自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム
新木伸
プロローグ
第001話 トラック転生 「はーい。一級管理神エルマリアが承りまーす」
いつの頃からだろう。
俺は、よく夢を見るようになっていた。
それは、自分が〝勇者〟として、この現実世界と違う異世界で生きている夢だった。
その世界での俺は、いまの俺とは違う存在だった。
人々に必要とされ、そして、戦って、戦って、戦いつづけていた。
だが、あくまでも、それは夢――。
はじめはそう思っていた。
しかし毎夜、寝床にはいるたびに夢を見るたびに、いつしか俺は、この現実世界での人生のほうが、幻に思えてくるようになっていた。
現実世界での俺の人生は、取るに足らないものだった。
ブラックバイトと、ブラック企業にすり潰されてゆく毎日が、俺にとっての「現実」だった。
就職を失敗して、アルバイター生活を続け、ようやく定職にありつけたと思ったら、とんだブラック企業だった。
「夢」として垣間見る、別の人生が、俺にとって、もうひとつの現実となりつつあったわけだ。
まあ、ブラック度合いでいえば、あちらの人生の「勇者業」も、なかなかのものだったが……。
戦って、戦って、戦い続けて……。勝って当然。すこしでも被害を出せば、それでも勇者かと民衆から責められる日々。
そして最期は――。
これは最近になって夢に現れるようになったシーンなのだが。
勇者の最期は――。
魔王との戦いで、相打ちだった。
だがこの二つのブラック人生――。
どちらを選ぶとなれば、俺の答えは決まっていた。
なんの意味もなくすり潰されてゆくならば、なにかの意味があってすり潰されてゆくほうが、まだマシだった。
恋も出会いもなく、寂しく独身童貞貴族を貫くくらいなら、美しい姫君との出会いとロマンスだけはあって、結ばれない悲恋に涙したほうがいい。(勇者には恋をしている暇もなかった。なにより姫には、俺より彼女を幸せにできる男が傍にいた)
そして、最も大きな、一点の違いは――。
勇者には運命を共にする「仲間」がいたということだ。
◇
ある日、俺は、トラックに跳ねられた。
そして、当然、死んだ。
そして、どこともつかない、不思議な空間で――。
俺は「女神」と名乗る存在と出会った。
◇
《はい。起きてます? 起きてますね?》
どこからか声が聞こえる。
目の前に、なにかぼんやりとした、光の塊のようなものが……あるような気がする。
《ああ。無理にイメージを見ようとしないほうがいいですよー。高次の存在であるわたしたちは~、三次元の方々には、刺激がちょお~っと強すぎますから。意識が焼き切れちゃいますので》
なにか言っている。俺はしっかりと見ようとするのをやめて、光の球体を、ぼんやりと眺めるままにした。
《ところで、きこえてますかー? 意識は、はっきりしてますかー?》
俺は口を開いて答えようとした。
だが口はきけないみたいだった。
かわりになにか、「はい」と「いいえ」という選択肢が脳裏に浮かんでくる。
トラックに跳ねられて死んだ俺は、どうも、魂だけになっているようだ。
「はい」か「いいえ」でしか答えられないようだ。
しかたがないので、とりあえず、「はい」のほうを選んだ。
・
・
・
→はい
《はい。聞こえてますねー。それじゃあ。手続きにはいりまーす。あー、申し遅れましたー。今回の転生手続きはー、わたくし、一級管理神エルマリアが承りまーす》
なんか妙に軽いノリの女神だった。JKでもやっていると似合いそうな感じだ。あと神様の世界にも階級とかあるんだ。
《えへへ。人間の方々の世界の制度をー、取り入れましてぇー。これいいですねー。権限がはっきりわかっていいですねー。わたし。だいぶ偉いほうだったみたいなんですよー。この制度取り入れるまで、気づきませんでしたー。あとJKいいですねー。JKー。いっぺんなってみたいでーす。紅茶とかいう飲み物。飲んでみたいんですよー》
JK女神はよく喋る。
《さて。ここで本題です。前々世で世界を救って、ポイント、た~っくさん溜めた貴方にはっ、ななな! なーんとっ! 特権がありまーす!》
ああ。やっぱり。
俺はなんとなく理解した。
色々なことを理解した。
前の人生でよく見ていた夢の意味も理解した。
そしてこれから俺の身に起きることも――たぶん、知ってた。
〝あれ〟は、フィクションで小説だと思っていたが――。ひょっとして、〝これ〟を〝知っていた〟やつらが、すこしはいたんじゃないだろうか?
