2
白竜さまは、湖の底へと帰っていった。
紆余曲折はあったものの、ハクリュウ島ツアーの目玉行事は無事に終了した。
しかし、ガオルが起こした事件は、やはりスズカの心に爪痕を残したようだ。
スズカは体調をくずしてしまった。
ハルトや他の子どもたちが見守るなか、地面に腰かけ、
探索用スーツに搭載された酸素を何度も吸引して、
自分に応急処置をするのがやっとだった。
ハルトはともかく、他の子どもたちの心配そうな視線は、
スズカにとっては痛いほど辛いものだった。
それがスズカの不調に拍車をかけているのだ。
いっぽうでフラップたちは、ターミナルに救援要請を出したり、
亜人の野次馬たちを崖のまわりから退散させたりと、忙しそうにしていた。
ツアー参加者がたかだか体調不良を訴えただけなのに、
彼らはかなり焦っているように見えた。
儀式終了からおよそ二十分後、ターミナルから救援部隊が到着した。
白いナース姿のオハコビ竜が二頭と、
青と黒の機動隊のような姿のオハコビ竜が四頭の、合計六頭だった。
頭数は少ないものの、大規模な災害があったわけではないのだ。
「救援部のフメリーです。患者様はどちらでしょうか」
「あ、こっちです」
ハルトは、飛んでかけつけたメスのオハコビ竜にむかって、手を上げた。
「ご安心くださいね。
わたしと、むこうに待機しているもうひとりのフアンナで、
スズカさんをターミナルへ運びつつ、しっかり治療しますからね」
「でもさ、ただの体調不良なんだよ? べつに、そこまでしなくても……」
「そ、そういうわけにまいりません!
皆さんは、われわれにとってとても大切なお客様ですから、
もしものことあったら一大事ですもの」
そう言って、救援部員のフメリーはスズカをそっと抱きあげた。
スズカは、ちっとも嫌がらなかった。
フメリーは彼女に優しく声をかけながら、フアンナのところまで飛んでいく。
フアンナの胸には、フラップたちと同じようなエッグポッドが抱かれていたが、
他とは違って表面が白色だった。ポッドのホルダー機器も、ピンク色をしている。
「あの、あのあの、どうかスズカさんを、よろしくお願いしますね!」
フラップが、二頭の救援部員にむかって、
落ちつきなさそうにそう伝えているのが聞こえた。
スズカは、フメリーともども白いエッグポッドの中へ入ってしまった。
あの中で、スズカはフメリーによる治療を受けるのだろう。
中はどうなっているのやら。
スズカが一足早くターミナルに運ばれていくのを下から見送ると、
ハルトは今になって、がっくりと肩を落とした。
たかだか体調をくずしただけでも、
スズカちゃんにとってはとても辛い部分があっただろうに。
ぼくは、かなり不謹慎なことを言ってしまったろうか。
スズカちゃんに嫌われてしまったらどうしよう――。
「元気出せよ、ハルト」
ケントが、横からハルトの肩をぽんとたたいて、声をかけてきた。
「まー、あの子になんにもしてあげらんないのは、みんな悔しいよ。
けどさ、おれたちはゲストの立場なんだから、
あれこれしゃしゃり出るのもどうかと思うわけよ」
そこへタスクも近づいてきて、ハルトにこう言った。
「そうだよ、ハルトくん。だから心配いらないよ。
きっとすぐ元気になって、また会えるよ」
「違うよ、ぼくはさ――」
言いかけて、ハルトはやめた。無力な自分を追いつめるのは嫌だったし、
そんなことをしたって少しも意味がない。
「……そうだよね。
ぼくがくよくよしたって、スズカちゃんはよくならないものね」
ハルトが笑顔でそう答えた時だ。フリッタとフレッドが、
一頭の灰色のオハコビ竜の後ろに続いて、崖の上に戻ってきた。
フラップは、まるで警察官のように敬礼して、
そのオハコビ竜をうやうやしく迎えた。
「フーゴ総官! お待ちしてました!」
警察の機動隊に近しく勇ましい身なりのフーゴは、
ハルトたちがこれまで見てきたオハコビ竜たちの中でも、
一回り大きな体つきをしていた。
皮膚の下にはがっしりとした筋肉がついていて、
オオカミのように鋭い顔つきだ。
いかにも歴戦の戦士らしい風格がただよう。
これほどかっこいいオハコビ竜がいたとは、だれが想像できただろう?
