第53話:愚の貫徹
「ここか……逃げられないように囲っとくか」
ドクターローチに影糸の居場所を教えてもらった俺は、影糸のいるらしい酒場の地下、そしてそこから地下道へと続く通路を封鎖した。複数の分体を生み出し、配置した。酒場の地下室から先に入れば影糸に逃げられてしまう可能性があったため、俺は直接地面に大穴を空け、分体に通路を先回りさせた。
全ての出入り口を囲った。もしこれを突破するなら分体を倒す必要がある。
俺は分体を配置し終わった後、ドクターローチと共に酒場へ入る。
「く、クロー様!? こ、これはいったい!」
「悪いな店主、だが通してもらうぞ。もしそれで何かあれば、俺が責任を取る。必ずお前を守る」
「ああ! でも、しかし!! 困りますよ!」
「──眠っていろ」
睡魔の呪い、耐性のない、格下の存在を問答無用で眠らせる呪い。俺が創造してできた呪いであり、俺が魔王と呼ばれるまで強くなってから生み出した呪い。
酒場の店主も従業員も客も、警備も全員が一瞬で眠った。俺と耐性のあるドクターローチだけが平然としている。俺は足で床を踏みつけ、音の振動を感じ取る。
「ふむ、どうやらこっちのようですな」
俺よりも先にドクターローチが音の反響を分析し終わり、地下への入り口を発見した。酒場の厨房側にある大量の酒樽のある部屋、そこにある酒樽の一つをどかすと地下への入り口があった。入り口は大きな穴で、どうやらはしごを使って乗り降りするようだった。
俺とドクターローチは入り口から地下へ飛び降りた。
「えっ!? うわぁ! く、クロー様!?」
「お前らみんな同じ反応だな? まぁ、俺も人のこと言えねぇがな──眠っていろ」
地下に降りてすぐ、監視役? の男がいた。近くにははしごがある。多分本来は、地上の入り口、大穴から合言葉なりを言って、地下からハシゴをかけてもらうんだろう。
「上位者相手にはあまり意味はないですが、緊急時に敵もろとも道連れにするためでしょうな。さっきの音、ちゃんと分析しましたかな? この地下空間は意図的にウィークポイントを残してあります。おそらく魔法か爆薬を使って崩落させることが可能、宿主どのが地下道への通路をカットするために大穴を空けた時も、地下室への入り口を探すために床を踏みつけたのも、力加減を間違えていれば、影糸を殺していたかもしれませんな」
「ええええええええええ!? あぶな……仕方ない、何があるかわからんし補強するか」
俺は意図せぬ崩落を防ぐために魔蟲の骨系パーツで出来た触手を伸ばし、地下道に張り巡らせた。構造の補強が終わったところで触手を切り離し、俺とドクターローチは歩みを進める。
重厚な鉄の扉がある。警備が二人いるが、俺の触手を見ただろう二人は、俺とドクターローチに何も言わず道を譲った。扉を押して開く。
「ぱ、パパ……」
「パパ? って、あれ……お前が、影糸か? マキと同じ感じだけど……大人の体?」
そこにはマキがちょうど大人になったような姿の女性がいた。俺を……パパと呼んでいる。
「ご、ごめんなさい……ワタシはぱ、お父様と会ったこともないのに……混乱してしまいますよね。そうです……ワタシが影糸、マキの捨て去った、甘さが人の形を取った者」
影糸は寂しそうに顔を伏した。たしかに……この変に俺に遠慮するような感じは憶えがある。マキも影糸もそこは変わらないらしい。
「いや謝らなくて良い。お前の好きに呼べばいいよ。俺も、お前とマキのことを、自分の子供のようなもんだと思ってる。何も間違ってない……間違ってんのは俺だ。お前たちを子のようだと思いつつも、どう接するべきなのかが、よく分かんなくてよ。その結果……お前たちを苦しませたみたいだからな」
