第11話
「こちらは、お子さんがいらっしゃるのですね」
「はい。美歩ちゃんという子です。いい子ですよ」
それは間違いないぞ。賭けてもいい。美歩ちゃんは間違いなく、いい子だ。
「そうですか。でも、お母さまがちゃんとプレゼントを用意してくれていますね」
「そのようです。随分と苦労して手に入れたみたいで。報告書に記載していましたでしょ」
「ええ、読みました。目が不自由だとか。それを私が治してあげることが許されていればいいのですが、こればかりは……」
「そうですよね。私のこの赤鼻を治すことさえも許されなかったのですからね。サンタ様の心中をお察しします」
「仕方ありません。でも、病気の進行を少し遅くすることくらいなら、神様もお怒りにはならないでしょう」
「よろしいのですか。その分、サンタ様の任期が短くなるのでは」
「いいの、いいの。それくらい、どうって事ないですよ」
なんか、ありがたい話みたいだが、肝心の美歩ちゃんへのプレゼントは。それも大事だぞ。
「桃太郎さん、そう心配そうな顔をしなさんな。ちゃんと美歩ちゃんには準備してありますから」
「本当だな、サンタさん。信じるぞ。信じちゃうぞ」
「いいですとも。この本物のサンタクロースにお任せくださいな」
そう言って、このサンタさんは胸を叩いて見せるけど、さっきまでの醜態が頭をよぎる。本当に任せて大丈夫なのだろうか。
「じゃあ、お次は……こちらの美容師さんですな」
「ええ。阿南萌奈美さんです。この人も、悪い前の夫には手を貸しませんでしたし、困っている人に親切をしています。それに、努力家です。毎晩のように、モデルウィッグでセットの練習をしていますよ。ですが、カットの方は練習用のマネキンが高いので、あまり思うように練習できていないようです」
「では、プレゼントには、これがいいでしょう。お菊さん人形。毎晩少しずつ髪が伸びていますから、何回髪を切っても大丈夫。和風人形である点が少し今風ではないですが、ま、口が少しずつ開いていくという特典もついてますから、納得されるでしょう」
するか! そんな心霊人形を貰って誰が喜ぶんだ! ああ、やめろ!
「ちちんぷいぷい」
ぷいぷいするなあ! ああ、サンタさんが消えた。しかも、なんか光の束がモナミ美容室の二階に入っていったぞ。あのサンタ、やりやがったな。
「なあ、トナカイさん。お菊さん人形ってのは、ちょっと酷いんじゃないか。それに、それじゃ頭が小さすぎて、カットの練習もできないぞ」
「大丈夫ですよ。等身大の人形ですから」
「もっと怖いじゃないか。毎晩、髪が伸びて、口が少しずつ開くんだろ。それが等身大なのか!」
「只の人形ですから。あ、失礼、電話だ」
なんだ、こんな時にスマホに着信か。話の途中なんだが……。
「はい、もしもし。ああ、サンタ様、今どちらに」
『二階の萌奈美さんの寝室です。今、彼女は入浴中のようですね。ちょうどよかった』
何が丁度良かったんだ、コラ! ていうか、テレポーテーションできるのに、その後の連絡はスマホか。いいから、とにかく早く帰ってこい。
「で、お人形は」
『こちらの部屋の隅に立てておきましょう』
「しかし、その人形がカットの練習用だと気づいてもらえますかな。まじめな方ですから、そのまま観賞用にしてしまうかも」
『では、カット用の新品はさみを特別サービスで付けましょう。これを人形に握らせておけば、カット練習用だと分かるはずです』
「さすがサンタ様。ご名案です」
おまえら、ふざけているのか。いい加減にしろよ。濡れた髪を拭きながら風呂から出てきた萌奈美さんが、タオルを降ろしたら、はさみを握って口を半開きにした等身大の和風人形が視界に入るんだぞ。どこが名案なんだ! おお、また光の束だ。帰って来たな。もう許さん。得意の俺のドロップキックを食らえ!
