ドワーフが少女のために生活用品とか作る話
貯金缶
孤児のサーシャ編
第1話:これが無いと料理が出来ない。
寒空の中、髭の毛も髪もないドワーフのガラガラが道を歩いていた。
「いつもあるはずのものが無いと、風が身に染みる」
悲しみに満たされた様子で一人、呟いている。
「おーい、つるっぱげのおっちゃん。また、髪の毛と髭売ったの?」
道の角からざっくばらんにバッサリと切られた短髪の女の子が現れた。そのおでこは、街灯の明かりに反射して、つるっぱげと同様に光っていた。
その言葉に振り向きながら、ガラガラは答えた。
「そういうサーシャこそ、また、髪の毛を売ったのか」
「髪の毛って、意外と高く売れるからね。孤児院の家計の足しには、バッチリだよね」
何が楽しいのか腕を頭の後ろで組みながら答えるサーシャがガラガラの隣に並んだ。
「そういえばドワーフの髭って、何に使うんだろうね。男も女も切った髪はカツラ用でしょ。おっちゃん、何か知っているの?」
「基本的にドワーフは、髭を剃らないからな、貴重らしいことだけは知っている。今度、髪切り屋にでも聞いてみるか。それで、道の角で出待ちしていた所からして、また、飯を集りに来たのか」
「髪の毛を売る者同士のよしみで御願い」
自らの顔の前に手を合わせて懇願するサーシャ。その顔は、懇願するというよりも、今ならきっと売ったお金があるはずという事から勝利を確信している様であった。
「いくら何でも今回は、無理だな」
ガラガラがそういうと何もないポケットを見せながら言った。
「髪の毛を売ったばかりなのに、何でお金が無いのさ! 私の今日の晩御飯はどうすればいいのさ!」サーシャは、両手を上げて、冗談っぽく怒ったように聞いた。
「ざっくり言うと、競馬で負けた。今回は、1.1倍の銀行のはずだったのに、騎手が落馬して、無一文だ。1.1倍だから行けると思ったのに……」
ガラガラは、天を見上げて悲しそうに答えた。
「賭け事は、良くないことだと町の守衛さんが言っていたけど、買いたかったものは、やっぱり【しっぽ付き】なの?」
「皆が皆、【しっぽ付き】の良さを信じておらん。今のところ、儂だけがあの良さに気づいている。あれを収集する義務が儂にはあるのだ」
ガラガラは、胸を張りながら自信満々に答えた。
「【しっぽ付き】のことは置いといて、それで、私の晩御飯はどうするの? 何かおっちゃんの家に食べ物は残ってないの?」
サーシャは、頬を膨らませながら、ガラガラに質問する。
「家の中には、硬いパンと芋とか蕪くらいしか無いぞ」
「じゃあ、簡単なスープを作って、パンを浸しながら食べましょう」
パン! と手を合わせて、サーシャは言った。
「サーシャが料理できたとは、知らなかったぞ。ナイフの扱いでも院長から習ったのか?」
「まだ習い始めたばかりだけど、私ならできるはず」
どこからその自信が出てくるのか不思議だったが、サーシャとしては、そういう事なのだろう。
二人並んで、他愛ない話をしながら、ガラガラの家路につく。ガラガラの家は、他のドワーフと同じように炉が備えられた一軒家で、隣に【しっぽ付き】や商品を保管するための倉庫がある。
扉に付いたベルをリンリンと鳴らしながら、扉を開いて家に帰ってきた二人。勝手知ったる様子でサーシャは台所に向かい、ガラガラはテーブルの準備をした。
サーシャは、しっぽの付いた棚から、芋と蕪を取り出し、鍋に水を入れて、火打ち石で薪を燃やし、鍋を温め始めた。
「パンが見つからないんだけど、何処にあるの?」
「いつもの白い【しっぽ付き】の扉付き棚は分かるだろ。その上にある新しい黒い【しっぽ付き】の扉付き棚の中に入っているはずだから、調べてくれ」
ガラガラの言葉通り、サーシャにとっては、ちょっと高い所にあった棚の扉を開いて、パンを見つけた。相も変わらず良く分からない棚だなぁと思いつつ、パンを取り出してから、芋と蕪の下拵えを始めた。
少し悪い予感がしたガラガラが台所を覗くと、かなり危ない手付きでサーシャが皮を剥いているのが見えた。その手付きでは、皮ではなく指を切りそうだと思ってしまったガラガラは急いで台所に向かった。
「そんな手付きだと、指は切るし、そもそも時間が掛かりすぎる。儂が皮を剥くから、鍋の様子でも見ていてくれ」