「そ、そんな! ワタシとマキが勝手にやったこと、進んで苦しんだだけ……パパは何も悪くない!」
「いいや違うね。親であるはずの俺は、一方的にお前達に支えられていただけだ。そりゃ違うだろ? 俺が馬鹿で迷ったから、起きたこと。俺がちゃんと伝えるべきだった。俺が何を思い、お前たちに何を望むのかを。影糸、マキもお前も、俺が生み出した存在だ。その行動の責任は俺にもある。責任だけじゃない、俺たちが親と子であるなら、俺がお前達を守らなきゃいけなかった。言い訳になるけどよ、お前ら優秀過ぎんだわ……しっかりしすぎでさ、子供に見えなかった。でも、違った。子供の部分を隠してただけだったんだ」
「ぱ、パパ──」
「俺はな。別に、赤の他人、知らねぇヤツのためだって命を懸けられる。俺はそういうヤツだからだ。だったら、親しいヤツのためになら、俺はどこまで懸けられる? それが、親と子の関係で、俺が親であるなら? どこまで懸けられると思う? 命では足りないさ、たった一度の人生では足りない。何度生まれ変わろうと、その度にお前達を守る。ずっとずっと先の未来でも、俺は俺の全てを懸けて、お前たちを笑っていられるようにする。それが、俺の望むこと。だからよ、もうやめろ。俺のために苦しむな。俺は死んだっていい、お前たちが幸福を手放さないで済むのなら本望だ」
「あ、ああ……うわああああああああ!!」
影糸は大泣きしていた。大人の体で、子供のように泣いていた。地べたにへたり込み、弱々しく、懺悔するかのようだった。その姿を見るだけで、こいつがどれだけ俺を想っていたのかが分かった。会ったこともないはずなのに、そこに俺とこいつの繋がりは、確かにあったんだ。
「マキ……聞こえたでしょう? パパ達に、バレたよ……もう、無理だよ。やめにしよう? ……え? 待って……マキ!?」
影糸に生えた翼が光りだした。光は虹色の輪となって、その輪の中からマキが出てきた。
「ウィングゲート……そんなことしたら、お前の翼が……」
影糸は口を手で覆い、マキを見ていた。マキの片翼は千切れ、赤く血に染まっていた。
「ウィングゲートに自分を運ばせるなら、こうする必要があったんだも」
「ま、マキ!! お前、どういうことだよ。どうしてお前達が殺し合いなんてするんだ」
俺はマキの顔を見つめて問いただす。マキの表情は冷たい、俺を見透かすような目で見ていた。
「お兄さんを今まで支えてきた組織、羽の風糸、それがあたしと影糸の組織だも。だけど、組織は二つの派閥に別れだしたんだも。影糸はあたしが邪魔だと思って捨てた甘さから生まれた存在で、二人に別れてから……影糸もあたしも別々の方向へ進んでいって、変わっていってしまったんだも。あたしはより冷徹で邪悪に、影糸は正義感と人を想う心を育てた。時が経てば絶つほど、あたし達は離れていって、それに呼応するように、組織も二分されていく……このままじゃ、組織は分裂してしまうも。だから、組織を一つにするために……どちらかが死に、正当な支配者を決める必要があるんだも。どちらが死んでもその目的は達成されるも」
「賢いお前らなら、もっといい方法も思いついたんじゃないのか?」
「色々方法はあるけど、状況がそれを許さないも。ファーカラルもアラバイルも今は動きを見せていないけど、組織がもっと大きくなって、分裂が原因で大きな抗争が起きたなら、やつらが付け入る隙になるも。今の、早い段階なら……その隙も小さいも。強引ではあるけど、それが一番被害が少なく済む方法なんだも」
被害を減らす……か。マキは冷徹で邪悪になったって言ったけど……本当にそうなら被害を減らそうだなんて発想にならないんじゃないのか? それとも、ただのリスク管理の問題だとでも? けどよ、マキが俺のために動いているのは事実だ。その時点で、こいつには俺を想う心があるのは間違いない。
