「お前の魔法は雑魚だ」と実家を追放された貴族の俺、山で魔剣片手に剣術の修行をして10年経ったら最強になっていた

一森 一輝

1話 捨て子は魔剣と共に消えた

 蹴り飛ばされ、転ぶ。


 俺は屋敷の正門で、泥まみれになって転がった。降りしきる雨。投げ出される荷物。


 父は言う。厳格な、貴族の、育ての父。ブラッドフォード侯爵が。


「どうした? 早く消えろ。お前にはうんざりだ」


「……」


 俺は、黙って荷物をかき集める。泥まみれになった財布、亡くなった実父の形見の剣。俺のそんな姿を見た今の父、養父ブラッドフォード侯は、舌打ちをする。


「重ねて言うが、お前には心底がっかりさせられた。何だ? あの魔法は。神々に訴えかける力のない詠唱は。お前は、この家にはもう必要ない」


「……分かってますよ」


「何だその態度はぁッ!」


 顔面に蹴りをお見舞いされ、俺はさらに泥の中に身を投げだした。冷たい雨が、泥が、服にしみ込んできて俺の体温を奪っていく。


 俺はそれでも、黙って荷物をかき集め、立ち上がった。そして養父に一礼し、門を出ていく。


「―――後悔しても知らんぞッ! この、恩知らずがッ!」


 養父はそう言って、家の中に入っていった。束縛する養父。自分の思い通りに行かないと癇癪を起こす養父。


 今回も、いつものように俺に言うことを聞かせるためだけに「追い出してやろうか」と言った。


 だから、それに頷いてやった。俺は雨に打たれながらも、歯を食いしばり、虚空を睨みつける。


「ああ、清々した」


 俺は剣を携え、山へと向かう。






 俺の生まれは、とある貴族の剣術家の息子だった。


 だが、不幸があって父は―――実父は魔物によって亡くなった。母もおらず、俺は父の財産を受け取って、孤児となった。


 それを育てたのが、養父だった。養父は、実父とは違い魔法で知られる名家の当主。だからか、俺の剣を許さず、魔法を押し付けた。


「ブレイズ、何を怠けている?」


「ブレイズ、お前は本当にそれが本気なのか? もっと高らかに神への賛美を歌うことはできないのか」


「ブレイズ、お前の魔法は本当にひどいものだな。その辺の雑魚と何も変わらないぞ」


 だが、俺には魔法の才能がなかった。


 養父には毎日の様に罵倒され、血のつながらない兄弟たちには嘲笑の目で見られていた。あの家には俺の居場所なんてなかった。


 だから、こんな場所抜け出してやると思った。


「『出ていけ』、か。『分かりました』って言ったときの奴の顔はなかったな。売り言葉に買い言葉。引っ込みがつかないと思ったのは正解だった」


 俺は口端を吊り上げながら、剣のみを背負って山を登っていた。


 領地でも、もっとも魔物が多く存在する山だった。魔境山。ほとんど入る者もいない、恐れられる山だ。


 本来もっと人里から離れた場所にいるような危険な魔物が、うじゃうじゃと生息している、という話だった。それに抗する役目を担ったのが、代々ウチの家だという。


 例えば、一匹では雑魚だが群れれば街を滅ぼすゴブリン。常人では太刀打ちできない太古の魔術師が残したゴーレム。果ては神となることを拒否した古龍。


 どうせそのまま村に降りても、何かしら父の手が入って無理に呼び戻されることは分かっていた。だからいっそのこと、俺は剣一つでこの山で武者修行をしてやろうと思ったのだ。


「ああ……これで、お前を振るってやれるな」


 背中に背負う剣をそっと撫でる。剣への愛情は、実父譲りだった。10歳の、父が亡くなるあの日まで、俺と父は似たもの親子で剣の修行に打ち込んでいたのだ。


「どれだけ待たせたか。だが、すぐだぞ。すぐに、お前に敵を切らせてやるからな」


 俺は蕩けるような手つきで、背中の剣を手に取り、頬擦りする。そして気配に反応して、抜いた。


 鯉口を切る。ゆっくりと、ゆっくりと抜いていく。俺は鞘を腰のベルトに差し込んで、目の前に現れる魔物に剣を構えた。


 途端、俺の手に何かぞわぞわとしたものが上ってきた。敵を斬れ。そう囁いている気がする。


「ああ、斬ってやる」


 目の前に現れるのは、ヘルハウンドだった。漆黒の毛皮を持った、地獄の猟犬。その毛皮は火薬を含んでいるとされ、触れるものをみな爆発させる。


 俺はそれに、ニと笑う。


「さぁ、やろうか」


 ヘルハウンドが、飛び掛かってくる。


 それを、俺は触れずに躱した。さらに足に力を籠め、泥でぬかるんだ山を一転して下る。


 ヘルハウンドは無論追いかけてくる。自らが狩る側であると誤認して。俺はそれにニヤリとわらって、足元に転がっていた石を拾って、後ろ手にヘルハウンドに投げつけた。


 爆発。煙が広がる。俺は気の裏に隠れ、手だけ少し出してその衝撃を確かめる。


「ああ、なるほど。なら、


 煙の中からヘルハウンドが飛び出してくる。俺は笑いながら、さらに山を駆け下りていく。


「ああ、楽しいな! バカバカしい神への賛美だの、詠唱だ何だというのよりも、よほど楽しい! 生を実感する! だろう? 魔剣ティルヴィング!」


 俺は笑いながら、石の礫をもう一つ拾った。投げつける。爆発。


 俺はその爆発の中に、タイミングを見計らって飛び込んだ。


 体を覆う熱。熱いが、耐えられないほどではない。


 父さんから、聞いたことがあったのだ。ヘルハウンドは爆発するが、連続爆発はしない。煙に包まれている間、ヘルハウンドは次なる爆発へのエネルギーを溜めているのだ、と。


 だから、そこを突けばいい。俺は煙の中に包まれ、呼吸を止めて気配を探った。そして、魔剣を振りかぶる。


「見つけたぞ、犬っころ」


 躊躇いなく振り下ろす。確かな手ごたえがあった。すぐさま残心し、隙なく他の敵の奇襲、あるいは仕留め損ねによる反撃に備えたが、何もなく煙は晴れた。


 そこには、ヘルハウンドの首の落ちた死骸があった。魔獣は、こう言う自然の中では吸収されない。肉として、素材として、ここに残る。


 俺はにっこりと笑って、ヘルハウンドの死体を担いで、ここまでの道で見た川へと戻る。


 幸い川は離れていなかった。俺はヘルハウンドの死体を川に浸け、その流水で血抜きをする。押さえているのも面倒だから、適当な岩を重石にして、その隙に火おこしの準備をする。


 そうして血抜きの終わったヘルハウンドの死体を、俺は魔剣で切り裂いて、火であぶって食べ始めた。初めての狩りとその成果は、調味料がなくて味気なかったが、悪くなかった。


 だってそれは、大きな自信になったから。


「うん。よかった。問題ない」


 俺は頷く。


「俺は、この山で、生きていける」


 なら、今まで禁止されてきた分、修行に明け暮れるとしよう。魔物を狩り、食らい、剣を磨こう。


 きっと楽しいぞ。俺はそう思いながら、火で服を乾かしていく。

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