フーゴは、二十三人の子どもたちをじっくりながめてから、
礼儀正しく挨拶した。
「――オハコビ隊、警備部・総官のフーゴです。
スカイランドツアー参加者の皆さん、ご無事で何よりです」
ハルトは、
フラップもこれぐらいかっこいい顔になれないかなと、ぼんやり考えていた。
「事件のあらましについてはすでに聞きました。
われわれオハコビ隊の一大プロジェクトにおいて、
地上界のお客人のひとりを命の危険にさらしてしまったこと、
オハコビ隊を代表して、心よりおわびいたします」
「あのう……」
ハルトはそっと手を上げて、フーゴに質問した。
「黒影竜って、いったい何者なんですか?」
それを聞いたフーゴは、
ハルトを見下ろしながらあごに手を当てて、ふむ、と小さくうなった。
「あなたは、例の黒い竜について興味がおありのようだ。
しかし残念ながら、わたしも存じ上げないのです。
黒影竜は、われわれオハコビ隊でも、未確認の存在と認定されています。
ただいまターミナルにおいて対策本部を開いており、
黒影竜にまつわる資料を、大至急かき集めているところです」
すごい。オハコビ隊はやることがとても早い。
ハルトは、先ほどスズカを捕らえたガオルの姿をもう一度思い出した。
全身がほぼ真っ黒。
青いたてがみ、両手にウロコの甲冑、顔には悪魔のような黒い仮面。
そして、あの恐ろしい赤い爪――存在そのものがすでに凶器だ。
なのに、どことなくオハコビ竜に近い感じがしたのは、
きっとあの鳥のような翼のせいだ――ハルトはそう思うことにした。
「みんな、よく聞いてほしい」
フレッドがフリッタといっしょに、子どもたちにむかって説明をはじめた。
「ハクリュウ島での滞在時間は、残りあと二時間だ。
そのあいだ、みんなは俺たちのエッグポッドの中に入ってすごしてもらうよ。
残り時間は、俺たちといっしょに飛びながら、島を自由に探索しよう。
せっかく来たんだから、もっとこの島にいたいよな」
「んで、その後はターミナルに戻って、
ホテル《オハコビ・イン》に移動しま~す。
ちなみにスズカちゃんは、警備部の保護下に入ることになったからネ。
んまあ、これも全部、みんなの身の安全のためなんだヨ。例のアイツが、
今度はキミたちのうちのだれかのトコに来ちゃうかもしれないし」
この決定事項に、フラップも喜んで賛成した。
「それにお望みでしたら、
ぼくらは《フライング・ジェットコースター》でもなんでも、
喜んでご披露しますよ。まだまだ、いっしょに遊びましょう!」
すると、子どもたちからも安堵の声がわき起った。
「よかった~、すぐ帰ることになると思ってたよ~」
「まだここにいられるの? いるー!」
「フラップたちが守ってくれれば、平気だよー」
そう。
ここに集まったのは、肝のすわった、選ばれし勇気ある子どもたちなのだ。
ここで、フーゴは言った。
「これもすべて、今年のツアーを最後まで無事にやり遂げるべく、
クロワキ主任によって決定されたことですので。ご了承いただき感謝します」
フーゴは、子どもたちにむかって頭を下げた。
どうやら、彼もあのクロワキ氏の部下という位置づけになっているようだ。
だが、ハルト以外の参加者は、もうだれも彼の言葉を聞いていなかった。
それぞれのオハコビ竜とどうすごすか、ペア同士で相談しはじめていたのだ。
*
ハクリュウ島からはるか彼方に、とある小さな島があった。
草木の一本も生えていない、乾いた荒れ地ばかりの死んだ島だ。
敗北者が行きつくのにふさわしい島――。
白竜さまによって吹き飛ばされたガオルは、ここに倒れていた。
意識はあった。しかし、体じゅうが激痛を起こしていた。
圧倒的な力だった。
あれが、偉大なる白竜の末裔とよばれる理由だったとは。
ガオルは悔しさのあまり、あおむけのまま右手で地面をなぐりつけた。
(神通力を使うなど、聞いていなかったぞ……!)
だれかにたいして強い不満をあらわにした。
だが、このくらいであきらめはしない。
竜は、体の回復が恐ろしく早い。
飛べるようになったら、すぐにまた行動しよう。
次なる手段をこうじねばならない。
「待っていてくれ、スズカ。必ずまた、キミを迎えに行こう――」
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