「で? 具体的になんで派閥が別れてんだ?」
「ワタシがマキのやり方についていけなくなったのが原因。ワタシだけでなく、組織内でもそういった者は多い。逆にマキの過激なやり方を支持する者も多い……具体的な事案で言えば、ワタシはパパの魔蟲を使って生み出した宿主化の咎人……魔蟲を使って洗脳した咎人を教育して解放したけど、マキは実験材料にした。拷問よりももっと酷い、魂にまで手を入れた……ワタシは、ファーカラルと同じような事をするのはもう限界だった……止めるには、もうマキを殺すしかなかった」
「……マキ、どちらが死んでも目的は達成されると言ったな」
「い、言ったも……」
「ならどうして逃げた。なぜ影糸に殺されることを選ばなかった。逃げたってことは、戦況的に不利だったんだろ? この街の全ての人が、お前を探す俺にその存在を隠そうとした。それって街全体がお前の敵ってことだ。勝ち目があると思うのか? それとも、街ごと滅ぼせば勝てたりするのか? けど、それじゃ組織の人材は減っちまって本末転倒か」
「お、お兄さん……? お兄さんは、あたしが……マキが死ねばいいと思ってるのかも……? あ、あたしが……邪悪で、影糸の方がお兄さんに似てるから……いらないのかも?」
「──本当にどちらが死んでもいいと思ってるのなら、効率だけを考えているのなら、お前は影糸から逃げず、素直に死んでいたんじゃないのか? 分からないか? マキ、お前は生きたいんだよ。だから諦めきれなかった。影糸も、マキも、生きていたかった。マキ、お前の考えた効率なんてな……前提からして間違ってんだよ。効率は、理想を実現するためにある。理想は! 心のためにある! お前達の心が、幸福に満たされるためにある。いいか! それが、お前の望む、本当の前提条件にすべきこと。そして、それこそが、俺の望むことだ! 無理だと思うか?」
「む、無理だも……もっと現実を見てほしいも。お兄さんが思うほど世界は簡単に出来てないんだも!」
「無理でもやるんだよ。その価値があるからだ。安心しろ、今からできるかもって思わせてやるからさ。俺の魂に呪いをかける。未来永劫、輪廻を幾度繰り返そうと、俺の魂は、必ずお前たちの魂を見つけて守る、約束の呪いだ。だからよ、もし俺とお前らが失敗しても、また会える。死んでも一緒だ。もちろん、俺は今回の人生だって、無理だとは思わねぇよ? 死ぬつもりだってさらさらない。だけど、俺はこれでお前らの永遠の父となる。永遠に偉そうに、上から目線で見当違いな口出しをさせてもらうぜ。覚悟しろよ!」
「お、お兄さん……」
「ぱ、パパ……」
「やれやれ、宿主どのは気軽に輪廻のその先すら懸けてしまうのか……わしにはこの馬鹿は救えない。マキ、影糸、お前たちも理解しただろう? この男はどうしようもない、救うなどと考えてはいけない。この男のワガママを受け入れるしかないでしょう」
ドクターローチは俺に呆れながらも、いい笑顔をしていた。ま、ドクターローチは俺と付き合いが長いし、薄々分かってはいたんだろう。
「マキ、お兄さんは違うだろ? どっちがいい? お父さんかパパか、それとも父上? まぁいいや、お前の好きに呼んでくれればさ」
「ぱ……お、お父さん……お父さんて呼ぶも。やっぱりお父さんには勝てないも。あたしが心を殺して決めた覚悟も、育てた冷徹も、何もかも、勝手に砕いて、勝手に救ってしまうんだも。でも、それが……あたしのお父さん。ウナギィ・クローという人なんだも」
俺は俺の魂に呪いをかける。魂の形を歪めていく。マキと影糸の魂の核にある、存在の形を、俺の魂に記憶させる。魂を刻み、彫り込んでいくように。傷をつけていく。
