第10話
覆面の奴ら、車の横に整列してサンタに敬礼しているぞ。何なんだ、こいつら。
「運んで来やした、親分」
「んん。で、いつもの袋の方には入れてあるんだよね」
「勿論でやす。さあ、どうぞ」
やけに重そうな白い大袋を渡している。ははーん、さては、あれが有名な「サンタ袋」だな。
「でも、ほんとうにいいんですかい? あとで他の親分さんたちに怒られちまうんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫。根回しは、ちゃんとしてあるし」
「根回し? どういうことです?」
「さっき北坂場の若いお姉ちゃんがたくさんいる店で、先輩サンタたちに奢って来たんだよ。いやあ、みんな飲む、飲む」
「なるほど、そういうことですかい。流石でやすね、親分」
なーんだ、だから酔っていたのか……と、納得するな、俺! こいつら、何を言っているんだ。んお! なんだ、なんだ? 今度は大通りの方でサイレンが。警察署からパトカーが出ていくのか。何台も出ていくぞ。音からすると、
「随分と賑やかになってきたね。クリスマスは、こうでなくちゃ」
「おい、サンタ。何を言っている。あれは何らかの事件か事故だろ。いずれにしても被害者がいるんだぞ。あんたもサンタなら、ちゃんとコンプライアンスを守れ」
「お、さすがは正義の探偵さんですな。ちゃんとまっすぐしている」
パチンと鳴らした指で他人を指すな。ウインクも要らん。
「では、ご褒美に、まずはあなたにプレゼントを。その代わり、今夜見たことは誰にも言わないで下さいよ」
「それはプレゼントではなくて、口止めの品だろ! 賄賂だ。うれしくないぞ」
「まあ、そう言いなさんな。はい、これ。防寒靴と手袋」
おお! おおお! い、いつの間にか真っ赤なブーツを履いているぞ。あら、革の手袋もしている。これも俺の好きな赤か。カッコイイじゃないか。しかも、ちょっと温かい。これは助かる。
「わ、わるいな。これはありがたい」
「それと、ええと……まったく、君たち、袋の中はもっと整理しておいてくれよ。これじゃ、すぐに見つからな……ああ、あった。はい、桃太郎さん、ネックレスも」
「いや、それは遠慮しておく。今付けているコレは、親の形見かもしれないんだ。だから、取り換える訳にはいかない。わるいな」
「そうですか。じゃ、替わりに、コレで。はい、どうぞ」
おお、俺のダウンのポケット中に光の粒が入っていく。もしかして……おお! 懐中電灯が新しくなっているぞ。しかも金ピカじゃないか。どれ……おお、ちゃんと点く。すごく明るいぞ。これもまた助かる!
「あ、ありがとな。こいつは、いいぜ」
「いやいや。それはトナカイさんからのお願いでね。愚痴を聞いてくれた礼だそうです」
「あれ? なんだ、知ってたのか」
「そりゃあ、サンタですからね。それより、申し訳ないけど、その手袋とブーツ、どちらも今夜限定品なんですよ。君の場合には、そういうルールでね。だから、明朝からは使えませんので」
「なんだ、そりゃ? でも、まあ、そうだよな。分かる、分かる。それに、今夜だけでも助かるぜ。ありがとう」
と、俺が頭を垂れているのに、なに向こうに行っているんだ。ワゴン車の後ろに回って、何か覗いている。全身タイツ軍団が車の後ろから何か下ろしているし。んん? あれは、もしかして、ソリかな。また古いソリだな。使い込んでいるというか、オンボロというか。お、サンタさんが顔の前で手を一振りして何か言っているぞ。
「はい、ご苦労さまでした。じゃあ、僕はこれから、この赤レンガ小道の人たちにプレゼントを配りますので、皆さんはいつもの服に着替えてください」
「あの、親分。隊長はどちらに……」
「ああ、彼はもうすぐ来ますよ。まじめだから、時間に遅れることはないはず……ほら、来た」
お、さっきのトナカイのじいさんだ。大通りの方からやって来た。どこに行っていたんだ? ああ、「畜生」ってフレーズは好きではないが、ちくしょう。頭やら肩に雪が積もるな。パタパタと払って……。
「いやあ、桃太郎さん。寒いのにお疲れ様です。まだこちらにおられましたか」
「いや、さっき一時帰宅したんだが、こちらのサンタさんを見かけたんで、また出てきたところだ。ああ、この懐中電灯、ありがとな」
「懐中電灯? ああ、やっぱりネックレスはそのままで。なるほど」
「いや、こっちの方が、実はうれしい。さっきまでのは壊れていたし、これは金ピカだし。ところで、あんたこそ、今まで何してたんだ?」
「いや、野暮用でね。橋の方まで行っていました。ああ、サンタ様、行って参りました」
「トナカイさん、ご苦労さん。未来望橋は奇麗になりましたか」