ガラガラのその声にちょっとしょんぼりしながら、サーシャは、素直にナイフをガラガラに渡した。
「もっと簡単に皮が剥けるようになれればいいのに」
お玉で鍋をかき混ぜながら、サーシャは呟いた。
「何事も練習あるのみだから、くよくよするんじゃないぞ。儂だって最初は指を切りながら練習したものさ。ただ今日はもう遅いから儂がやる。また今度、お手伝いを頼むとしよう」
その後、芋と蕪のスープに硬いパンを浸しながら、夕食を食べた。
夜も遅かったので、サーシャはガラガラの家に泊まった。ガラガラのベッドは、サーシャに占領されたので、ガラガラは寒さを感じながら椅子で寝た。
次の日の朝、サーシャはガラガラの家から自宅である孤児院に元気よく帰って行ったが、ガラガラは、なぜか昨日のサーシャの言葉が頭の中に残っていた。
「もっと簡単に皮が剥けるようになれればいいのに」
そうガラガラが思い出しながら呟くと、何か天啓が閃いた。
ガラガラは炉に向かい、あり合わせの材料を組み合わせた。それは、二枚の刃を向かい合わせに中央の内側に隙間ができるように傾けて取り付けてみた試作品の刃だった。その刃に真っ直ぐな木の取手を付けて、I字状の試作品の出来栄えを眺めてみる
急造にしては、なかなか良さそうな雰囲気だと、ガラガラは思ったが、実際に上手くいくか分からなかった。
昨日の夕食の材料の芋が残っていたので、芋を手に取り、芋に対して、横向きに試作品の刃を押し付け、少し手前に引いてみる。すると、ガラガラの想像通りにナイフで剥くよりも簡単に芋の皮が剥けた。例えるならば、手首のスナップでするっと剥けた。
これならナイフで皮を剥けない人間でも、より簡単に剥ける
ただ、ガラガラにもドワーフとしての矜持があり、こんな急造品をサーシャへの贈り物にする気がそうそう無く、今回得られた知見をもとに、もっと使いやすい取手と刃を取り付けることにした。
そして、次の日の朝、ガラガラは、徹夜して新しく作った
孤児院に着くと、五月蠅い孤児どもが纏わりつくが、サーシャと孤児院長を見つけると、目的の
「なにこれ、綺麗な彫り物のナイフだけど、売り物?」
「売り物じゃない、贈り物だ。これは、サーシャがまだできていない皮を剥くのを簡単にする物だぞ」
「ここにいる小さな子供でも出来るの?」
「サーシャよりも小さな子供では難しいかもしれないが、こう横向きにして手前に引くと誰でも皮が剥ける。それに、皮剥きが出来ればサーシャのお手伝いの幅がきっと増えるだろう」
髭が無い顎をさすり、今度は、もっと綺麗な木彫り模様の取手にしようと思いながら、ガラガラは答えた。
「おっちゃん、ありがとう。こういう物をもらうのは、久しぶりだから。嬉しい」
そうサーシャが答えたとき、おでこが日光で反射し、光った気がした。
「ガラガラさん、いつもサーシャがお世話になってありがとうございます。それにこんな贈り物まで頂いて」
孤児院長が感謝した。
「儂が適当に作ったものですから、心配せずとも大丈夫だ」
その後、ガラガラは、心に何とも言えないやりきった気分で家路に着くと、ネズミ男と呼ばれる風貌だけで損しているが、それなりに有能らしい男が家の前で待っていた。
「ガラガラの旦那、今日の品を受け取りに来ました」
そう言われたガラガラは、適当に返事をし、倉庫に向かった。少ししてからガラガラが叫んだ。
「すまん! あと一つ。依頼の品が出来ていなかった!」
ネズミ男は困った顔をしながら、ガラガラへ近づいて言った。
「話のタネになるような何か代わりになるものがあれば、依頼主にちょっと待っていただくよう、言い訳が出来るのですが」
「これは、どうだろうか。というか、これで勘弁してくれ」
ガラガラは、サーシャに渡した
「これ、何ですか?」
「サーシャのような子供でも芋とかの皮が剥ける物」
「旦那、こんなの誰が使うんですかい?」
「ナイフを使うのが不器用なやつとかじゃないかなぁ?」
「うーん。とりあえず依頼主には、ちょっと待っていただくように話してきます。しっかりあと一つ作ってくださいよ。もちろん競馬に行かないように」
そういうとネズミ男は、ガラガラの家から去って行った。
ガラガラが大急ぎで依頼品を作り終えたちょうどその頃に、ネズミ男が戻ってきた。
