HP五兆の挑戦
それからも、俺達は世界を平和にするための旅を続けた。
もちろんその間だって、俺は一瞬たりとも気は抜けない。
なぜなら――。
「あぶなあああああああいッ! ぐわあああああああ!?」
「た、タクトーーーー!?」
「助かったぜタクト……。まさか、いつのまにか俺の周りにスズメバチが飛んでたなんて……」
「き、気にするなディライズ……! お前なら普通の蜂に刺されてもノーダメージだろうが、流石にスズメバチは〝びみょーなライン〟だからな……!」
「動かないでタクト、すぐにスズメバチの毒を抜くからっ!」
こんなのとか。
「あぶなあああああああいッ! ぐわあああああああ!?」
「た、タクトーーーー!?」
「助かりましたタクトさん……! まさか、道の途中に上を向いたままの〝画びょう〟が落ちていたなんて……」
「き、気にするなハルート……! お前は他の奴らより体が弱いからな……。たとえ画びょうを踏んづけただけでも、1ダメージ喰らってしまうかもしれないだろ……!?」
「動かないでタクト、すぐに足の裏の画びょうを取るからっ!」
こんなのとか。
とにかく、俺は常に全身全霊でみんなを守り続けた。
もちろん、俺が守るのはディライズやハルート、ピヨリだけじゃない。
道端で転んだ子供がいれば真下に滑り込んでクッションになり、鳥のフンの直撃を受けそうになったおばあさんがいれば、すかさず俺が傘になった。
そしてそんな俺達の活躍で、魔王軍は段々と後退していった。
俺達は沢山の人や国の王様からお礼を言われ、やがて後は大魔王との最終決戦を残すだけになった――。
「いてて……っ」
「だ、大丈夫タクトっ? ごめんね、いつもいつも〝HP1ずつしか〟治してあげられなくて……」
大魔王との決戦を明日に控えた夜。
俺はいつものように、今日一日で受けたダメージをヒーラーのピヨリに治して貰っていた。
この治療はいつも時間がかかる。
なぜなら、ピヨリは三十年前に存在した大勢のヒーラーと違って他人のHPを〝1ずつしか治せない〟からだ。
ピヨリだけじゃない。
今のこの世界のヒーラーは、大魔王の呪いの余波で全員HPを1ずつしか治せなくなってるんだ。
「謝るなっていつも言ってるだろ? ピヨリにはいつだって感謝してる。時間がかかっても、1ずつでも。俺がみんなの盾でいられるのはピヨリのお陰だ」
「うん……。でもやっぱり、私も昔のお母さんやお婆ちゃんみたいに、皆の傷をすぐに治せる魔法が使えたら良かったのに……」
「ピヨリが生まれた頃には、もう大魔王の呪いが世界を覆ってたからな……」
「そうだね……。もし私が昔のヒーラーみたいに沢山のHPを回復出来ても、普通は意味なんてないもんね……」
HPを回復してもらう間、俺とピヨリはいつも色んな話をした。
でも最後はいつだってピヨリは申し訳なさそうに俯いて、俺にそう謝ってきた。
大魔王に呪いをかけられる前。
ヒーラーはパーティーの中心だったらしい。
皆の命を守り、ヒーラーが無事かどうかがパーティー全体の運命を左右する。
俺も子供の頃は、ヒーラーと盾役の騎士の英雄物語を何度も聞いた。
けど今は違う。
ヒーラーは、誰の命も救えない。
1ダメージで死ぬ奴を、助けることはできないんだ……。
「ありがとう、タクト……。私……タクトと出会えたお陰で、初めて自分の回復魔法が人の役に立つんだって思えた。1ずつしか回復できないけど、それでも……」
「ははっ。そんなの、俺だっていつも助かってるよ。いくらHPが五兆あっても、減るだけで回復しないならいつかは終わる……。ピヨリがいてくれるお陰で、俺はいつだって恐れず、全力で皆を守れるんだ!」
「うん……! 明日の戦い、絶対に勝とうね……タクト!」
「ああっ!」
大魔王の呪いのせいで色んな人が運命を狂わされた。
無数の死ななくても良かった筈の命が失われた。
でもそれも明日で終わる。
いや、絶対に終わらせてみせる。
いつも俺を支えてくれるピヨリに心から感謝しながら、俺は明日に迫った大魔王との戦いに決意を燃やした――。
――――――
――――
――
そして、決戦の朝――。
「うおおおおおお! 待たせたな勇者パーティー! 大魔王との決戦のため、国王陛下の命を受けた我ら〝連合軍兵士百万人〟も君たちに加勢するぞうおおおおおおお!」
「は?」
「ハーーーーハッハッハ! よく来たな愚かな人間共! そして勇者共よ! だがここまで退いたのも全ては我が計算の内! 既に貴様らの強さの要が〝HP五兆の男〟だということは把握済み……! ならば聞いて絶望するがいい! 大魔王である我が究極の一撃は……〝攻撃力五兆〟だ――ッ!」
「はああああああああああああ!?」
俺はタクト・トリリオン。
HP五兆の男だ。
そして……そんな俺にとって最後の挑戦が今、始まろうとしていた――。
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