あれ、避けられた。
どわっ! 雪の中に突っ込んじまったぞ。まったく。どうなっているんだ。
「では、次は問題の、こちらですな。行きますか」
「おい、何処へ行く。そっちはお寺だぞ。いたたた……」
腰を打っちまった。あれ、何処行った。
あ、いた。観音寺の境内のイチョウの木の下に二人で立っている。何しているんだ? 行ってみよう。いたたた……。
「サンタ様、本当によろしいのですか。これは、本当に不味いのでは。本部から叱られません?」
「ですが、こちらのご住職さんは、地域の防犯や防災のために、日夜努力しておられたり、檀家さんためにお墓の掃除をしてあげたりと、いろいろと良い事を続けておられるではないですか。上も文句はいいませんよ」
「それならよいのですが……」
ここの大内住職は確かにいい人だが、仏教徒だぞ。宗派が違うのに、いいのかな。俺はまた訊いてみた。
「あの、おふたりさん。ここは仏教のお寺だぞ。それでもプレゼントを送るのか?」
「もう、送りましたよ。では、トナカイさん。次のお宅に向かいましょうか」
もう、送った? ん、なんだトナカイさん。上を指差して。上に何か……! なんじゃ、葉を落としきったはずのイチョウの木に赤と緑と黄色の葉がついているぞ。銀色の葉もある。これじゃ、デカいクリスマスツリーじゃないか。やり過ぎだろ。ここは仏教の寺だぞ。
「ついでに、根元のシロアリの巣を向こうの山奥に移動しておきました。これで、あと二百年はもつはずです」
得意気にウインクしているが、問題は葉の色なんだが。
「トナカイさん、急いで、急いで。そっちには私から個人的に育毛剤も送ってあるから、もういいよ。次は、こっちの花屋さん」
大内住職に育毛剤をプレゼントしても、毎朝自分で剃っているんだから、あまり、いや、全く意味がないぞ。ああ、今度は高瀬さんの店か。今度は何だ。
「ここが、例の花屋さんですね」
「はい。息子さんには、十年前までプレゼントを上げています。」
「ええ、覚えています。輪哉くんでしたよね。意外といい子でしたな」
「そうですね。今年の夏休みも、お祭りの手伝いをしたり、結構頑張っていましたよ」
サークルか部活か知らんが、合宿のための費用を貰いに帰省しただけだ。騙されているぞ、サンタさん、トナカイさん。
「こちらのご夫婦も、誠実で親切な方々ですよね。お隣の車椅子の老婦人や、目の不自由な外村さんの奥さんの事をいつもに気かけてくださる。これはプレゼントを配らねばなりませんね」
「そうですね。何にされますか」
「そうですねえ……」
どうせまた、ろくでもない物なんだろう。花屋だから、花輪とか、
「みんなで使える温泉宿泊券にしておきましょう。世界中で使えて、一生有効なやつ」
普通だな。でも、有効範囲と期間は、ほぼ無限か。そこは、さすがサンタだ。お、なんだ、もう次の家にいくのか。次は画家の琴平さんの家だ。ちゃんと中まで入っていってあげないと、琴平さんは車椅子だから、玄関で出迎えるのは大変なんだぞ。大丈夫かな。
あ、二人とも入っていった。俺もついて……イテっ。なんだよ、ドアを閉めたまま、すり抜けて中に入れるのか。ズルいな。そういう事ができるんなら、最初から言っておいてくれよな。こっちは普通に鼻をぶつけちまったじゃないか。いってー。
お、出てきたな。意外と早かったな。あら、サンタさんが涙目だぞ。トナカイさんも。どうした、二人とも。
「うう……。感動しました。彼女の絵はすばらしい! これは高く売れる訳だ」
「そ、そうですね。来年のクリスマスカードはこの先生に発注しましょう」
なんか、随分と俗っぽい感動の仕方だなあ。いいのか、それで。
「でも、どういたしましょう、サンタ様。今回はこちらが何か送ってあげなければ」
「そうだね。ちゃんとしたプレゼントをあげないと、来年のクリスマスカードを受注してくれないかもしれないしね」
だから……。
「芸術家の方ですから、やはり、芸術的な物がよろしいのでは」
「そうですねえ……何か、アートっぽい物はなかったかな……」
さっきから思っていたんだが、各戸をまわって、その場でプレゼントを決めているのか。しかも、今その袋の中に入っている物から最適なものを探して。世の中の親御さんたちは、もっと前から何をあげようか考えているぞ。ちゃんと事前に決めてから来い!
「そちらのサンタには、かないませんよ。本物のサンタクロースですから」
……。ウインクして誤魔化すな。あんたが本物のサンタクロースだろうが! 魔法も使えるし! ていうか、何だ、それ。ベレー帽じゃないか。
「おい、そんな物を琴平さんに送るのか。琴平さんは女性だぞ。服のセンスもいいし、そんなダサいベレー帽は被らないだろう」
「そんなことは無いですよ。じゃあ、他に、芸術家さんには何を送るの。これでしょ」
なんだ、その予備校講師みたいな言い方。
「サンタ様、袋の中にマフラーも入ってませんでしたっけ。女性ものの」
「ああ、有りましたね。ええと……これか。よし、これもベレー帽とセットにして送ってあげましょう」
「あのさ、二人とも。何かもっと良い物はないの? 例えば、どんな段差でも楽々移動できる車椅子とか。ていうか、不自由な足がすぐに治る魔法の薬とか。そういうのにしてくれよ」
「実は、私もトナカイくんも君と同じ意見でね、琴平さんにはそういう物をプレゼントしたいのですけどね、彼女、普通の物でいいとおっしゃるのですよ」
「話したのか?」
「ええ。夢の中ですがね。愛があれば、それでいい。琴平さんは、そうおっしゃっていました」
ううーん。琴平さんらしいと言えば、そうだが……。
「あ、サンタ様、もう、こんな時間でございますよ。そろそろマキでお願いします」
「あっそう。じゃあ、向こうの端のラーメン屋さんの方を先に済ませましょうか」
「そうですね」
おーい、待ってくれい。そんなに急に早く移動しなくても……。他の店はとばして、「北風ラーメン」に直行か? どうしたんだろう。
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