ランダム単語お題小説チャレンジ

極丸

『文房具屋』

「初めて買うのでしたら、こちらなんかがオススメですよ」

「へー」


 そういう女性店員の柔らかい声が俺の耳に聞こえる。俺はそれに適当な相槌を打ちながらガラスケース越しのシャーペンを眺める。

 シャーペン一本に野口英雄を3枚も消費しなくてはいけないとは。つい最近の俺からは考えられんな。

 俺がデパートの一角でこんな買い物をしているのに大した理由はない。

 つい最近まで使っていたシャーペンがぶっ壊れただけだ。オープンキャンパスの特典で手に入れた安物だったので特に思い入れはない。俺が通っている大学とは別の大学のロゴが入っているチグハグ感も、長年使い続けた結果大学名は掠れて見えなくなっていた。買い替えるだけなら100均の安いものを買えばいいではないかと思うかもしれないが、正直言ってこれはその時の俺の気分だった。なんとなく『高いシャーペン』というものが何なのかを知りたかった。それだけである。


「こういう買い物した事ないんで分かんないんすけど、100均のシャーペンと何が違うんです?」


 俺は率直な疑問を投げかけた。高いだなんだというが、結局のところシャーペンを選ぶ際の基準なんてものは今まで持った事が無い。文字が書ければそれで十分の生活をしてきたのだ。上を知らない。


「そうですねー、まず違うのは書き心地ですかね。一度試してみますか?」


 そう言って店員はガラスケースの中のペンを示しながら試し書きを進める。おそらく俺のような客から何度も同じ質問を受けたことがあるのだろう。店員は特に澱むことなく話を進める。


「それじゃあお言葉に甘えて」

「畏まりました。少々お待ちください」


 女性店員の手によってショーケースから取り出されたシャーペンそれは、どことなく雰囲気が違った。手に取ってみると理由は分からないが手に馴染む感覚がある。2年以上使いまわしたシャーペンよりも馴染むとは恐ろしい。思った以上に自分が使っていたモノに対して愛着が無い事を実感する。

 そうして俺はそのまま試し書きの紙に適当な線を描く。渦巻・横線・縦線・波線と無心で描いていき、最後に適当な漢字などを少々。書いている途中店員さんが何か言っていた気がするが、恐らく自分が聞いても分からないメーカーのこだわりかも知れない。


「……これいくらでしたっけ?」

「そちらは税込みで2500円になります」

「ふーむ」


 ガラスケース越しに値札を確認する。店員さんは間違った金額を言っていない事は確認できた。後は自分の財布と相談である。と言っても今日は給料日なので結構余裕があったりするので相談はほぼ無いが。


「じゃあこれで」

「他にも色々ありますがよろしいですか?」

「結構です。そこまで時間かけたくも無いですし」

「畏まりました。ではレジの方へどうぞ」


 そう言って店員さんはペンを俺の方から回収するとレジに案内する。

 おそらく俺はあのペンを2年間使いこんだシャーペンよりも大事にするだろう。それは金を払ったからそうするのだろうか?もしあの時シャーペンを壊していなければもっとあのシャーペンにも愛着を持って大事に扱う日が来たのだろうか?

 愛着とは分からないものである。

 そんな哲学じみた自問自答を繰り返しながら俺は財布を取り出す。


 そう言えば消しゴム失くしたんだった。後で100均の安い奴を買っていこう。

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ランダム単語お題小説チャレンジ 極丸 @kmhdow9804

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