しかし、俺の魂はその傷をすぐに修復させてしまう……なっ、なんなんだよこれ! そういや、歯車巨人達に自由意志を与えるために、俺の魂を切り刻んだ時もすぐに魂の傷が治っちまってた……流石にこんなの異常だ……俺以外にこんなのは見たことない。
「……ッチ、ふざけんなよ俺。クソ! ぐぐ、うおおおおお!! 傷つけって言ってんだろ! 残しておかなきゃいけねぇんだよ! その傷は! 言う事聞けよ! 俺の馬鹿野郎が!!」
俺は気合を入れるため、魂を軟化させるために、俺の魂に魔蟲達の魂を溶かす酸を大量注入させる。焼けるような軽減不可能な痛み、苦しみが俺を襲う。
「っぐ!? あああああああ!?」
「や、宿主どの! それは無茶だ! ゆっくり方法を探さねば!」
「う、うるせぇ! 俺は、俺の覚悟は口先だけじゃねぇってことを、ここで証明しなきゃなんねぇんだ!! 仮にここで死んでもやり遂げてやる!!」
「あ……あーもー、どうなっても知りませんぞ?」
「死ぬ気で、死ぬ気でやれ! 俺が懸けたのは輪廻のその先だぜ? そこまでの覚悟で傷をつけりゃできんだろ!! 死ねえええええええ!! うおおおおおおおおお!!」
「そ、そんな……自分に死ねって言ってるも……さっき死ぬつもりはないって言ってたのに……お、おかしいも……」
「で、でも……ワタシ達には止められそうにない。それに変な話だけど、嬉しくもある。パパがワタシ達のために、ここまでしてくれているのだから。ワタシ達の覚悟は、パパと比べれば大したものではなかったのかも。ワタシ達は二人共、生きたかった。死ぬ覚悟すら口先だけだったのだから」
「おい! 魔蟲ども! もっと本気でこい! 俺が死ぬかどうかなんて気にするな! きっと、最大級に傷をつけてやれば! 中から想像を絶する旨さの感情エネルギーが食えるはずだ! な!? だからもっと頑張れよ!!」
ここで俺が死んだとしても後悔しないだけのことがあると、俺は魔蟲を説得する。
「え!? ちょ!? 待って! うわあああああああ!? が、頑張りすぎ! やめ、やめ! やめるなあああああ!! う!? ぐはあッ!??」
そしたら、魔蟲が超本気で魂を溶かす酸を引き出しまくって来た。このままだとマジで死ぬかもだが、それでいい。そうすりゃ流石に傷つけられる……──は?
「お父さん! その光は……」
「うん、ワタシの腕に発現した力と同じ……」
激痛を乗り越えた先で、俺は黒と緑の光に包まれていた。俺の内部、魂から漏れ出した光。俺の中にあった……力? 黒と緑の光は俺の意思に従って動き、俺の魂、そのコアに呪いを刻んだ。マキと影糸、俺との約束を。そして、刻み込んだ約束は、修復されなかった。
「せ、成功した! やった! これで俺に永劫輪廻の呪いをかけることが出来たぜ!」
「め、滅茶苦茶嬉しそうだも……」
「自分のことを呪って、こんなに喜んでる人は見たことないわね……」
そんなこんなで、俺は娘たちの殺し合いを止めることができた。
ちなみに、組織は結局分裂した。方向性の違いを互いに認め、別の組織として活動し、必要に応じて協力する。そういった形で話がまとまった。
その結果、羽の風糸の組織としての力は大幅に弱体化した。それぞれ人員が二分の一になって、新組織を作ったようなもので、ゴタゴタしていた。
マキと影糸が警戒していた通り、明確な隙ができた。ファーカラルとアラバイルは、この隙を決して逃さないはずだ。だが、俺はこの選択に後悔はない。
俺は所詮、身内が可愛い人間だ。聖人じゃない、だから、俺は身内を優先した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます