白竜さまは、湖の底へと帰っていった。



紆余曲折はあったものの、ハクリュウ島ツアーの目玉行事は無事に終了した。


しかし、ガオルが起こした事件は、やはりスズカの心に爪痕を残したようだ。



スズカは体調をくずしてしまった。


ハルトや他の子どもたちが見守るなか、地面に腰かけ、


探索用スーツに搭載された酸素を何度も吸引して、


自分に応急処置をするのがやっとだった。


ハルトはともかく、他の子どもたちの心配そうな視線は、


スズカにとっては痛いほど辛いものだった。


それがスズカの不調に拍車をかけているのだ。



いっぽうでフラップたちは、ターミナルに救援要請を出したり、


亜人の野次馬たちを崖のまわりから退散させたりと、忙しそうにしていた。


ツアー参加者がたかだか体調不良を訴えただけなのに、


彼らはかなり焦っているように見えた。



儀式終了からおよそ二十分後、ターミナルから救援部隊が到着した。


白いナース姿のオハコビ竜が二頭と、


青と黒の機動隊のような姿のオハコビ竜が四頭の、合計六頭だった。


頭数は少ないものの、大規模な災害があったわけではないのだ。



「救援部のフメリーです。患者様はどちらでしょうか」



「あ、こっちです」



ハルトは、飛んでかけつけたメスのオハコビ竜にむかって、手を上げた。



「ご安心くださいね。


わたしと、むこうに待機しているもうひとりのフアンナで、


スズカさんをターミナルへ運びつつ、しっかり治療しますからね」



「でもさ、ただの体調不良なんだよ? べつに、そこまでしなくても……」



「そ、そういうわけにまいりません!


皆さんは、われわれにとってとても大切なお客様ですから、


もしものことあったら一大事ですもの」



そう言って、救援部員のフメリーはスズカをそっと抱きあげた。


スズカは、ちっとも嫌がらなかった。


フメリーは彼女に優しく声をかけながら、フアンナのところまで飛んでいく。


フアンナの胸には、フラップたちと同じようなエッグポッドが抱かれていたが、


他とは違って表面が白色だった。ポッドのホルダー機器も、ピンク色をしている。



「あの、あのあの、どうかスズカさんを、よろしくお願いしますね!」



フラップが、二頭の救援部員にむかって、


落ちつきなさそうにそう伝えているのが聞こえた。



スズカは、フメリーともども白いエッグポッドの中へ入ってしまった。


あの中で、スズカはフメリーによる治療を受けるのだろう。


中はどうなっているのやら。



スズカが一足早くターミナルに運ばれていくのを下から見送ると、


ハルトは今になって、がっくりと肩を落とした。


たかだか体調をくずしただけでも、


スズカちゃんにとってはとても辛い部分があっただろうに。


ぼくは、かなり不謹慎なことを言ってしまったろうか。


スズカちゃんに嫌われてしまったらどうしよう――。



「元気出せよ、ハルト」



ケントが、横からハルトの肩をぽんとたたいて、声をかけてきた。



「まー、あの子になんにもしてあげらんないのは、みんな悔しいよ。


けどさ、おれたちはゲストの立場なんだから、


あれこれしゃしゃり出るのもどうかと思うわけよ」



そこへタスクも近づいてきて、ハルトにこう言った。



「そうだよ、ハルトくん。だから心配いらないよ。


きっとすぐ元気になって、また会えるよ」



「違うよ、ぼくはさ――」



言いかけて、ハルトはやめた。無力な自分を追いつめるのは嫌だったし、


そんなことをしたって少しも意味がない。



「……そうだよね。


ぼくがくよくよしたって、スズカちゃんはよくならないものね」



ハルトが笑顔でそう答えた時だ。フリッタとフレッドが、


一頭の灰色のオハコビ竜の後ろに続いて、崖の上に戻ってきた。



フラップは、まるで警察官のように敬礼して、


そのオハコビ竜をうやうやしく迎えた。



「フーゴ総官! お待ちしてました!」



警察の機動隊に近しく勇ましい身なりのフーゴは、


ハルトたちがこれまで見てきたオハコビ竜たちの中でも、


一回り大きな体つきをしていた。


皮膚の下にはがっしりとした筋肉がついていて、


オオカミのように鋭い顔つきだ。


いかにも歴戦の戦士らしい風格がただよう。


これほどかっこいいオハコビ竜がいたとは、だれが想像できただろう?