《ハンコ。まだたくさん残ってますよー? こんどは、なににしますー?》
ていうか。ハンコ制なのね。店のサービススタンプみたいだな。
《すっごく、強い武器を持って転生しますかー? 伝説の武器です。すっごいです。持ってるだけで最強です》
いらんなぁ。
・
・
・
→「いいえ」
《すっごく、強い敵はどうですかー? まえのときより、もっとハードでエクセレントかつナイトメアで、最初の街から出たところのザコさんが、前の時のラスボスくらいはあってぇ――》
カンベンしてくれ。
・
・
・
→「いいえ」
《えー? だめですかー? 俺より強いやつに遭いに行くって方、けっこういらっしゃるんですけどねぇ……》
いるかもしれんが、俺はそーゆーの、もういいんで。
《そういえば。あなた。前のときには、〝もういい。平和な世界で普通に暮らしたい〟って、そうおっしゃってましたっけねー。それでポイントぜんぜん使わなくて》
そうか。俺はそう言ったのか。「前の時」というのは、覚えてはいないが、あの苛烈なまでの勇者の人生を思えば、前の俺が、そう選んだのも、わからないでもない。
……え? ちょっと待てよ。
普通? 普通の暮らしだって?
俺がどれだけブラックアルバイトと、ブラック企業とに、すり減らされてきたと……?
俺は「いいえ」を幾つも突きつけた。
《えー? クレームですかー? あのわたし。転生女神ですので。クレームは、クレームサポート係にお願いしたいんですけどー》
うるせえ。犯すぞ。
《えーと、えーと……、ちょっと待ってくださいね。あなたの転生した、一つ前の世界を調べてみますのでぇ――》
女神はしばらく黙っていた。光がわずかに大きくなったり、小さくなったり、脈動している。
しかしこの光。綺麗だな。
《えーと……、べつに、転送先の設定は、間違ってないみたいですけど?》
うそをつけ。
俺は「いいえ」を、いくつも突きつけた。
《女神はうそなんてつけないですよー。あ。でもー。そのうち学んでみたいですねー。うそ。物質脳を持つと、うそがつけるみたいなんですけど》
しらんがな。
《あなたの前にいた世界はー、平和そのものじゃないですかー。魔王さん。いませんし。戦争も、局地的にはありますが、あなたの国で、あなたの生きていた時代内では、戦争はなかったじゃないですか》
それは……、そうだが。
《あと、なんでしたっけ? ……ぶらっく? それだって、特別に悪いわけじゃなくて――世の中的には、〝普通〟みたいですけど?》
それも――、まあそうだが。
《あと、あなたが女性と縁がなかったことについても、ごくごく、平均的な――》
わかった。わかったから。それについては皆まで言うな。
「はい」をいくつも突きつけて、俺は女神を黙らせた。
《それより今回はどうします? チート、どうですか? チート?》
いらんって。
《転生した先の世界になじめますように、うまく生きていけますように。サービスでチートが一個つく規則なんですけど》
それより一つ。頼みたいことがある。
――が、問題は、それをどうやって、このJK女神に伝えるかだが……。
……。
……。
……。
「はい」と「いいえ」だけで、それを伝えるのには、けっこう苦労した。
転移した先を選ばせてほしい。
――ということを、俺はなんとか女神に伝えた。
《え? ほんとうに、行く先は、前の前の世界で――あの世界でいいんですか?》
→「はい」
《はぁ。いちど自分の救った世界に転生したいなんて、へんな人ですねー》
そうなのか?
俺にとってはそれが望みなんだが。
あの人生のほうが「現実」なんだが。
それだけでいいんだ。あそこに還りたいだけなんだ。
《あのー? 本当に、いいんですかー? あの世界、もう平和そのものですよー? 王様にも英雄にもなれないですよ? 魔王さんだって、いませんし。特に英霊召喚要請も、受けてはおりませんし》
いいんだよ。
《あなたがあの世界を救ったのは確かですけど。あれから、もう……ええと、三次元の方々の主観時間で、もう何十年も経っちゃってますよ? 正確には、五一年と三一二日と七時間三二分一五秒ほどですけど》
そんなにか。
《お知りあいの方もー。もう、いないのではー? ――人間の方って、寿命、どのくらいでしたっけ? 五年くらいでしたっけ?》
ハムスターかよ。
いいから。もういいから。
とにかくあそこに転生させろよ。
→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」→「はい」
俺は、「はい」をたくさん突きつけてやった。
《あー。はいはいー。わかりましたー》
女神は観念したようだ。
《はい。それではー。あなたはあの世界に戻りまーす。出戻りでーす。それではー。一級管理神の、わたくしエルマリアがー、
JK女神は、サポートセンターの人みたいな最後の文句を口にしていた。
脳天気なその声を聞きながら――。
俺の意識は、ぐんぐんと飛ばされていった。
異世界と書いて、故郷と読む。
その異世界へと――。
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