「旦那、依頼主と話していたのですが、なんだか良く分かりませんが、売れそうという結論がでました。聞きたいのですが、この
「ちょっと待っていろ。ここをこうして、ほれ、今一つ作ったぞ」
ガラガラは、ネズミ男に今しがた出来たばかりの
「つまり、本当にすぐ作れる構造なんですね。それに、これは、何より他の工房で作れそうだ。この皮剥き器を他の工房で作ってもらってもいいですか?」
「いいぞ」
ガラガラは、ぶっきらぼうに答えた。
「それよりも残りの依頼品は、持っていかなくていいのか?」
「おっと忘れるところでした。それでは、毎度ありがとうございました。今度は、仕事を忘れないでくださいね」
「もちろん。競馬が無ければだが」
あくる日、サーシャは、ガラガラから貰った
「おはようございます。サーシャです。おばさん、お手伝いに来ました」
「おはよう、サーシャちゃん。今日は、テーブル拭きからお願いしようかね」
そう返答されたサーシャは、早速布巾を使って、テーブルを拭き始めた。テーブルを拭きながら、おばさんに話の種として皮剥き器の話をした。
「おばさん、ガラガラさんから
「試しにお願いしてみようかしら、皮剥きができるならお給金にもう少し色をつけてあげましょう」
野菜を洗っていた手を拭きながら、おばさんは言った。
「サーシャちゃん、台所に来てちょうだい。どの野菜の皮が剥けるのか教えてくれる?」
サーシャは皮剥き器を手に台所に向かった。おばさんに聞かれた野菜を前にしつつ答える。
「えーと、確か芋とか蕪とかの野菜です。この芋で試しますので、見ていてください」
ガラガラの教えた通りに刃を横向きに当てて手前に引いた。芋の皮がするりと剥けた。
「おばさん、どうでしょうか? 任せていただけますか?」
「これ位簡単に皮剥きが出来るなら、皮剥きもお手伝いしてもらおうかしら」
「おばさん、ありがとうございます」
サーシャは、おばさんにお礼をした。これで僅かながらもお給金が増えれば、孤児院の足しになるだろう。
「ところで、この
「よく分からないので、今度、ガラガラさんに聞いてみます」
「今度来た時にでも教えてね。お願いね、サーシャちゃん。とりあえず芋と蕪から皮剥きをお願いするわ」
サーシャは、
「お手伝い、ありがとうね。今日のお給金は、これ位ね」
おばさんが渡してくれたお給金は、言葉通り、いつもよりも少し多かった。
「おばさん、ありがとうございます。また入用があれば、お手伝いしますので、よろしくお願いします」
サーシャのお手伝いは、大成功だった。
ガラガラが作った
一方で、ガラガラが作った皮剥き器は、刃はもちろんだが、特に取手の木彫り模様が綺麗だったので、女性に受けた。近所の奥様方からの注文が殺到して、一時期
奥様方からの評判は良かったが、一流と謳う料理人からの評価は悪かった。曰く「料理の腕が落ちる」だとか、「下っ端の皮剥きは技術の向上のためにあるので、堕落する」とかだったが、一般的な料理店では、普通に使われるようになった。どの店も下拵えが早く終わるに越したことはないと感じていた。
その話を何処からか聞きつけたサーシャとネズミ男が【しっぽ付き】をガラガラの家に持ってきた。
「ガラガラの旦那、ちょっと面白い【しっぽ付き】があるのですが、おひとついかがでしょうか? お安くしておきますよ」
「こっちのおじさんのは、ともかくとしてこっちの【しっぽ付き】の方がいいと思うよ。小さくて可愛いし、今ならこの値段でどう?」
「いきなり来たのはともかくとして、とりあえず詳しい話は、家に入ってからしよう」
ガラガラは、二人を家に招き入れ、テーブルに座らせると、お茶の用意を始めた。
「まずは、ネズミ男からだ」
お茶をネズミ男とサーシャの前に置きながら、ガラガラはそう言った。サーシャには、ちょっとしたお菓子を追加で置いといた。
サーシャがお菓子に夢中になっている最中にネズミ男が話し出す。
「以前、依頼品を頼まれたお客様から譲っていただいたのですが、最初は良く分からないポットだったのですけど、これがなんとしっぽが後から付けることができることが分かりまして、これは珍しいものだと確信しまして、ガラガラの旦那に買ってもらおうと思った次第でして」