フーゴは、二十三人の子どもたちをじっくりながめてから、


礼儀正しく挨拶した。



「――オハコビ隊、警備部・総官のフーゴです。


スカイランドツアー参加者の皆さん、ご無事で何よりです」



ハルトは、


フラップもこれぐらいかっこいい顔になれないかなと、ぼんやり考えていた。



「事件のあらましについてはすでに聞きました。


われわれオハコビ隊の一大プロジェクトにおいて、


地上界のお客人のひとりを命の危険にさらしてしまったこと、


オハコビ隊を代表して、心よりおわびいたします」



「あのう……」



ハルトはそっと手を上げて、フーゴに質問した。



「黒影竜って、いったい何者なんですか?」



それを聞いたフーゴは、


ハルトを見下ろしながらあごに手を当てて、ふむ、と小さくうなった。



「あなたは、例の黒い竜について興味がおありのようだ。


しかし残念ながら、わたしも存じ上げないのです。


黒影竜は、われわれオハコビ隊でも、未確認の存在と認定されています。


ただいまターミナルにおいて対策本部を開いており、


黒影竜にまつわる資料を、大至急かき集めているところです」



すごい。オハコビ隊はやることがとても早い。



ハルトは、先ほどスズカを捕らえたガオルの姿をもう一度思い出した。


全身がほぼ真っ黒。


青いたてがみ、両手にウロコの甲冑、顔には悪魔のような黒い仮面。


そして、あの恐ろしい赤い爪――存在そのものがすでに凶器だ。


なのに、どことなくオハコビ竜に近い感じがしたのは、


きっとあの鳥のような翼のせいだ――ハルトはそう思うことにした。



「みんな、よく聞いてほしい」



フレッドがフリッタといっしょに、子どもたちにむかって説明をはじめた。



「ハクリュウ島での滞在時間は、残りあと二時間だ。


そのあいだ、みんなは俺たちのエッグポッドの中に入ってすごしてもらうよ。


残り時間は、俺たちといっしょに飛びながら、島を自由に探索しよう。


せっかく来たんだから、もっとこの島にいたいよな」



「んで、その後はターミナルに戻って、


ホテル《オハコビ・イン》に移動しま~す。


ちなみにスズカちゃんは、警備部の保護下に入ることになったからネ。


んまあ、これも全部、みんなの身の安全のためなんだヨ。例のアイツが、


今度はキミたちのうちのだれかのトコに来ちゃうかもしれないし」



この決定事項に、フラップも喜んで賛成した。



「それにお望みでしたら、


ぼくらは《フライング・ジェットコースター》でもなんでも、


喜んでご披露しますよ。まだまだ、いっしょに遊びましょう!」



すると、子どもたちからも安堵の声がわき起った。



「よかった~、すぐ帰ることになると思ってたよ~」


「まだここにいられるの? いるー!」


「フラップたちが守ってくれれば、平気だよー」



そう。


ここに集まったのは、肝のすわった、選ばれし勇気ある子どもたちなのだ。



ここで、フーゴは言った。



「これもすべて、今年のツアーを最後まで無事にやり遂げるべく、


クロワキ主任によって決定されたことですので。ご了承いただき感謝します」



フーゴは、子どもたちにむかって頭を下げた。


どうやら、彼もあのクロワキ氏の部下という位置づけになっているようだ。



だが、ハルト以外の参加者は、もうだれも彼の言葉を聞いていなかった。


それぞれのオハコビ竜とどうすごすか、ペア同士で相談しはじめていたのだ。





ハクリュウ島からはるか彼方に、とある小さな島があった。


草木の一本も生えていない、乾いた荒れ地ばかりの死んだ島だ。


敗北者が行きつくのにふさわしい島――。



白竜さまによって吹き飛ばされたガオルは、ここに倒れていた。


意識はあった。しかし、体じゅうが激痛を起こしていた。



圧倒的な力だった。


あれが、偉大なる白竜の末裔とよばれる理由だったとは。


ガオルは悔しさのあまり、あおむけのまま右手で地面をなぐりつけた。



(神通力を使うなど、聞いていなかったぞ……!)



だれかにたいして強い不満をあらわにした。


だが、このくらいであきらめはしない。


竜は、体の回復が恐ろしく早い。


飛べるようになったら、すぐにまた行動しよう。


次なる手段をこうじねばならない。



「待っていてくれ、スズカ。必ずまた、キミを迎えに行こう――」

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