「ええ、それはもう。元々きれいな装飾の橋ですからね。さらに、それをクリスマス風にしっかり飾り付けてきました。ばっちりです。今夜と明日のニュースで流れるはずですよ」
「そうですか。ありがとう。それと、さっきのパトカーは何事ですか」
「ああ、川の向こうにあるショッピングモールに泥棒が入ったみたいですね。なんでも、追加搬入されたプレゼント用の商品が盗まれたとかで。犯人は覆面を被った数人組で、搬入用のワゴン車を盗んで逃走したらしいですよ。まったく、こんな夜に、とんでもない奴らだ。今頃、どこにいるのやら」
たぶん、ここだ。ここにいるぞ。あんたの目の前の車の中で、今、着替えている。
「そうだったんですか。それはいけませんね。悪い子たちだ」
白々しいぞ、サンタ。もしかして、この手袋とブーツも……。
「いやいや、桃太郎さん、脱がなくても大丈夫ですよ。それは、サンタさんのお手製の手袋とブーツですから。着け心地や履き心地が全然違うでしょ」
まあ、確かに、言われてみれば、そうだな。軽いし、温かいし、ジャストフィットしているし。だいたい、一晩で消える衣類なんかがショッピングモールで売られているはずないもんな。では、これは問題なさそうだから、ありがたく使わせてもらうか。
「ま、後でなんとかしておきましょう。あ、そうそう、トナカイさん、彼は見つかりましたか」
「彼? ああ、警部さんですか。ええ。さっきショッピングモールの事件現場に居ましたよ。泥棒の話も彼から聞いたんです」
「なるほど、そうでしたか。彼は仕事熱心ですねえ」
「なんでも、施設に入られている義理のお父様へのプレゼントを準備するために、非番で買い物に来ていたところ、現場に出くわしたそうで。運がいいのか、悪いのか」
「そうですか。では、彼にもプレゼントを準備しておかなければなりませんね」
「そうですね」
なに二人してニヤニヤしているんだ。気持ち悪いぞ。おいおい、何処に行くんだ、二人とも。ていうか、サンタ。あんたが肩に引っ掛けているその白い袋の中身は大丈夫だろうな。まさか、盗品じゃあるまいな。もし盗品なら、うちの美歩ちゃんのプレゼントはお断りだぞ。断固お断りする。ん? どこに行くんだ。そこは土佐山田薬局だぞ。そこには子供はいないぞ。
「トナカイさん、こちらのご夫婦ですね」
「はい。土佐山田九州男さんと、土佐山田伊勢子さんです」
「んんー、ややこしい名前だ。ま、いいでしょう。こちらのご夫婦も、ですよね」
「はい。ご主人は地域の住人のために、いつも頑張っておられます。奥さんも。それに、皆にやさしい」
「なるほど。では、何にしますかね。ええと……」
「なあ、白い袋の中を探っているサンタさん、確かにここのお二人はいい人たちだが、もう大人だぞ。しかも、かなり大人だ。白髪も混じっている。プレゼントはいいんじゃないか」
と俺が言うと、サンタはこちらを向いて一度だけウインクした。訳が分からん。俺が戸惑っていると、トナカイさんが教えてくれた。
「少子化で子供の人数が減っているでしょう。毎年、袋の中にプレゼントが余るのですよ。だから、今年は先に、ウチのサンタが先輩サンタさんたちから少し分けてもらって、それをこちらの商店街の大人にも配ってあげようと、そういう事になりまして」
うーん。納得いくような、いかないような……。でも、今年はボヤ騒ぎの一件といい、逃亡犯の事といい、夏祭りの事といい、連続窃盗犯の事までも、いろいろとあったからなあ。確かに、大人は大人で、それなりに頑張ったか……いや、待てよ、連続窃盗犯の事件で頑張ったのは俺だけじゃなかったっけ。まあ、いいか。
「ああ、あった。これこれ」
お、サンタさんが何か見つけたぞ。何だろう。
「小説『八つ墓村』の初版本と、映画『セーラー服と機関銃』のサントラレコード」
俺はどちらも知らんが、たぶん土佐山田さんたちが喜ぶものなのだろう。でも、初版本とレコードって、もともと何処の子供にプレゼントするつもりだったんだ? と、俺が首を傾げていると、またトナカイさんが教えてくれた。
「その懐中電灯と同じですよ」
ああ、なるほど。……と、納得していいのか、俺。
ん、土佐山田さんの家の二階から声が聞こえるぞ。九州男さんの声だ。
「おーい、伊勢子、見つかったよ。こんなところに仕舞ってあった。『八つ墓村』の初版本。よかったあ」
「そうですか、よかったですわね。その本を探していたら、こっちも懐かしい物を見つけちゃって。ほら、見て。『セーラー服と機関銃』のサントラ。懐かしいでしょう。もう捨てたと思っていたのに」
んん? よく分からんが、これがサンタの魔法か? よく分からんが、すごいな。それは分かる。
お、次は我が家だな。いよいよ美歩ちゃんの番か。頼むぞ、サンタさん!
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