確かにネズミ男の前にある奇妙なポットには、【しっぽ】がついている。ネズミ男がしっぽを引っ張ると、ネズミ男の話通り【しっぽ】がスポッと抜けた。【しっぽ】が抜けた所に【しっぽ】を取り付けると、ピタッと引っ付いた。【しっぽ】が抜けるものは、そんなに無かったはずだから、中々珍しいとガラガラは思った。
お菓子を食べ終えたサーシャが身振り手振りで陽気に語りだす。
「あのね、そのね、ガラクタの山を掘り出して、金目の物を探していたんだけど、そしたらさ、奇妙な形がするものがあってさ、ガラガラのおっちゃんが好きそうな形だと思って、孤児院のみんなで掘り起こしたんだ。掌の上に乗せられる位のこんなに小さくて【しっぽ】がついていているから、多分見たことないんじゃないかと思って、持ってきたの」
サーシャが持ってきた【しっぽ付き】は、サーシャの話した通り、掌の上に乗せられるくらいに小さかった。ただ、いつも集めている【しっぽ付き】の【しっぽ】の形状が異なっていた。
ガラガラは少し考えた後、両方の【しっぽ付き】を買うこととした。
「ありがとうございます、旦那。また面白いものがあれば、持ってきます」
頭を軽く下げて、ネズミ男が帰って行った。必要な時に現れるが、いつものことながら後ろ姿は胡散臭い男だった。
「ガラガラのおっちゃん、また持ってくるねー。お菓子もありがとう」
サーシャが手を振りながら元気よく飛び出して市場の方に駆けていった。今日の晩御飯でも買いに行くのだろうかとガラガラは思った。
お金も無くなってしまったので、新しい
それとは別にガラガラは、他のドワーフ同様、絡繰りを作りたくなる性分なので、絡繰りを使った
ガラガラの髭が少し伸び始めた頃、ガラガラの家にネズミ男がベルを鳴らしながら入ってきた。
「旦那、ちょっと前に新しい皮剥き器ができたと小耳に挟みまして、儲け話でもございませんか?」
「いつもならいきなり来て何事だと言いたいところだが、ちょうどいい絡繰りを使った
「へぇ、ちょっと見せていただけないでしょうか?」
「少し大きいからここには無い。倉庫へ行くぞ」
ガラガラとネズミ男は、ガラガラの家の倉庫に向かった。倉庫の中には、大人の背と同じくらいの高さの絡繰り式の
「どうだ、これなら芋なんかよりももっと大きいものでも皮が剥けるぞ」
「ちょっと旦那にお聞きしたいんですが、どの野菜の皮を剥くことを想定しているので? この大きさの芋なんか聞いたことが無いのですが」
「それもそうだな。聞いたことは無いが、世界のどこかにはあるはずだ。問題無かろう」
ネズミ男が呆れながら、ガラガラに伝える。
「さすがにこれは売れませんよ。何より大きすぎます」
ガラガラは、顎をさすりながら、少し考えて提案した。
「この大きい奴を作る前に、同じ構造の模型を作って見たのだが、これでいいんじゃないか。ちょっと見てくれ。ほれ、これだ」
倉庫の奥から小さい絡繰り式の
そのままガラガラは、使い方を話し始めた。
「まず、この三本の針に芋をこう差し込む。そのあとに上からもう一本の針を差し込んで芋を固定する。ここで……」
ネズミ男にとって、悲しいことに、ガラガラの話は長くなった。
「そうしてだな。聞いているのか。ここがこの絡繰りの肝だぞ、ここのハンドルを回すとだな、ここの刃が下に移動しながら、芋が回転して皮が剥けるんだぞ」
ネズミ男は、両手を広げて、前に突き出した。
「旦那、とりあえず私が分かったことを伝えますと、絡繰りは素晴らしいということとこの
「なんでだ。こんなにも簡単なのに」
「ドワーフにとっての簡単は、大体普通の人にとっては簡単じゃないんですよ。それに確かに先ほどの
「うーむ。それは困ったぞ。最近の稼ぎは、大体これに費やしてしまった。部品取りとして分解するとしても、何かに流用できるかどうかも分からん」
「まぁ、今回の儲け話は無かったということですね。ちょっと用事を思い出したので、お暇させていただきます。旦那、また今度伺いますので、その時はよろしくお願いします」
ネズミ男は、足早に去って行った。残ったのは、ガラクタとなった絡繰り式の
「そうだ。また、競馬で一発逆転を狙おう」
そう決心したガラガラだった。
もちろん、そんな奇跡は起こらなかった。
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