店、お前の趣味なの?」

「そうですね。おおむね私の趣味です。禁酒法時代に隆盛りゅうせいした隠れ家のようなバーをイメージしていますから、去りしRoaring Twentiesへの憧憬が詰まっていますよ」

「へえ……………………」

 会話が終わってしまった。

 というか、自分の返しがよくなかったのも分かっている。へえ、は無い。もっとこう、あったはずだ。いつからやってるのかとか、なんでバーをやろうと思ったのかとか、怪盗と同じでバーも楽しいからやってるのかとか、ていうかお前がさも前提知識のように語ってるRoaring Twentiesって何? とか。

 けれど、探偵口上に頼らない皋の口からはどうにも空回りな言葉だけが出てきてしまう。

「まさかこの店自体が盗品ってわけじゃないよな?」

「そうまで出来たら大怪盗ですねえ。所縁くんってば冗談も言えるんですね、流石です」

 極めて雑な振りにも笑顔で対応されて、一段階気分が落ち込む。探偵と怪盗という間柄だった時はまだまともに会話が出来ていたはずなのだが、こうして改めて話すとなるとどうにもぎこちない。どうすればいいのか。

「皋、ちょっといいか」

 そんなことを考えていると、今度は萬燈から話しかけられた。平静を装いながら「どうした? 萬燈さん」と返す。すると、萬燈はそのままタブレットの画面を見せてきた。画面には音符のずらりと並んだ五線譜が表示されている。

「お前はこの進行についてどう思う。直感的な言葉で構わねえから言えよ」

 ……読めねえ~! と、直感的に思った。どんな曲なのかも分からないし、進行の意味すら察せられない。萬燈はどこまで行ってるのだろう。皋はどこに置いて行かれているのだろう。

「……萬燈さんらしいと思う」

 差し当たって、そんな言葉で誤魔化した。皋の社交力と口八丁が遺憾なく発揮された結果だ。萬燈は小さく首を傾げ「お前の中の俺はこんな感じか」と言った。言葉のチョイスをミスったのかもしれないが、今更取り返しはつかなかった。

 一方の昏見は「ここからトゥーファイブに行くなんて、萬燈先生は大胆ですね」なんてコメントを寄せている。トゥーファイブって何だろう。それは大胆なのか? 萬燈も今度はまんざらでも無さそうだし、何なら話も弾んでいる。え、昏見お前、もしかして進行とか分かっちゃうの? と思うと、皋の背に嫌な汗が流れた。さっきのといい、まさかお前結構博識なの? この裏切り者が!

 何だかとても虚しくなって、バーカウンターに突っ伏す。何が雑談だ。何が絆だ。


 思えば、皋は友人との雑談の経験がほとんど無い。元からあまり明るい性格でもないし、ここ数年は探偵活動に精を出し過ぎてプライベートはあって無いようなものだった。そんな人間が慣れないことに手を出すべきじゃないのである。

──どうせ、この関係だって舞奏競まいかなずくらべが終わるまでのものなのだから。


「あれ、どうしました? ゆかたん」

 皋が撃沈していることに気がついたのか、昏見が明るく話しかけてくる。萬燈は何か霊感を得たのか、一心不乱に作曲へと戻っていた。

「だーれがゆかたんだ」

「えー、折角素敵な渾名あだなで呼んで距離を縮めようと思ったのに。じゃあ考え直しますね。うーん、それじゃあこれから所縁くんのことは『よばりん』と呼びます!」

「本名に一ミリも被ってない上に紛らわしいだろうが」

「そうそう、所縁くんはそのくらいでいいんですよ」

 見透かされたように言われて、思わず言葉に詰まる。昏見はなおも笑顔だった。

「私達、きっと上手くやれますよ。所縁くんは賢いから考えすぎちゃうんですね」

「…………ぐ」

大祝宴だいしゅくえんに辿り着く為の舞奏衆なんだから仲良くならなくてもいい、ですか? そうかもしれませんね」

「心を読むな。大分キモいぞ」

「でも、私は愉快犯ですから、愛すべき名探偵と天才作家との交流を最大限楽しもうと思いますよ。そんな人間の隣で真面目腐ってるの、正直しゃくじゃありません?」

 それは確かに癪である気がした。上手いコミュニケーションも雑談のコツも分からないけれど、自分だけが悩んでいるのは悔しい。うつむいていた顔を上げて昏見の方を見る。それから、もう一度萬燈の方を見た。


 舞奏に関することはともかくとして、自然に話しかける言葉はまだ見つからない。悩んだ末に皋は、トランプの一組でも持ち込んでやろうと心に決める。

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