もう、どうにでもなれだ。


ハルトたちは、言われるままにフラップの腕につかまった。



すると、足の裏がふわりと地面を離れた。


ハルトとスズカは、空気中にただよう綿毛になった具合で、


風に流れるように野原の真上を飛んでいった。


草原に落ちる自分たちの影が、


竜の影にぴったりとくっついて、ひとつになっている。信じがたい体験だ。


これは、まさにあれだ――素晴らしい感覚だ!



おまけに、フラップの体がおろしたての毛布のようにふかふかとしていて、


思わず頬ずりしたくなるほどだった。



「――もしかしてさ。


さっき、あの崖でぼくにささやいてきたのは、キミ?」



熱い期待と静かな興奮を胸に、ハルトはたずねた。



「あははは……やっぱり、気づいてましたね。


そうです。洞窟に隠れる前に、せめてはじめて会う子に、


あいさつ前のちょっとしたご挨拶、と思ってね」



「いや、でもさ! ケントたちは、キミの姿を見てなかったって言うんだ。


でも、ぼくはキミの気配を、はっきりと肌で感じた。


それって、さっきみたいにキミが、姿を見えなくする魔法を使ってたってこと?」



「魔法ではなくて、竜の秘術です」


と、フラップは答えた。



「姿を消していたのは、秘術の一種で、『透明術』といいます。


今こうして宙に浮いているのも秘術で、こっちは『浮遊術』というんです。


それと、ぼくを中心とした近くの空気が涼しくなるように、


『涼みの術』っていうのも同時に使ってまして。


ほら、洞窟の中も、結構涼しかったでしょう? ドキドキしてもらえたらなって。


他に秘術はいくつもあるんですが、そのうちご披露しますね」



「ぼく、竜がそんな力を使うなんて知らなかった。聞いたことすらなかったもの。


そのさ、フユウジュツって……竜はみんなそれを使って空を飛んでるってこと?」



「んーまあ、たしかに自力で翼を使って飛んでいる方々もいらっしゃいますけど、


たいていの竜は浮遊術のたぐいを使って飛ぶと思いますよ。


だって、ぼくたち竜って巨体じゃないですか。ずっしりと重たい体を、


翼の羽ばたき一つで宙に持ち上げられる竜は、そうそういませんよ」



「――だってさ、スズカちゃん。なんだかおもしろいね」


「……うん」



スズカは、小さくうなずいた。その表情は、先ほどよりやわらかくなっている。


スズカは、今度はだいぶ気持ちが和いでいた。


それどころか、たまらないほど嬉しくなっていたのだ。


やっぱり空を飛んでいる――しかも、乗り物の力ではなく、竜の力を借りて。


なつかしい、温かい思い出の感覚が蘇る。


ずっとこんな感覚を味わっていたい。



ハルトたちは、野原を越えて、小さな崖のふちまでやってきた。


その下は、先ほどの洞窟の入り口がある場所だった。


その入り口の近くに、


あの東京の四人組がこちらをあおぎ見て手をふっているのが見える。



――が、そこにいたのは彼らだけではなかった。



フラップと同じような竜が、二頭いる。


一頭は、黄色いパステルカラーの背中で、もう一頭は濃厚なブルーの背中だ。


でも、それぞれのお腹は、フラップと共通してクリーム色になっている。


まるで、今しがたケントたちと楽しく触れあい、


たわむれていたような様子だった。



「おーい! 待ってたぜー!」



ケントが、ちぎれるくらいに両手をふって叫んだ。


ハルトとスズカは、何も言えなかった。ただお互いの顔を見合っていた。



するとフラップが、申しわけなさそうに言った。



「そうそう。あの四人は、今回二度目の参加者なんですよ。


「だから、ぼくたちオハコビ竜のことを知っていたんです。


早いお話、このキャンプの正体は、ぼくたちオハコビ竜と、


人間の子がめぐり合うためのイベントだったというか――


まあ、あの子たちには内緒にしてもらっていたんだけどね」



つまりは、そういうことだったのだ。これでいくつかの疑問が解消した。


あの四人組の、何となく怪しかった様子にも、説明がつく。



ハルトはさりげなく、ふふっと笑った。


悪いことしちゃった。ケントたちに謝ろう。



(そういうことなら、


最初からぼくも洞窟に入れる算段にしてくれればよかったのにさ)

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