第72食 出汁カレー、いい味出してはります:京風カレー おこしやす(E10):

 火曜日の夜、書き手が向かったのは、淡路町駅のA3口から歩いてすぐの細道に面している〈京風カレー おこしやす〉である。


 この店は、昼が月火・金土の十一時半から十四時半(ラスト・オーダー)、夜が月火金の十七時から二十時(LO)と営業日時が限定的なのだ。

 この日、書き手が店に到着したのは、ラスト・オーダー一時間前の十九時頃だったのだが、入店した際に、「カレーがあと二人分」という大将の声が耳に届いてきて、まさにカレーが枯れる直前の、ぎりぎりの訪店らしかった。

 このように、営業時間中に、肝心のカレーが無くなってしまう事があり得る、という意味でも、来店のタイミングが合わなければ、この店のカレーは味わえないのである。


 書き手が店に足を踏み入れた際に、関西弁を話す店の大将から「おこしやす」と声を掛けられたのだが、店名にもなっているこの言葉は、「いらっしゃいませ」という意味の京都弁である。

 店名の「おこしやす」の前には、店の特徴をズバリ表わしている「京風カレー」という文言が付いているのだが、この店は、つまるところ、東京にあって〈京風カレー〉を提供している店なのだ。


 それでは、京風カレーの特徴は何か、というと、いわゆる〈出汁カレー〉である。

 ここまで書き手が食べてきたカレーの中にもいくつか、出汁を使ったカレーがあって、書き手は、それを和風カレーと考えてきたのだが、どうやら、そもそもの話、出汁カレーは関西発祥であるらしい。


 ざっくり言ってしまうと、出汁カレーとは、出汁にスパイスを合わせた、和洋折衷のカレーである。

 もちろん、その組み合わせや配分は多種多様で、書き手が参照したサイトでは、「カツオ✕クミン」、「サバ✕コリアンダー」、「いりこ✕ターメリック」を使った出汁カレーが紹介されていた。


 書き手の来店時には、大将が全部一人で店を切り盛りしていたので、料理の提供までには時間がかかるとの話であった。こうしたワンオペ営業の大変さは、カウンターの向こう側で忙しく動いている店主の様子から、はっきりと分かる事だったので、書き手は、料理が出てくるまでの間、どんな風に出汁カレーが作られてゆくのかを、じっくりと観察させてもらう事にした。


 待っている間に、書き手の鼻腔をくすぐったのは、野菜を焼く香ばしい匂いだけではなかった。先客に料理を提供するために開かれた炊飯器からも、良い匂いが漂ってきたのだ。

 どうやら、米飯もまた出汁で炊いているらしい。


 店紹介頁によると、米は、滋賀県からカレー専用の有機肥料農薬米を取り寄せていて、それを、昆布と帆立の出汁で炊き込み、その出汁飯に、鯖(さば)粉と鰯(いわし)粉を混ぜ込んでいるとの事であった。

 カレーだけではなく、米も出汁なのかっ! 待っている間に、期待感がさらに高まっていった。ちなみに、その出汁ご飯は大盛り無料である。


 そして、カレーに関しては、たとえば既に作り置きしてある物を寸胴鍋から掬うのではなく、提供する分だけのカレーが入った小鍋を、丁寧に火にかけている様子も伺い知れた。

 冊子によると、カレー・ソースは、「玉ねぎ・人参・トマト・バナナ・季節野菜」に、「昆布・鰹(カツオ)節・鯖(サバ)節・煮干し・焼アゴ」の出汁を加え、さらに、炒めてから一晩寝かせているとの事であった。


 いやはや、調理だけではなく、仕込みにも、ものすごい手間暇がかかっているようだ。


 大将は、初めてのお客には料理の説明をする事にしているようで、先客達への説明の中に出てきた「昆布」とか「いわしの粉」という語が、書き手の耳にも入ってきた。


 そしてついに、書き手にも、この日の店に残っていた、もしかしたら最後の一人分かもしれない、この日ラストのカレーが提供された。書き手はこの日が初来店だったので、もちろん、大将は、書き手にもおこしやすの出汁の説明をしてくださったのであった。


 出汁に関する店主の説明内容は、神田カレー街の冊子の店紹介頁にも書かれていたのだが、その説明には更なる一言が付け加えられた。これは、店に行かねば知れなかった事である。


 書き手は、冊子でも推されていた、すき焼き用肩ロース牛を使用している「牛煮込みカレー」を注文したのだが、これには、もう一歩先の食べ方があったのだ。

 大将は言った。途中で「牛汁」を〈つゆがけ〉したい場合には申し出てくれ、と。


 牛汁、つゆがけ、何それ、美味しいの?


 提供されたカレー、この時期のお野菜は、ジャガイモ、ニンジン、焼いたパセリなどだったのだが、それらを食し、出汁ご飯と出汁カレーが残り三分の一になったところで、書き手は満を持して、「おだしお願いします」と大将に申し出た。

 「はいな」っと京都弁で応じてくれた大将は、牛汁を、陶器の皿の上に残っている米飯にたっぷりとかけてくれたのであった。

 そのまま、ご飯を食べてもかまわないし、残ったカレーとまぜても、それはお好みらしかった。


 かくして、書き手は、お汁がかかったご飯を単独で食べてから、カレーとまぜて、残りの出汁カレーを堪能させていただいたのであった。


〈追記〉

 この〈京風カレー おこしやす〉に関するカレー・エッセイを書く順番になって、書き手は、やはり書く前に、約二か月半前の感動を再体験せんと思い立ち、「おこしやす」を再訪した。

 野菜、鳥、豚などの他の具材を使った出汁カレーがあったにもかかわらず、この日も、書き手が選んだのは牛煮込みカレーであった。それは、途中で牛汁による味変を楽しみたかったからである。

 実は、今回は、大将からのお出しに関する説明はなかった。

 書き手は、それを残念に思ったのだが、昼時で、テイクアウトの注文も入って忙しいからなのかなと思いきや、大将から「以前にもいらっしゃいましたよね」と声を掛けられたのだ。説明無しの理由は再訪問だったかららしい。

 とまれ、数か月前に来た客の顔を記憶しているとは、大将、いい味出しているな、と書き手は感心してしまった。

 

〈訪問データ〉

 京風カレー おこしやす

 E10

 十一月一日・火曜日・十九時

 牛煮込みカレー:一〇〇〇円(現金)


〈再訪日〉

 二〇二三年一月二十四日・火曜日・十一時半

 牛煮込みカレー(現金)


〈参考資料〉

 「京風カレーおこしやす」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、五十九ページ。

〈WEB〉

 「今コレが来ている! 出汁カレーってナンだ?」、『日清製粉グループ』、二〇二三年一月二十四日閲覧。

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